「体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春」 角川武蔵野ミュージアム

アート|2023.10.6
坂本裕子(アートライター)

21世紀型体感ツアーでツタンカーメンに迫る

 2022年は、考古学者 ハワード・カーターがツタンカーメンの王墓を発見して100年の記念の年だったそうだ。
 1922年に発掘された王墓は、一般の貴族なみの規模のもので、そこに豪華な副葬品に囲まれた王が埋葬されているとは想像しておらず、壁に穴を開けて内部を覗いた時のカーターの驚きは言葉にならないものだったという。

 王墓とされる地と異なる場所への埋葬から盗掘に遭うこともなく、およそ3300年間、ほぼ完ぺきな状態で遺されていた20世紀最大の発見は、その豪華さを象徴する「黄金のマスク」に秘められた、若き王ツタンカーメンの謎へと人びとの興味を駆り立てた。

 政治的理由からか、王家の歴史からその名を抹消されていたというツタンカーメンの死は、病気とも事故とも、さらには暗殺説までささやかれ、副葬品の豪華さとは対照的な、ある意味ではそれゆえの悲劇性で、いまも多くの人を魅了し続けている。
 世界でもっとも有名な王のひとりとなったツタンカーメンの研究も、ピラミッドと古代エジプト文明の新たな発見と併せて、深められ、更新されて、謎も少しずつだが解明されつつある。

 角川武蔵野ミュージアムでは、「HISTORYはSTORYだ!」をコンセプトに、このツタンカーメンに迫る展覧会が開催中だ。
 「歴史(HISTORY)のなかには物語(STORY)がある」を掲げ、歴史上の“記録”としての人物ととらえられがちな王を、わたしたちと同様に、この世に生を受けて生きた生身の人間として、その時代にどう生きて、何を考え、思っていたのかに想いを馳せる展示空間を企図している。

 そのための大きな特徴が、世界に3セットしかない「スーパーレプリカ(超複製品)」による展示と、壁や床に映し出されるプロジェクションマッピングだ。

 スーパーレプリカは、黄金のマスクをはじめ、黄金の玉座や儀式用の戦車、黄金のサンダルにラピスラズリの首飾りなど、ツタンカーメンの王墓に納められていた副葬品約130点を精巧に再現したもの。現在、エジプトから門外不出となった至宝たちが勢ぞろいする、本物ではありえないラインナップ。

 本物じゃないんでしょ、と侮ることなかれ。
 その作りは「超」といわれるだけあって、半端ない迫力。しかも本物の発掘品や美術品は保存の観点からガラスケース内に展示されるが、本展ではケースはない。ギリギリまで近寄って、その驚嘆の技術や美しさを確認できる。まさにレプリカならではの鑑賞体験を提供する。

中央展示風景から
豪華で精緻な棺の細工も間近で見られるのは、複製ならではの魅力だ。

 プロジェクションマッピングは、水を原初の神としてはじまる古代エジプトの創成から神々の変遷に、ツタンカーメンの生涯がイメージ化される。また、副葬品の数々を高精細の3Dスキャンから映像化したものも紹介される。
 21世紀の最新テクノロジーが、古代エジプトの息吹を感じさせ、ツタンカーメンの姿が想像豊かに浮かび上がる体感空間になっている。

左:中央の黄金のマスクの展示風景
右:下部のさまざまな姿態の王の像 

 展示は、序章を含めた5つの章立てと、会場の造りを最大限に活かした中央展示で構成される。

 序章では、悠久を感じさせるエジプトの実景のプロジェクションコンテンツで一気にエジプトの地へ。
 そのまま王墓に入っていくように、狭いトンネルを抜けて、墓室の入り口にたどり着く。

会場入り口風景
エジプトの実風景のスキャニングデータをもとに作成されたプロジェクションコンテンツで一気に古代エジプト空間へ。
序章 展示風景から
1922年、考古学者ハワード・カーターの世紀の発見の映像による案内(左)を見て、いよいよ王墓の空間へ(右)。

 墓室の壁には、カーターによって穿たれた穴も再現されている。
 ぜひ覗いてみよう。暗闇に慣れてきた目に入るのは、みごとな副葬品が納められた一室だ。カーターたちの発見の興奮を共有できるだろう。

序章 展示風景から
カーターが王墓の壁に穴を開けて中を覗き、ツタンカーメンの副葬品を目にした瞬間を再体験! 壁に穿たれた穴(左)を覗くと、中のようすが浮かび上がってくる(右)。

 霊的存在が具現化した2体の「カー」の像が守る階段を降りると、石造りの巨大な棺が安置される。壁にはびこったカビのシミや剥落なども忠実に再現され、なんだか厳粛な気持ちになる。

序章 展示風景から
儀式用の寝台と、王墓を守るカー(人間の活力や生命力を維持する霊的な存在のひとつ)、通称「番人の像」に守られた王墓へと降りる。
序章 展示風景から
イシス、ネフティス、セルケト、ネイトの4女神が守護する部屋に置かれた石棺。珪岩製で、蓋は赤色花崗岩でできている。
壁の傷や褪色、カビまでも忠実に再現した部屋の出口をくぐって中央展示会場へ。

 出口をかがんで抜けると、圧倒的なスケールの中央展示が目に飛び込んでくる。
 大きさの異なる巨大な黄金の厨子と色鮮やかな人型棺は、重ね箱のように何重にもなって黄金のマスクを被ったツタンカーメンのミイラを安置していた。その納棺の順に一列に並ぶ姿は、壮観のひとこと。
 それぞれに精緻で華麗な装飾が施され、ヒエログリフは、ツタンカーメンの実績や祈りを綴り、装飾はその威光を象徴するのだ。

中央展示風景から
何層もの黄金の棺がマトリョーシカのように重なる(実はこれでも1棺少ない……)。さらに人型棺が三重に守って、黄金のマスクを被るツタンカーメン王が安置されていた。圧倒的なスケールを目で感じられる貴重な空間。

 あまりにも豪華なのに、正規の王墓ではない規模の墓に納められていたのは、送った人間の悲しみの深さか、後ろめたさか……。
 黄金の仮面の背面に展開される映像を見ながら、そんな想いにも駆られる。

左:黄金のマスク 
右:展示風景から
中央展示風景から
黄金のマスクを中心に、巨大スクリーンには、無からはじまるエジプト神話とツタンカーメンの人生や、副葬品の高精細3Dスキャン映像が映し出される。

 中央展示を囲むように各章が配される。

 「第1章 ツタンカーメンの青春」では、少年王の生活や結婚事情に迫る。
 ツタンカーメンの王墓から発見された5000点以上の埋葬品には、彼が使用していたと思われる日用品も多く含まれているという。

 ファラオの家系は近親婚が多く、ツタンカーメンの両親もそうだったためか、彼は身体が弱かったといわれる。生まれつき左足が内側に曲がった「内反足」だったようで、王墓からは、130本にのぼる杖やその一部が見つかっているそうだ。杖に寄り掛かるツタンカーメンに花束を渡す妻の絵が描かれた箱も遺っている。
 妻は異母姉であるアンケセナーメンで、ふたりの間には2人の娘が生まれるが、ともに死産だったという。夫婦の仲は良かった様子が副葬品に描かれた図から感じられる。

第1章 ツタンカーメンの青春 展示風景から
王座の間の想像復元空間。
ロータスの花が描かれた壁に沿って、きらびやかな副葬品が並ぶ。
黄金の玉座 
ラピスラズリ製スカラベ付き首飾り 
第1章 ツタンカーメンの青春 展示風景から
左:ヒエログリフの透かし細工の入った櫃や、金や貴石を使った豪華な装飾品と、さまざまな用途の船の模型。
右:王座の調度品。生まれつき足が悪かったといわれる王には欠かせなかった杖も添えられる。

 それでも戦車や盾といった戦闘具も多く納められ、座ったまま弓で矢を射たり、狩りの棒を投げる姿が遺されていることからは、国を守るために戦った王の姿をとどめた葬送者の想いが伝わってくる。

第1章 ツタンカーメンの青春 展示風景から
生前のツタンカーメン王が使用していたと考えられるものからその姿を想像する。
こちらは儀式用チャリオット(戦車)と透かし細工の入った儀式用の盾。

 8~9歳で父の跡を継いで王位についたツタンカーメンの重責と、そのなかでささやかな憩いとしての夫婦の時間は、与えられた運命を必死に生きる少年の切なさを伝える。

 「第2章 古代エジプトの死生観とミイラ」では、こうした王墓を造り、ミイラとして死者を埋葬した古代エジプト人の死生観を見ていく。

 古代エジプト人にとって、死とは終わりではなく、死後の世界、つまり来世での次の人生への移行と考えられていた。
 新しい世界での生活のために必要な道具や従者の副葬品はもちろん、何よりも身体が必要であり、そのために遺体の内臓を抜き取って、それぞれ(悪いところがあればそれに代替するパーツ)を壺に収め、腐敗しないようにミイラに加工した。

 そこには、毎年氾濫によって肥沃な大地をもたらす、母なるナイル川や、昼と夜を繰り返す太陽の動きの、死と再生を象徴する自然信仰が大きく影響している。

 永遠の命を信じ、来世での安穏な生活を実現するための準備でもある、儀礼としての葬送を、ツタンカーメンの墓の副葬品からたどる。

第2章 古代エジプトの死生観とミイラ 展示風景から
ハゲワシ姿のネクベト女神とコブラ姿のウワジェト女神の二女神の胸飾り 
王のミイラが履いていた金製サンダル 
第2章 古代エジプトの死生観とミイラ 展示風景から
王のミイラを飾っていた副葬品と、死後の生活で労働に従事するための人形「シャブティ」や、ツタンカーメンの娘のミイラも納められていた人型棺の数々。

「第3章 古代の神聖な文字ヒエログリフ」

 古代エジプトの象形文字ヒエログリフは、ギリシャ語の「ヒエロ(神聖な)」と「グリュフィカ(刻まれたもの)」から来ており、その意味の通り、聖なる刻印、神の言葉である。彼らは、これらを記すと力を持ち、記された内容は現実になると信じていた。
 ヒエログリフが解読されたのは、1822年のこと。およそ1400年間にわたりこの文字は人類にとっては未知の記号だったのだ。

 古代エジプトの象徴とも言える聖なる文字の基礎知識や解読方法と、ツタンカーメンの王墓や副葬品に刻まれた「ことば」を、空間を埋め尽くすヒエログリフの映像のなかで学ぶ。
 古代エジプト人が刻んだ願い、祈り、希望に想いを馳せてみたい。

第3章 古代の神聖な文字ヒエログリフ 展示風景から
第3章 古代の神聖な文字ヒエログリフ 展示風景から
記すと力を持つと信じられた古代エジプトの象形文字の基礎知識や解読方法などが、映像空間に紹介される。学ぶとともにその「文字の力」に包まれていくようだ。

「第4章 古代エジプトの信仰」

 本来、古代エジプトはアニミズムに基づく多神教だった。太陽や星、空、動物や鳥、虫など、さまざまな神があり、その数は1500柱にものぼるそうだ。
 スカラベやアヌビス、ホルスなどはよく知られているだろう。

第4章 古代エジプトの信仰 展示風景から
羊頭のスフィンクス姿でツタンカーメンを護るアメン・ラー神(右)と自然現象をはじめとする多くの神々の像(左)。
第4章 古代エジプトの信仰 展示風景から
左:アヌビス神像付き厨子
右:ウラエウス(蛇)姿のネチェルアンク神と、ハヤブサ姿のソペド神とゲメヘス神

 しかし、ツタンカーメンの父・アクエンアテンは、その統治時代に、多神教から太陽円盤の神であるアテンだけを崇める一神教へと宗教改革を断行した。これは国家に大混乱をもたらし、大衆からの支持も得られず、彼の死後、王位を継いだツタンカーメンは、多神教に戻したという。
 神なるラー(王)の統治は、信仰により成り立っていた時代。青年ツタンカーメンがファラオに即位したのは、こうした複雑で微妙な政治・社会情勢下であったのだ。

 ここでは、多神教の神々の姿とその特性と、アクエンアテンが支持した一神教が対比的に紹介される。
 また、古代エジプトの神官の階級とその役割の解説もあり、ツタンカーメンが生きた、家庭環境や社会情勢が感じられる。

第4章 古代エジプトの信仰 展示風景から
左:ツタンカーメンの父・アクエンアテンが信じた一神教の神アテンは、太陽円盤に象徴される。
アクエンアテン王一家の太陽円盤の神アテンへの信仰を表す石碑
第4章 古代エジプトの信仰 展示風景から
左:アクエンアテン/アメンヘテプ4世の彫像
右:アクエンアテンの妻ネフェルトイティ(ネフェルティティ)王妃の胸像とツタンカーメンの祖父アメンヘテプ3世の王妃ティイの頭部像

©WORLD SCAN PROJECT Inc. ©角川武蔵野ミュージアム

 謎多き王ツタンカーメン。
 彼の王墓のあり方やファラオの歴史から消されていたことなど、未だその謎は多く残されている。
 しかし、その黄金の輝きがもたらす光と闇を、青年ツタンカーメンの姿として追った時、わたしたちはもう少しその心情や誇りに近づけるかもしれない。

 会場では、映像と連動した音声もリアルタイムで流れているので、自由な散策気分で巡れるだろう。
 また、来館者限定でツタンカーメンの副葬品のNFTカードを獲得できるスタンプラリーも実施中。

 21世紀の技術ならではの、ちょっと異なる古代エジプト体感空間。
 ご家族で訪れてみてはいかがだろうか。

左:コラボレーション・メニューのプリントラテ。どれを選ぶ?
右:守護神を描いたアクリルチャームや木製のポストカードなど公式グッズも楽しい。

展覧会概要

「体感型古代エジプト展 ツタンカーメンの青春」角川武蔵野ミュージアム

開催内容の変更や入場制限を行う場合がありますので、必ず事前に展覧会公式ホームページでご確認ください。

角川武蔵野ミュージアム
会  期: 2023年7月1日(土)~11月20日(月)
開場時間:10:00‐18:00(金・土曜日は21:00まで)
     ※入場は閉館の30分前まで
休 館 日:第1・3・5火曜
観 覧 料:一般2,400円、中高生1,800円、小学生1,000円
    未就学児無料
問 合 せ:0570-017-396

公式サイト https://kadcul.com/event/124

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