ラヴェル『子どもと魔法』より

初日拝見!新国立劇場『修道女アンジェリカ』『子どもと魔法』 2023/2024オペラシーズン開幕

カルチャー|2023.10.6
文=渡辺真弓(オン・ステージ新聞編集長、舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師) 舞台写真 撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

芸術祭オープニングは、秋篠宮様ご臨席で華やかに!  

 新国立劇場オペラの2023/2024シーズンが、10月1日のジャコモ・プッチーニ作曲『修道女アンジェリカ』とモーリス・ラヴェル作曲『子どもと魔法』のダブルビルで開幕した。当日は、第78回文化庁芸術祭オープニングに当たり、秋篠宮皇嗣同妃両殿下がご臨席、都倉俊一文化庁長官がオープニング宣言を行った。
 二つの作品は、悲劇とファンタジーという点で対照的だが、「母と子の愛」という共通のテーマを豊潤な音楽によって浮かび上がらせたのが収穫だった。
 演出:粟國淳、美術:横田あつみ、衣裳:増田恵美、指揮:沼尻竜典、演奏:東京フィルハーモニー交響楽団。

プッチーニ『修道女アンジェリカ』とラヴェル『子どもと魔法』のダブルビルで開幕

プッチーニ『修道女アンジェリカ』。崇高な美しさで涙を誘う

 『修道女アンジェリカ』は、プッチーニ「3部作」の2作目。舞台は、未婚の母アンジェリカが、罪を償うために日々を送る修道院。登場人物はほかに修道女と公爵夫人の女性のみ。閉ざされた世界が、床のスライドやせり上がりによって立体的に描かれ、清らかな歌声を通して、修道女たちの生き様が鮮明に映し出される。

修道院の静謐な空間を舞台に女声のみの美しい歌声が響く

 ある日、アンジェリカの叔母の公爵夫人が面会に訪れると、物語は急展開。厳格な公爵夫人(メゾソプラノの齊藤純子が好演)から、息子が2年前に亡くなったことを知らされたアンジェリカ。その悲嘆の心情をソプラノのキアーラ・イゾットンがアリア「母もなしに」で切々と歌い上げる。自ら育てた薬草で自殺を図る終盤もこの上なく劇的だが、聖母に祈りを捧げると、奇跡的に息子が蘇り、アンジェリカが昇天する結末に救いが見出せる(今回の演出では、観客には息子の姿は見えず、母のみに見えたという設定)。プッチーニの音楽の崇高なまでの美しさに心を揺さぶられずにはいられなかった。

厳格な公爵夫人(齊藤純子)とアンジェリカ(キアーラ・イゾットン)。絶望の果てに聖母マリアに救いを求める歌声は哀しくも美しい

 なお私事で恐縮だが、日本初演は亡き夫竹原正三という縁もあり、感慨深い思いで鑑賞した。ご興味おありの方は、初演プログラムの資料を文末にまとめたのでご参考まで。

初演時はバランシンが振り付けた、『子どもと魔法』。 オペラとバレエの融合も見応え十分!

 休憩を挟んでの『子どもと魔法』は、作曲家自身が「ファンタジー・リリック」と呼ぶ、オペラとバレエの要素が融合した軽妙洒脱な作品。
 因みに、同作品が、1925年モンテカルロ歌劇場で初演された際の振付は、ジョージ・バランシン。当時、セルゲィ・ディアギレフのバレエ・リュスで振付家として売り出し中で、バレエ団の本拠地となったばかりのモンテカルロで、オペラのバレエ・シーンの振付も数多く手がけ、その経験が音楽性を磨く上で大いに役立ったとか(伝記による)。ほかには、1984年、イリ・キリアンがネザーランド・ダンス・シアター(NDT)のために振り付けたバレエが有名だ。

椅子、柱時計など多彩な登場人物と子ども(クロエ・ブリオ)

美術・衣裳・バレエが歌唱と一体となった粟國演出。 ラヴェルの音楽を視覚的に体現

 さて、『子どもと魔法』は、時代の寵児シドニー=ガブリエル・コレットの台本をもとに、いたずらっ子の子どもが、自分がいじめた動物たちに責められ、やがて優しさに目覚めるという物語。プロジェクション・マッピングなど最先端のテクノロジーを生かした舞台美術はカラフルで、色彩豊かなラヴェルの音楽とも絶妙にマッチ。
 子どもの役を演じたフランスのソプラノ、クロエ・ブリオは、小柄で、やんちゃな少年を熱演。周囲の物や動物たちに暴力を振るった後、りすの傷の手当てをしてから、純真さを取り戻す過程にも説得力があった。

算数、とんぼ、夜鳴き鶯など次々と移り変わる場面の作りこまれた美術、衣裳が歌唱と一体に

 お母さん役に、『修道女アンジェリカ』に続いて齊藤純子が再登場。肘掛椅子から安楽椅子、柱時計、火、お姫様、ティーポット、中国茶碗、羊飼い、ふくろう、雄猫、牝猫、小さな老人など多彩な登場人物は、田中大揮、盛田麻央、河野鉄平、三宅理恵ら歌手陣が一人1役から4役をこなす奮闘ぶり。バレエシーンは谷桃子バレエ団の伊藤範子が振付に協力。雄猫(浅田良和)、牝猫(山口緋奈子)、火(篠塚真愛ほか)などそれぞれの踊りの特徴が明瞭に表れ、各シーンを活気づけた。

谷桃子バレエ団などのダンサーが出演した火、猫、蛙などダンスシーンも迫力。 ママのシルエットが印象的なラストシーン

 普段上演される機会の少ない名曲オペラを組み合わせたのは貴重で、オペラ、バレエ、どちらのファンにも注目の公演となった。


*新国立劇場オペラパレスにて10月9日まで上演
新国立劇場HP  https://www.nntt.jac.go.jp/
新国立劇場ボックスオフィス ☎03-5352-9999

参考資料:『修道女アンジェリカ』『アメリア舞踏会に行く』本邦初演時の公演プログラムより
(提供:渡辺真弓)

  1957年6月6日 第一生命ホール
  藤原オペラ青年グループ公演
  演出・訳詞:竹原正三
  演技指導:山岡久乃
  美術:妹尾河童
  指揮:福永陽一郎
  管弦楽:新管弦楽団
  合唱:藤原歌劇合唱団、ニッポン少年合唱団
  衣裳:緒方規矩子
  舞台監督:佐々木忠次

  修道女アンジェリカ:仲野ともや
  公爵夫人:山本春子

プログラム・ノートより(竹原正三)

「……今まで何回も計画しながらとりさげていた“修道女アンジェリカ”が藤原歌劇団の女声歌手幹部の方々大半の出演によって、最高のキャストで上演出来ることは、何としても嬉しくて仕様がありません。これでプッチーニ三部作全部が出揃ったわけで、念願が達せられたわけです。出演歌手の数人の方は、丁度一緒にアメリカに行っていた時に、サンフランシスコ・オペラの公演を見て来ましたので、皆で相談しあって、その清純な雰囲気をそのままお伝えしたいと努力して居ります。その時のアンジェリカを歌ったマリー・カーティスの清楚な美しさと、特に、公爵夫人を演じたクレラーメ・ターナーの人間業でない、巨人の声、まるで地下鉄の中で叫んだ様な、ものすごい共鳴をもった声は一生忘れられません。……」

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