静嘉堂創設130周年・新美術館開館記念展Ⅱ
「初春を祝う―七福うさぎがやってくる!」
静嘉堂@丸の内

アート|2023.1.30
坂本裕子(アートライター)

“うさぎ尽くし”のおめでた空間!

 三菱第二代社長・岩﨑彌之助(1851~1908)、第四代社長・岩﨑小彌太(1879~1945)の父子二代が創設・拡充したコレクションを公開している静嘉堂文庫美術館。
 2021年までは、小彌太が父のためにジョサイア・コンドルに設計を依頼した霊廟のある世田谷・岡本の地でその有数の所蔵品を紹介していたが、2022年、静嘉堂創設130周年を機に東京・丸の内の重要文化財建築である明治記念館1階に、ギャラリー「静嘉堂@丸の内」をオープン。展示スペースも拡がり、アクセスも便利になった。
 丸の内での美術館開設は、小彌太がずっと願っていたことであったという。


※掲載作品はすべて静嘉堂文庫美術館蔵

 彼の遺志を実現し、新たな歴史を歩み始めた同館の新しいギャラリーでの初めての新春を寿ぐ展覧会「初春を祝う―七福うさぎがやってくる!」は、この静嘉堂創設130周年と新美術館開館を記念するものでもあるのだ。

 同館が誇る所蔵品のひとつに、七福神と童子たち総勢58体の御所人形の一大群像がある。
 小彌太の還暦のお祝いに、孝子夫人が京都の人形司・丸平大木人形店の五世大木平藏に依頼して制作されたもので、衣裳や持物、乗り物やそこに載せる品々までが木彫りに彩色で仕上げられ、すべての人形は卯年生まれの小彌太にちなみ、兎の冠を戴いている。
 これらは、1939年(昭和14)8月、東京・麻布の鳥居坂本邸で行われた還暦祝賀会で披露されたそうだ。

五世大木平藏 《木彫彩色御所人形》のうち「宝船曳」 昭和14年(1939)
宝船に満載の金銀財宝もひとつひとつ作られたもの。展示のために準備する際の楽しさも想像して!
五世大木平藏 《木彫彩色御所人形》のうち「輿行列」 昭和14年(1939)

 そして、本年は彼の還暦から7回りした卯年。
 幾重ものめでたさが込められた本展は、この祝賀の人形たちを中心に、同館が所蔵する中国・日本の寿ぎの絵画や新春の宴にふさわしい華やかな器などを一挙公開している。
 うさぎ尽くし、福尽くしの空間で、愛らしく賑やかであると同時に破格の豪華さをまとう御所人形行列に導かれ、豊かな気持ちになること間違いなし!

 美術館は、高い天井のゆったりとしたホワイエを囲む4つのギャラリーで構成されている。
 3つのギャラリーがそれぞれホワイエに開かれているので、好きなところから出入りできるのが嬉しい。
 まずは案内に従って順番に廻り、その後はふたたび見たいコーナーに戻るのもオススメだ。

静嘉堂@丸の内 ホワイエ

Gallery1 新春・日の出

 まずは、自然描写に初春を感じる空間へ。

 初日の出といえば、横山大観。
 近代日本画を代表する彼の円熟期の作といわれる《日之出》が迎えてくれる。

 南画を学び、帝室技芸員でもあった滝和亭(たき・かてい)の、金地に墨のみで描き出した松竹梅と鵲(かささぎ)・鳩の花鳥画も渋い華やかさを放つ。

横山大観 《日之出》 昭和時代・20世紀
「第1章 新春・日の出」 展示風景から

Gallery2 七幅うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い

 本展の白眉。《木彫彩色御所人形》がならぶ空間はとにかく必見!
 七福神たちの「宝船曳(たからぶねひき)」と「輿行列(こしぎょうれつ)」に、「鯛車曳」「楽隊」「餅つき」の5つのグループからなる、58体の人形が、松の描かれた金屏風を背景に大行進する姿は圧巻だ。

 金色の兎の冠を被り、宝船の上で唐団扇をふるうのが布袋、童子に長柄の傘を差させ、輿の上から童子たちを鼓舞するのが弁財天。
 二神は、立派な体軀だった小彌太を模し、孝子夫人の容貌を写したという。

 いずれもがかわいい兎の冠をつけ、コロコロとした福々しさも愛らしく、とても楽しげ。
 殊に唐子の姿をした童子たちは、ひとりとして同じ姿はなく、表情や動きの多彩さが、時を忘れさせる。

「第2章 七幅うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」 展示風景から
「第2章 七幅うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」 展示風景から
左:「餅つき」の童子たち
右:「鯛車曳」の童子たち
「第2章 七幅うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」 展示風景から

 ほぼすべてが木彫りに胡粉を塗り重ね、その上から彩色された、手の込んだ造り。
 制作のために画家に描かせたという図案や、七福神の説明は、還暦祝賀会の様子とともにパネルに掲示されているので、こちらも併せてこの壮大な特注品が、いかに人形司の高い技術により作られているのか、そしていかに当時の財閥が剛毅と茶目っ気を含めた教養にあふれていたのかも想いを馳せたい。

「第2章 七幅うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」 展示風景から
七福神が御所人形で紹介されたパネルもかわいい。どこにいるか、会場の展示で探してみたい。
香取秀真 《群兎文姥口釜》 昭和14年(1939)
こちらも小彌太の還暦祝いとして、留学時代の後輩であった実業家から贈られたもの。帝室技芸員だった金工師が、大覚寺の正寝殿腰障子の渡辺始興筆の「野兎図」に取材した意匠をほどこしている。やわらかい曲線がかわいくも感じられる釜は、兎にちなんだ杵型の環付にも注目。

Gallery3 うさぎと新春の美術

 今年の干支の兎は、古来多産の象徴として、子孫繁栄の願いを込めて多く絵画や工芸品のモチーフに使われる。
 同様に、中国や日本では、不老長寿や国家安寧を自然の風物に託してきた。

 今でも正月のモチーフとしてなじみのある松竹梅や鶴などとともに、こうした吉祥を表す絵画や工芸品を楽しむ。

「第3章 うさぎと新春の美術」 展示風景から
左:李士達 《歳朝題詩図》 明時代・万暦43年(1615)
右:展示風景から
明末蘇州派の画家が江南の元旦風景を描く。家屋の中では老人たちが屠蘇を楽しみながら揮毫している。外では子どもたちが爆竹で遊んでいる姿がみられる。文人らしい穏やかな正月の風景だ。

 中国、日本の絵画の優品が並ぶコーナーは、改めて同館のコレクションの奥行きを感じさせてくれる。
 工芸品では、「これもうさぎ……?」とも思えるユニークなものからすばらしい技術を感じさせる作品まで、さまざまな切り口で新春を飾るアイデアの妙を見出せるだろう。

「第3章 うさぎと新春の美術」 展示風景から
兎や鶴のモチーフや宝珠や羽子板を象った、めでたい香合たちは、小さいなかにアイデアと工夫が凝らされていて、楽しくなってくる。
左:沈南蘋 《梅花双兎図》 清時代・雍正9年(1731)
右:池大雅 《寿老図》 江戸時代・18世紀
写実性で日本の絵師たちを魅了した沈南蘋による作品は、長寿を意味する梅と、不老不死、多産の象徴である2羽の兎のみならず、太湖石、長春花(薔薇)、霊芝まで、おめでた尽くしの吉祥画。2羽の寄り添う姿が微笑ましい。
沈南蘋に憧れて日本で発展した南画の大成者のひとり、池大雅は、闊達な筆で寿老人を描く。墨の濃淡、線の肥痩、背後と上空にさりげなく配された丹頂鶴にほのかに付された朱、構図ともに絶妙な一作。
《南天蒔絵提重》 江戸時代・18~19世紀
豪華な蒔絵がほどこされた提重は、限りなく高級なピクニック・セットといえる。料理を詰める重箱から酒を入れる徳利に、皿や盃までがひとつに収まる設計にも脱帽。モチーフとなっている南天は、その薬効とともに、日本では「難を転ずる」の語呂からも、めでたいものとして正月飾りにされる植物。新年の席に置かれるだけで、華やかにめでたさを演出することだろう。
樂慶入 《赤樂宝尽寄向付》 江戸時代・文久4年(1864)
樂家の11代によるやきものの向付。丁子、分銅、打出の小槌、七宝、宝珠のめでたい宝を象り、見込みには白泥で砂金袋、笠、ねずみと巻物、蓑、鍵とこれまた宝尽くしのモチーフが描かれる。
左:永楽和全 《金襴手雲龍文銚子》 江戸~明治時代・19世紀
右:《猩々蒔絵三つ組盃》 江戸時代・18~19世紀
和風懐石の酒器に中国風の雲竜文様が合わされた、あでやかな金襴手(きんらんで)の銚子。 隣に並ぶ三つ組盃には、能の演目から猩々(しょうじょう)、正月飾り、梅の木が蒔絵や漆で表されている。猩々は中国の架空の動物。人間のような顔と足を持ち、人語を解し、酒を好むとされ、能では長い赤髪で酒好きの精霊として正月に演じられる演目である。

Gallery4 七福神と初夢

 新年に初めて見る夢でその年の運気を占う「夢占(ゆめうら)」の歴史は古く、鎌倉時代に遡るのだそうだ。
 江戸時代にはその夢に出てくる縁起がよいものとして、「一富士、二鷹、三茄子」が言われ、浮世絵などにも多く描かれた(意味や理由は諸説あるようだが)。
 よい夢を見られるように、七福神の乗る宝舟を描いた絵を枕の下にしのばせる風習は昔話などにで記憶する人もいるだろう。

 わたしたちにも身近な願いや新年の風習がどのように描かれ、象られてきたのか、江戸時代の調度品や浮世絵にその姿を追う。

「第4章 七福神と初夢」 展示風景から
左: 七福神をはじめ、正月モチーフをほどこした印籠の数々。デザインとそれを表す漆芸の技巧を堪能しよう。
右: 江戸中期〜後期の浮世絵師・鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)による美人画の連作は、福人=七福神の見立て絵となっている。美しい色彩とみごとな着物の文様、女性たちのポーズや設定のアイデアが冴える。
鈴木春信 《七福神遊興》 江戸時代・宝暦年間(1751~64)末頃
「錦絵」を完成させたひとりとされる春信による、多色摺木版の前の技術である紅摺絵の貴重な一作。歌舞音曲に興じる七福神には、絵とともに記される文字の通り天の岩戸に籠った天照大御神のエピソードが見立てられている。床の市松模様もモダンで、松や梅の見せ方も絶妙。意匠、工夫に富んだ春信の、正月用の摺物の名品は、色も鮮やかに残り、必見だ。
酒井抱一 《絵手鑑》 全72図のうち 「富士山」 江戸時代・19世紀
尾形光琳に私淑し、「光琳派」を興した抱一の絵手鑑から。シンプルな要素だけにそぎ落とされた表現は、現代のデザインといっても通じるかもしれない。

 ここでは、同館を代表する至宝、国宝《曜変天目》もみられる。
 移転後の展示室には、本作のための特別ケースを設置。低反射のガラスで、360度から鑑賞できるようになっている。また、展示台も低くなっており、見込みの妖しい青虹色の輝きもじっくり堪能できる。車椅子でも見やすいよう高さを考慮したとのこと。
 ぜひ、ちょっとしゃがんで、側面の釉薬のぽってりした“たまり”の妙味も感じてほしい。

国宝《曜変天目(稲葉天目)》 南宋時代(12-13世紀)

 まさに「七福うさぎ」の大行進!
 その生彩ある様子は、誰も見ていない夜中には、展示ケースを抜け出して動き回っているのでは……と、想像もふくらみ、楽しい気持ちにしてくれる。

 ショップでは、かわいらしい七福神の栞や、ハンディながら本展の魅力満載のリーフレットも入手できる。
 御所人形は持って帰れないけれど(欲しくなる)、小さなお土産でお持ち帰りはいかが?

展覧会概要

静嘉堂文庫美術館 開館記念展Ⅱ「初春を祝う―七福うさぎがやってくる!」 
静嘉堂@丸の内

予約サイトでの来館日時指定予約制を導入
新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に美術館ホームページでご確認ください。

会  期:2023年1月2日(月・振休)~2月4日(土)
開館時間:10:00‐17:00(金曜日は18:00まで) 入館は閉館の30分前まで
休 館 日:月曜
入 館 料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

美術館サイト https://www.seikado.or.jp

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