第9回 有職覚え書き

カルチャー|2021.11.22
八條忠基

季節の有職植物

●ヒカゲノカズラ

新嘗祭という重要な神事に際しての装飾として用いられる植物が日蔭蔓です。
 装飾、というと華やかなイメージがありますが、この日蔭蔓はシダ植物、ヒカゲノカズラ(学名:Lycopodium clavatum)。なんともはや、華やかさの対極にある存在ですね(ただ、実際のヒカゲノカズラは日向でもよく生えます)。こういうものを冠に掛けて、華やかな装飾品のなかった先祖の時代を偲んでいたのでしょうか。
 中国からの華麗な文物が到来する以前、自然と共に生きていた日本人は、神事に際して頭にこれを掛けて、自然と同化した精一杯のオシャレを演出していた、その姿を再現しようとしたのでしょうか……。

『古事記』(天岩戸)
「天宇受売命。手次繋天香山之天之日影而。為鬘天之真拆而。」

天の岩戸の前で舞ったアメノウズメは、ヒカゲノカヅラを襷に掛け、まさきの葛(テイカカヅラのことらしい)を髪に巻いています。こうした姿を再現したのが、神事の日蔭蔓だったのでしょうか…。

『万葉集』(巻十九・新甞会肆宴応詔歌六首・大伴家持)
「足日木乃 夜麻之多日影 可豆良家流 宇倍尓也左良尓 梅乎之<努> 波牟」
(あしひきの 山下日蔭蘰ける 上にやさらに梅を賞はむ) 

『西宮記』(源高明・平安中期前)
「新嘗祭 天皇服帛御衣、小忌王卿已下、着青摺布袍并日影鬘、浅沓等。扈従乗輿、小忌近衛将已下、并殿上侍臣、同着青摺日影鬘等。諸衛服上儀、但大忌王卿已下如恒。衛府公卿已下、不諸小忌帯弓箭。」

このほか、お正月の「卯槌」飾りにもヒカゲノカズラを用います。

『枕草子』
「御文あけさせ給へれば、五寸ばかりなる卯槌ふたつを、卯杖のさまに頭などつつみて、山橘、日かげ、山菅など、うつくしげにかざりて、御文はなし。」
 いかにも「神聖」を感じさせる植物なのであります。

ヒカゲノカズラ

●ゴシュユ

9月9日の「重陽の節供」のとき、「茱萸」を盛った「嚢(ふくろ)」を「御帳 台」の柱に掛けます。これは翌年の5月5日に薬玉と取り替えるまで掛けっぱなし にする、一種の魔除けで、香りの高い植物をつけたのです。

『吏部王記』(重明親王)
「延長四年(926)九月九日。装束如正月七日。但当御帳前之最屋左右柱。嚢盛 茱萸。向外著之。以金瓶挿菊花。置黒漆台机。以組結著。各置著茱萸柱下内辺。」

「茱萸嚢」は一般的に「ぐみぶくろ」と訓読みで呼ばれますが、本来は「しゅゆ のう」と読むべきで、この「しゅゆ」は漢方薬「呉茱萸(ごしゅゆ)」になるミ カン科ゴシュユ属のカワハジカミ(学名:Tetradium ruticarpum)のことです。 日本では古くは「カラハジカミ」と呼んでいました。ハジカミは、山椒(サン ショウ)のことで、呉茱萸の果実が外見も刺激的な味も山椒に似ていることから 「唐の山椒」という意味で「カラハジカミ」という和名がついたのでしょう。

そして、また別種の植物としてミズキ科のサンシュユ(山茱萸、学名:Cornus officinalis)があります。中国・朝鮮原産で、日本には享保七(1722)年に薬用 植物として朝鮮から導入され、小石川の御薬園で栽培されました。その果実はナ ツグミ(夏茱萸、学名:Elaeagnus multiflora)に似ているのです。ナツグミは 漢語で「胡頽子」です。

『和名類聚抄』(源順・平安中期)
「胡頽子 馬琬食経養生秘要等云胡頽子<和名久美、一云毛呂奈里。本朝式用諸 生子三字>。」

いかにも美味しそうな色と形をしている果実ですよね。実際に食べられるので、 チャレンジされる人もいるのですが、皆さん「うへぇ~っ」。甘くはあっても渋 くえぐみがあるのです。「えぐみ」があるから「ぐみ」だという説もあるほど。 皮ごと口に入れ、あとで皮を出すので、「含む実(くくむみ)」から来た、とい う説もありますが……(諸説あり)。

呉茱萸:カワハジカミ(学名:Tetradium ruticarpum)
 山茱萸:サンシュユ(山茱萸、学名:Cornus officinalis)
 茱萸:ナツグミ(夏茱萸、学名:Elaeagnus multiflora)

植物分類上まったく遠縁の3種が、「茱萸」という文字で関連性を持ち、やや こしいこと限りありません。

 次回配信日は、12月6日です。

左から順に、
カワハジカミ
サンシュユ
ナツグミ
大木素十・作 茱萸嚢(ぐみぶくろ)

八條忠基

綺陽装束研究所主宰。古典文献の読解研究に努めるとともに、敷居が高いと思われがちな「有職故実」の知識を広め、ひろく現代人の生活に活用するための研究・普及活動を続けている。全国の大学・図書館・神社等での講演多数。主な著書に『素晴らしい装束の世界』『有職装束大全』『有職文様図鑑』『宮廷のデザイン』、監修に『和装の描き方』など。日本風俗史学会会員。

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