太陽の地図帖『大和和紀『あさきゆめみし』と源氏物語の世界』からの引用を交え、不朽の名作『あさきゆめみし』の作品世界を紹介する。
『源氏物語』は、世界最古の長編小説とされる、“日本古典文学の最高峰”。天皇の息子(皇子)として生まれた主人公(光源氏)が、さまざまな女君と恋をし、挫折を経験しながらも、成功を手にする物語は波瀾万丈で、千年以上を経た今でも魅力を放つ。
しかしながら、『源氏物語』は難解だ。全54帖にわたる長大な物語のうえ、主語がわかりづらく、また曖昧な部分も多く、読みこなすのは至難の業……。そう感じているのは、何も現代を生きる私たちだけではない。というのも、『源氏物語』は成立直後から絵画化が始まったと考えられており、その後も膨大な数の絵画が作られ続けていく。作者・紫式部と同じ時代を生きた人たちも、その後の時代――鎌倉時代も室町時代も江戸時代も――の人たちも、絵の力を借りながら、『源氏物語』を楽しんでいたことがわかる。
「源氏絵」の系譜からみる『あさきゆめみし』
絵画化された『源氏物語』は、「源氏絵」と呼ばれ、やまと絵において一ジャンルを築いている。『源氏物語』を漫画化した『あさきゆめみし』は、そうした「源氏絵」の系譜ととらえることができるだろう。
作者の大和和紀は次のように語っている。
「私にとっては、とても面白い物語なんです、『源氏物語』って。「起伏に富んだ大河ドラマ」のように思っています。女の子がみんなワクワクして読める、華麗な宮廷物語ですよね。…(略)…でも読んでいる人はいない。…(略)…確かに原文はもとより、現代語に訳されたものでさえ、ちょっと難しい。もっとみんなに読んでもらいたい、漫画という表現によって読みやすく伝えられればと思いました。」
(P15~16「大和和紀ロングインタビュー・第一部」より)
大和和紀は、漫画化にあたり、たくさんの「源氏絵」に目を通し、参考にしたという。なかでも、その影響を強く感じられるのが、「現存最古の源氏絵」である国宝『源氏物語絵巻』だ。
国宝『源氏物語絵巻』は、平安時代の末、院政期の宮廷を背景に制作されたようだが、絵師やパトロンの名はわかっていない。当初、おそらく十数巻から20巻くらいの規模で100場面ほどが描かれたと考えられているが、現在は、19場面の絵と詞書(ことばがき)しか残っておらず、近年、断簡1点の存在が明らかになった。(*1)
(*1)『源氏物語──天皇になれなかった皇子のものがたり』三田村雅子(新潮社・とんぼの本)より
『あさきゆめみし』に息づく、国宝『源氏物語絵巻」
【図1】をご覧いただきたい。場面は、光源氏の息子、夕霧の邸宅。急に泣き出した赤ん坊を、妻・雲居の雁があやしている。恋慕する落葉の宮のもとから、深夜に帰宅した夕霧は、「あなたが夜遅くまでうかれ歩いて、夜更けのお月見とやらで格子を上げたりするものだから、物の怪が入ってきたのよ」などとなじられる。
この場面が、【図2】の国宝絵巻へのオマージュであることが見てとれるだろう。しかしながら、『あさきゆめみし』は、漫画ならではの表現を駆使し、登場人物の表情のアップなどもあわせて描くことで、雲居の雁の怒りと夕霧の動揺が手に取るように感じられる。あたかも、国宝絵巻の場面が、生き生きと動き出したかのように思えるのだ。
こうした国宝絵巻を再構築した場面は他にも見られる。
【図3】と【図4】は、落葉の宮の母親から届いた手紙を読もうとする夕霧の背後に、雲居の雁が忍びより、奪い取る場面だ。
ここに挙げた国宝『源氏物語絵巻』だけではなく、数々の「源氏絵」の名作が、『あさきゆめみし』には息づいている。
それはまた、日本の美術が連綿と受け継がれてきていることをも示しているのではないだろうか。