『白鳥の湖』日本人初のエトワールとなったオニール八菜、ジェルマン・ルーヴェ、トマ・ドキール

パリ・オペラ座バレエ団『白鳥の湖』『マノン』で待望の来日公演!

カルチャー|2024.3.21
文=渡辺真弓(オン・ステージ新聞編集長、舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師) 写真=長谷川清徳

4年ぶり、待望の日本公演は連日大入りの大盛況

 バレエの殿堂パリ・オペラ座バレエ団が、4年ぶりに来日。今回は、2022年12月に芸術監督に就任したジョゼ・マルティネス体制になって初の日本公演で、ヌレエフ版『白鳥の湖』が発売早々全日程売り切れ、マクミラン版『マノン』も大入りで、改めてバレエ団の人気の高さを窺わせる。アレクサンダー・ネーフ総裁も来日し、公演にかける意気込みのほどが察せられた。

『マノン』ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャン

初演から40年の『白鳥の湖』。オニール八菜が堂々、初日を飾る

 開幕の『白鳥の湖』は、パリ・オペラ座初演の1984年からちょうど40年。
 初演当時は、以前のブルメイステル版への愛着とヌレエフ版の難度の高い振付に反発があったと聞くが、現在では、主役から群舞に至るまで極めて精度が高く、壮観でさえある。既成の版とは異なり、物語全体を王子の夢とし、夢の実現を阻む存在として、家庭教師ヴォルフガング/ロットバルトを暗躍させるなど、男性優位のバレエとした点が今見ても革新的に映る。

オニール八菜とジェルマン・ルーヴェ

 主役のオデット/オディールとジークフリート王子は、4組の交替。初日のオニール八菜とジェルマン・ルーヴェは、オペラ座のエレガンスを体現する様式美と華やかな存在感で満場の客席を魅了した。日本出身のバレリーナが栄光のオペラ座のエトワールに君臨する時代が来るとは。その堂々たる凱旋の舞台は実に誇らしく、胸が熱くなった。

韓国人初のエトワールとなったパク・セウンとポール・マルク(写真:瀬戸秀美)

 2日目のパク・セウンとポール・マルク組は、白鳥では表現が控えめのパクが、黒鳥で一気に挽回。グラン・フェッテの前半を全てダブルで通すなど底力を発揮した。対するマルクは、ルーヴェ同様、一挙手一投足が芸術品。名エトワール、マニュエル・ルグリの後継者であるかのような優美な佇まいに惚れ惚れした。

飛び級でエトワールに任命された逸材、ギヨーム・ディオップとヴァランティーヌ・コラサント

 熾烈な競争の火花は3日目も。ヴァランティーヌ・コラサントとギヨーム・ディオップのペアは、コラサントが黒鳥のグラン・フェッテで、ダブルを交えて気を吐く。一方、今年24歳、エトワール最年少のディオップは、強靭でしなやかなテクニックを惜しみなく披露し、大器の資質を十分窺わせた。
 最終日は、予定のアマンディーヌ・アルビッソンに替わって、パクがジェレミー=ルー・ケールと共演した。

パ・ド・トロワは、ブルーエン・バティストーニ&イネス・マッキントッシュ&アルチュス・ラヴォー

 家庭教師とロットバルトの2役は、初日のトマ・ドキールをはじめアントニオ・コンフォルティ、ジャック・ガストフのスジェ3名が競演。第1幕のパ・ド・トロワは、ブルーエン・バティストーニ&イネス・マッキントッシュ&アルチュス・ラヴォー、オーバーヌ・フィルベール&ビアンカ・スクダモア&アントワーヌ・キルシェール、カン・ホヒョン&ムセーニュ・クララ&マチュー・コンタの3組交替で、次世代スターたちの清新な息吹に心奪われた。
 オペラ座は群舞も主役。全員がすっと足先を前に伸ばした時の美しさと言ったら、これぞ美の極致。第1幕は、男性陣の乾杯の踊りが非対称で立体的、第2幕と4幕では、白鳥の群舞の整然としたフォーメーションが際立った。

初演50年を迎えた演劇的バレエの傑作『マノン』

ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャン

 続く『マノン』は、1974年英国ロイヤル・バレエの初演から50年。引退間近のエトワールたちが、渾身の演技を競い有終の美を飾った。
 主要キャストは3組交替。初日は、マノンがドロテ・ジルベール、デ・グリューがユーゴ・マルシャン、マノンの兄レスコーがパブロ・レガサ、その愛人がロクサーヌ・ストヤノフと強力な布陣。本家が演劇性とすれば、オペラ座はあくまでエレガントなラインを追求し、洗練された踊りで魅せるのが大きな違いと実感した。
 4回目のリュドミラ・パリエロと、昨年、36歳でエトワールに任命されたマルク・モローのペアは、派手さはないが、誠実な役作りでドラマを紡ぎ出す。レスコーのフランチェスコ・ムーラ、その愛人のシルヴィア・サン=マルタン、ムッシューG.M.のフロリモン・ロリューと周りに役者を揃えたのが幸いした。

ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャン。レスコーの愛人はロクサーヌ・ストヤノフ

引退間近のエトワールたちが渾身の演技で魅了

 千秋楽に鑑賞したミリアム・ウルド=ブラームとマチュー・ガニオのペアは、まず前者が映像(1982年)に残るジェニファー・ペニーのイメージに近く、罪の意識なく愛くるしい魅力を振りまいて、男性たちを虜にしていくマノン像をくっきりと造形。この蠱惑的な美少女に翻弄されながらもひたむきに追い続けるデ・グリューを、エトワール歴20年のガニオが熱演。手先から足先まで磨き抜かれたラインの優美さは例えようもない。究極のダンスール・ノーブルがさらなる飛翔を遂げたことを喜びたい。レスコーのアンドレア・サリ、その愛人のエロイーズ・ブルドンとも相性が良い。当夜のムーラやマチネのラム・シュンウィンがリードする乞食の踊りも回転系の技巧が冴えて見応え十分。

ミリアム・ウルド=ブラームとマチュー・ガニオ(写真:瀬戸秀美)

 演奏は東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。指揮は、『白鳥の湖』がヴェロ・ペーン、『マノン』がピエール・デュムソー。抒情的で熱っぽい演奏は、どれほど舞台を高揚させていたことだろう。
 今回初めてこの作品を知り、興味を深めた若いファンも少なくないようだ。近々、英国ロイヤルオペラ・ハウス・シネマの『マノン』(4月5日~)の上映もあるので、英仏のスタイルを見比べてみるのもよいかもしれない。
(2月8日〜11日『白鳥の湖』/2月16日〜18日『マノン』 東京文化会館)

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