印刷をめぐる冒険――『森山大道 写真とは記憶である』の舞台裏#1

アート|2022.5.25
文=別冊太陽編集部|写真=©Daido Moriyama Photo Foundation

別冊太陽『森山大道 写真とは記憶である』は、半世紀以上にわたる森山大道氏の軌跡にフォーカスした一冊。これまで生み出してきた作品を網羅的に紹介しつつ、生い立ちや、森山氏本人へのインタビュー、ゆかりの人物が語る森山大道論など、まさに「森山大道を知る第一歩」としてコンプリートされている。

©Daido Moriyama Photo Foundation
森山大道氏が長年愛用してきた引き伸ばし機。今回の別冊太陽のための撮り下ろし。

この制作の背景を語るうえで欠かせないのが、印刷工程である。
 「アレ・ブレ・ボケ」と評される森山大道氏の写真を誌面で再現するために、幾重もの努力があった。森山作品の持ち味を余すところなく読者に届けるべく挑んだ、印刷の舞台裏を探る。

もはや冒険――町口覚氏による版設計

一般的に、雑誌のフルカラーページはシアン(青)・マゼンタ(赤)・イエロー・ブラックの基本4色(CMYK)で印刷される。
 しかし、別冊太陽『森山大道 写真とは記憶である』は、この4色に特色グレーの1色を加えた5色刷りをベースに、モノトーンに特化した黒とグレーのダブルトーンで印刷された。しかも、特色グレーはマットブラック+マットOPニスで作られたマットグレーである。その名の通り、質感にマットさを加える仕様で、森山大道氏の写真に最適な選択だ。

 5色での印刷は、当然、手間やコストがかかる。さらにダブルトーンや3色刷り(黒、特色マットグレー、マットOPニス)をページごとに使い分けるとなると、版も複雑になる。それでも、森山大道が映し出す世界を印刷で表現するためには、必要なことであった。

 この版設計を担当したのは、デザイナー・アートディレクターの町口覚氏。
 その本が目指すべきポイントを見据える目は一流で、インクの指示だけでなく、紙選びや印刷方法の提案などを一貫して行う。森山大道氏の写真集も多数手がけている、写真集づくりの第一人者である。

「手間は惜しまない」PD髙栁昇氏の技術が光る

プリンティングディレクター(PD)を務めたのは、多くの写真集を手がけ、森山大道氏とも長くタッグを組んできた、東京印書館の髙栁昇氏。
 第42回「日本写真家協会賞」を受賞したその腕は、多くの写真家の信頼を集めている。

校正刷を前に、綿密な打ち合わせを行う。手前の左が町口氏、右が髙栁氏。

「いいものをつくりたいということであれば、手間は惜しまないんですよ」と髙栁氏は言う。
 「というより、手間というのは、トライアンドエラーをするから手間になるんです。ワントライでできれば、それは手間にならない」
 頭の中でシミュレーションした出来上がりのイメージを、ワントライで再現する。印刷し続けて44年の経験値があるからこそなせるわざだ。

モノクロ表現と印刷

森山といえば、モノクロ写真を思い浮かべる人が大半だろう。森山大道を特徴づけるモノクロームの世界、わけても黒が持つ迫力は、印刷によって大きく印象が左右されるポイントである。

©Daido Moriyama Photo Foundation

単に黒のインクを、濃淡に差をつけて紙にのせればよい、ということではない。たとえば、同じ黒の表現でも、黒1色を用いるのと、シアン・マゼンタ・イエロー・ブラックを重ね合わせて黒を生み出すのとでは、目に映る印象は変わってくる。
 のっぺりとした黒、透明感のある黒、重たい黒……。黒にもさまざまある。

 特に「アレ・ブレ・ボケ」が特徴である森山氏の写真であればなおのこと、モノクロ表現には気を使わなくてはならない。
 独特の粗い粒子やコントラストの強い陰影、輪郭の重なりなどの意図は、単なる平坦な黒だけでは表すことができない。



©Daido Moriyama Photo Foundation

そこで、特色マットグレーの登場である。ほのかな光や薄暗い陰などをみずみずしく写す、橋渡しとなる中間色。
 森山大道の写真がもつ手触りを浮かび上がらせるための要として、スミ(黒)に加えて特色マットグレーを採用する必要が生じた。

 さらに、微細な表現を紙の上で表現するために、どのようにインクののせ方を設計するか、緻密な計算を要する。
 髙栁氏は「きちっと暗部が締まること。森山先生の写真を印刷するうえで大事なことは黒です。黒の濃度があればあるほどいい」と言う。

 「じゃあ、その黒さをどう出すかという話なんですけど、私の中で森山先生の作品を印刷するときのスミ版とグレー版の基本の濃度はもう決めてあるんですよ」

 「たとえば表紙ですが、いただいた画像データ通りの校正刷(本番前のテスト印刷)では、表紙としては白の面積が多くて、さみしい印象なんですよ。だから、全体にボリュームを20%つけました。ただ、その弊害として、真ん中の森山先生の姿が暗く見えづらくなってしまうので、この部分は10%に抑えています。さらに、印刷時に森山先生のTシャツの部分だけ黒とグレーのインクの濃度を控えています」

右が校正刷、左が実際の表紙。校正刷の時点では額縁の外側が若干明るい。この部分の濃度を上げることで、完成した表紙ではより引き締まった雰囲気となっている。

こうしてメリハリがつくことで、画面の奥行きがさらに深まり、表紙にふさわしい力強さになった。

 「表現って、ほんのちょっと。物理的な変化量イコール感覚的な変化量ではありません。ほんのちょっと製版を変えただけで、受け取る印象は大きく変わりますよね」

 結果をあらかじめイメージし、それをアウトプットするための物理的な数値を的確に導き出せるのが、髙栁氏の技術だ。

プリンティングディレクターの髙栁昇氏。

第2回は6月1日更新予定です。

別冊太陽『森山大道 写真とは記憶である』

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