ワーグナー楽劇の最高傑作を13年ぶりに再演!
新国立劇場が2010年12月から翌年1月にかけて新制作上演したデイヴィッド・マクヴィカー演出、大野和士指揮の『トリスタンとイゾルデ』(リヒャルト・ワーグナー)、13年ぶり2度目の上演初日を観た。キャストは一新され、オーケストラも東京フィルハーモニー交響楽団から、大野が音楽監督を務める東京都交響楽団(都響)へと替わった。
大野和士監督、入魂の指揮。最高の解像度で水彩画の美しさ
何より大野入魂の指揮を受け、都響の奏でる管弦楽が素晴らしい。普段あまりオペラを演奏しない楽団だけに隅から隅までスコアを丹念に読み込み、最高の解像度で再現する。ひと昔前のドイツの歌劇場オーケストラの「肉汁滴り落ちる」といったマッチョな音響ではなく、最上の絵の具を塗り重ねた水彩画の美しさで「愛と死」の音楽にぴたりと寄り添う。管楽器のソロも単なる技の巧みを超え、キャストの一部に等しい表情をみせる。
世界一流の歌劇場で活躍する、マクヴィカー演出
マクヴィカー(1966年スコットランド生まれ)はメトロポリタン歌劇場やロイヤルオペラなど世界一流のオペラハウスの常連演出家だが、『トリスタンとイゾルデ』に関してはまだ、ファイナルアンサーを見出していないのかもしれない。かなり強力なキャストだったにもかかわらず、2010年初演時の印象が薄いのは、記憶力劣化だけの責任ではなさそうだ。第1&3幕では巨大な太陽を動かし、赤や白に色を変えて苦悶を際立たせ、第2幕では禁断の愛にふける夜の光を巧みに描くが、人物の動きは極めて少ない。上半身裸の男性ダンサーたちのキッチュな動きが一体何を意味するのかも依然、わからない。
反面、音楽の流れを無視した過度の挑発とは無縁なので、歌や演技が優れていればいるほど、キャストは強いインパクトを与えることができる利点もある。今回はトリスタン役がトルステン・ケールからゾルターン・ニャリ、イゾルデ役がエヴァ=マリア・ヴェストブルックからリエネ・キンチャと、主役が直前のタイミングで交代するハプニングに見舞われ、かなりの不安とともに迎えた初日だった。
演劇を専攻したニャリ(トリスタン)の緻密な役作り
ニャリはクラウス・フロリアン・フォークトに似た甘く少年的な音色、歴代のヘルデンテノール(ワーグナーなどの重い役をこなす英雄的テノール)とは異なる声質ながら演劇を専攻し、俳優からミュージカル&オペレッタ歌手、オペラへと転身しただけに緻密な役づくりとニュアンス豊かなドイツ語さばきで惹きつけ、第3幕前半に見事な頂点を築いた。キンチャは時にメゾソプラノの藤村実穂子よりも太い声を出すが、ドラマティックソプラノの域には届かず音やフレーズが揺れ、単語をほとんどキャッチできない。ただ体当たりの歌唱で何とか、「愛の死」の幕切れまで引っ張ったのは立派だった。
世界でもトップクラスの藤村ほか、最強の布陣
これに対しドイツの若手ヴィルヘルム・シュヴィングハマーの深く伸び伸びとした美声のマルケ王、日本でもお馴染みとなったエギルス・シリンスの滋味あふれるクルヴェナール、すでに四半世紀以上ワーグナー楽劇を歌い、役の隅々まで血が通った藤村のブランゲーネは目下、世界でもトップクラスの水準だったといえる。彼ら3人が外堀を固め、大野と都響が極上の音の絨毯を広げた結果、私たちは禁断の「愛と死」の世界に心ゆくまで浸ることができたのだった。(3月14日 新国立劇場オペラパレス)
[Information]
★3月29日まで上演中!
新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
『トリスタンとイゾルデ』全3幕〈ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付〉
【トリスタン】ゾルターン・ニャリ
【マルケ王】ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
【イゾルデ】リエネ・キンチャ
【クルヴェナール】エギルス・シリンス
【メロート】秋谷直之
【ブランゲーネ】藤村実穂子
【牧 童】青地英幸
【舵取り】駒田敏章
【若い船乗りの声】村上公太
【合 唱】新国立劇場合唱団(指揮=三澤洋史)
【管弦楽】東京都交響楽団(コンサートマスター=矢部達哉)
【指 揮】大野和士
【演 出】デイヴィッド・マクヴィカー
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