「元伊勢の猫」神戸神社│ゆかし日本、猫めぐり#7

連載|2022.8.12
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第7回は三重県伊賀市の神戸神社でのびのび暮らす猫ちゃんが登場。

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田んぼに囲まれた神社で
猫と過ごす、穏やかな時間。

 境内の前で、1匹の猫が迎えてくれた。

 周囲は青々とした苗が豊かに育つ田んぼ。瓦屋根の家数軒から成る小さな集落も点在し、素朴な風景が広がっている。

 三重県伊賀市にある神戸(かんべ)神社。古くは穴穂宮(あなほのみや)と呼ばれたこの古社は、天照大神が奈良の笠縫邑(かさぬいむら)から伊勢の地にお遷りになる途中、4年間この地に御鎮座されたと伝わる、いわゆる元伊勢である。その後穴穂神社と改名され、明治41(1908)年、近隣諸社との合祀の際、現在の社号になったという。

 猫は朝の見回りなのか、周囲の草にスリスリと頬を寄せ、水路の水に口をつけると、悠然と境内へ入っていった。

 現在、大日霊貴命(おおひるめむちのみこと=天照大神の別名)など19柱の神様をお祀りするこのお社の御本殿は、伊勢神宮内宮の風日祈宮(かざひのみのみや)から瑞垣ごと下賜されたもの。

 かつて天照大神がこの地に御鎮座されたとき、近くの暗崎川(現在の木津川)で採れた鮎を朝夕お供えしたと伝わる古例に倣い、今も毎年6月の伊勢神宮の月次祭では、干鮎1800尾を献上しているという。神話は脈々と生き続けている。

 元伊勢としての品格と、「氏神さん」としての親しみやすさと。両者を併せ持つこのお社の境内には、ご神木をはじめとする大木が明るい陰を作り、夏でも涼やかな風が吹き抜ける。

猫は、そんな境内の一番心地よい場所でくつろいでいた。

 この猫は、宮司の奥村和子さんの家猫で、毎朝一緒に近所の自宅から出社(?)するという。

 境内にはいろいろな猫が集まってくる。神域の心地よい空気を、本能で感じ取っているのだろう。

 半分野良というこの猫も、ぐにゃぐにゃになって毛繕い。

 近所の飼い猫も毎日遊びにやってくる。

 茅の輪も猫にかかればこの通り。

 もっとも、猫たちが一番落ち着く場所は奥村さんのそば。毎日社務所でご飯をもらい、昼寝をして過ごすという。

 このお社の宮司の家に生まれ、ずっと動物と暮らしてきた奥村さん。「猫はもちろん、生きるものすべてが、みんな命を明日につなげようとしている、そう思います」。
 先代宮司のご主人が他界してからは、宮司としてほぼ毎日社務所に詰めて、氏子をはじめさまざまな参詣者を見守っている。

 特殊神事、初魚掛祭(はなかけさい)を見せていただいたのは後日のこと。氏子の頭屋が参列し、鮎をお供えするこの神事では、途中熱湯に浸けた笹を、神職が参列者にふりかける湯釜神事が行われる。祭司を務めるのは、奥村さんの娘で禰宜の明子さん。

 たとえお湯が熱くても、けっして「熱い」と言ってはならないというこの神事は、お祓いであると同時に、11月の例大祭まで頭屋として忍耐できるか、また心身ともに清らかに過ごせるかを神様が試していると奥村さんは説明する。頭屋は持ち帰った御幣を家に飾り、以後清らかな生活を心がける。

 この日もやっぱり、猫が最後まで見送ってくれた。

 バイバイ。またね。
 温かな余韻が心に残った。

穴穂宮 神戸神社
〒518-0116
三重県伊賀市上神戸317番地
TEL:0595-38-1063

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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