第3回 ル・シネマ プログラミングプロデューサー・中村由紀子インタビュー
世代間を超えて、良作を届けられる
ル・シネマでありたい

カルチャー|2022.12.7
文=鈴木伸子 写真=押尾健太郎

 渋谷の一大文化拠点である、Bunkamuraのはじまりからいま現在、そして未来への取り組みを辿っていく本特集。各施設のプロデューサーに今後の取り組みについて語っていただく『Bunkamuraをつくる人』第3回は、ル・シネマ プログラミングプロデューサーの中村由紀子氏にインタビュー。開館から独自の路線を築いてきたル・シネマの成り立ちや、上映作品への思い、そして、新たな場での取り組みについて語っていただいた。

Bunkamuraに来館する女性層の
心を掴んだル・シネマ

「ル・シネマ」は、1989年のBunkamuraの開業とともに、アート系の作品を上映する映画館として開館した。
 ミニシアターという興行形態が注目されはじめたのが1980年代前半頃。そのムーブメントを後押しするようにオープンしたル・シネマ1(150席)、ル・シネマ2(126席)は、次々に話題作やロングラン作を上映し、またたく間に注目の映画館になっていく。
 ル・シネマの開館以来、今日までそのプログラム選択に関わってきたのが、Bunkamuraシネマ運営室長・プログラミングプロデューサーの中村由紀子だ。
「ル・シネマ のオープニング作品のひとつとして上映された、女性彫刻家を主人公にしたフランス映画『カミーユ・クローデル』(1988)が予想以上の大ヒットとなり、ある意味、その後の路線が定まったように思います。
 平日の昼間に多くの女性のお客さまにいらしていただくことができたのは大きかったですね。Bunkamuraという複合文化施設ならではの強みで、渋谷周辺や東急線沿線などのお客さまが、映画をきっかけに、カフェ・ドゥ マゴ パリでお茶やお食事、ザ・ミュージアムで美術展、お隣の東急百貨店本店でお買い物と、さまざまに過ごしていただく場となりました」

1989年、ル・シネマ開館時の様子。現在も当時と変わらない2つのスクリーンで上映を行なっている。

未知の作品との出合い、
配給会社とのコミュニケーションから
生まれた独自路線

 その後もル・シネマは 、カトリーヌ・ドヌーヴ主演の『インドシナ』(1992)、『髪結いの亭主』(1990)などのパトリス・ルコント作品、4歳の女の子が主人公の『ポネット』(1996)といった、フランスのアート系作品編成で快進撃を続ける。
 ル・シネマでの多くの上映作品は、カンヌ、ベルリン、トロントをはじめとする映画祭に出向き、配給会社とともにセレクトしたもの。そうした作品を単館上映していくことで、映画館の個性が培われていった。
 オープンから5年目の1994年には、初めてのアジア映画、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『さらば、わが愛 覇王別姫』(1993)を上映。大ヒットロングランを果たし、さらに作品と客層の間口は広がった。その後も張芸謀(チャン・イーモウ)など、中国で文化大革命を経験した第五世代と言われる監督たちの熱量の高い作品を次々に紹介していく。

『髪結いの亭主』(1990)や『ポネット』(1996)をはじめとしたフランスのアート系作品を中心としたプログラムが人気を呼び、女性の客層に受け入れられていった。

陳凱歌(チェン・カイコー)、張芸謀(チャン・イーモウ)など、今ではアジア映画の巨匠と呼ばれる監督たちの作品も、ル・シネマではいち早く上映した。

 また、ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督作品との出会いも大きかった。
「『愛に関する短いフィルム』(1988)をはじめ、当時のポーランドの社会背景、そこに生きる人たちを描いた作品はとても新鮮でしたし、カメラワークも美しく心に刺さりました。ずっとキェシロフスキ監督の作品を上映していきたいという思いがあったのですが、大変残念なことにキェシロフスキ監督は54歳で早逝されました。ワルシャワ出張の機会があったBunkamuraの同僚が現地で花を手向けてくれたのは忘れられない思い出です」
 こうして、監督や配給会社との二人三脚の関係を構築しながら、どういう切り口で邦題やポスターなどのビジュアルを展開していくかにも、毎回力を注いできた。
「映画祭では、さまざまな素晴らしい作品に出合います。今までの路線で固まってしまってはいけないと、国やジャンルに縛られず作品に触れるようにしています。みなさんにたくさんの映画を知っていただきたい、そんな思いで30年以上やってこられたのかなと思います」

クシシュトフ・キェシロフスキはル・シネマで作品の多くを上映、特集してきた監督のひとり。中村自身にとっても思い入れの強い監督だったと振り返る。

今後もル・シネマ独自路線の
注目作品が目白押し

 上映を続けてきたBunkamuraル・シネマだが、隣接する東急百貨店本店跡地の再開発に伴い、来年4月10日以降の約5年間は休館となる。
 その4月までの上映作品はどれも見逃せないものばかり。現在ザ・ミュージアムで開催中の『マリー・クワント展』とのコラボとなるドキュメンタリー映画『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』(2021)は、アーカイブ映像を駆使して60年代ロンドンのカルチャーを描いた作品。今年ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、アニー・エルノー原作の映画『あのこと』(2021)は、ヴェネチア国際映画祭で絶賛され、金獅子賞を受賞した。法律で中絶が禁止されていた60年代のフランスで望まない妊娠をしてしまった大学生が、その状況を打破して未来を切り開いていく物語は、ほぼエルノーの自伝でもある。2023年1月に上映予定の『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2021)は、数々の映画音楽の名作を生み出し、2020年に逝去したエンニオ・モリコーネの業績を辿るドキュメンタリー。関連作品、監督、俳優などが次々に登場し、何十本もの映画を見たような豊かな気分になれる映画だ。

4月10日の一時休館まで、ル・シネマらしいラインナップが並ぶ。特に『あのこと』(2020)は「生きる強さを感じられる作品で、いまの若者にぜひ見て欲しい作品」とのことだ。

新たな映画館では、
今までにない取り組みも模索

 そして、4月10日からの一時休館後もル・シネマは活動を停止することはない。渋谷の別の場所に新たなル・シネマの映画館が誕生するのだ。
「2023年初夏に、渋谷・宮益坂下の交差点の角に『Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下』がオープンします。ここは渋谷TOEIという2つのスクリーンを持つ映画館でしたが、この12月4日に閉館となりまして、その内装をリニューアルし、ル・シネマよりはかなり大きなサイズの映画館として運営していくことになりました。MIYASHITA PARKに近く、そこに集う20代や30代の若い人たちにもいらしていただきたいという思いを込めて館名に“渋谷宮下”と名づけました」

 新館では、今までにない取り組みにも挑戦していきたいという。
「最近、ル・シネマのスタッフたちとの間で、同じ映画を見ても世代によって受け取め方の違いを実感していて、今までの路線に加えて、少しチャレンジングなジャンルを新作・旧作を取り混ぜて上映していきたいと考えています。
 旧作を名画座で見たり、ミニシアターでアート系の作品に出合うという体験をしていない人たちも増えています。最近も他館でウォン・カーウァイ監督の作品を4Kレストア版上映したところ、大きな反響を呼びました。われわれが旧作と思っている作品が、若い世代にまったく新しい感覚で受け止められていることにも驚いています。
 新しい映画館はキャパシティも大きいので、企画上映的なものや新たに見直してほしい、旧作など、“Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下”をアピールするための仕掛けも考えていきたいですね。
 5年後にまたここに戻ってくる日まで、エネルギーをチャージしながら、映画のさまざまな楽しみ方を提案していきたいと思っています」

中村由紀子(なかむら・ゆきこ)

日本ヘラルド映画(現・KADOKAWA)を経て1989年、株式会社東急文化村へ入社。Bunkamura開館当初からル・シネマの番組編成を担当。

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