「鏑木清方の絵を一度も見たことがない」という人は、あまりいないのではないだろうか。美術の教科書には必ず載っているし、多くの美術館にも所蔵されているので、実物に接する機会も多いだろう。また、何度も切手の図案に選ばれているので、知らず知らずのうちに目にしていることもあるかもしれない。
では「あなたにとって、一番好きな清方の絵は?」と聞かれたら、答えに困るかもしれない。清方は93歳まで生きたので、その作品数は膨大。代表作の《築地明石町》か……、いやいや、市井の人々の生活を描いた《朝夕安居》や《築地川》も捨てがたい。泉鏡花作品への挿絵も良いし、《一葉女史の墓》も名作で、《野崎村》《道成寺・鷺娘》などの演芸物も、役者の艶っぽさが見事に描かれている……。
右/別冊太陽「鏑木清方」p.10-11。《築地明石町》は長らく所在不明だったが、2019年に44年ぶりに発見された。
そんな名作揃いの清方作品のなかでも、「まずはこれを見てほしい!」という思いから、別冊太陽「鏑木清方」特集が始まった。
まず、「清方美人」「浮世絵」「風俗」「泉鏡花」「怪談」「着物」「演芸」など、清方を語るために欠かせないテーマを設定し、それぞれのテーマに沿って、研究者・専門家に「これぞ清方!」という名作を選定してもらった。
右/別冊太陽「鏑木清方」p.118-119。
8テーマに分けて、清方のベスト50作品を選出した。
作品紹介以外にも、コラム・エッセイなども充実している。特に清方夫人の鏑木照氏による「妻として五十年」は必読。生前の照夫人が遺した唯一の文章で、清方に嫁いだ頃のこと、挿絵画家としてスタートした時期の生活苦や、いつか大家として認められたいと、深夜まで絵の勉強を続ける清方の姿も描かれている。清方は幾度も大戦を経験したが、日露戦争の頃に患った神経衰弱のことなど、家族にしか分からない清方の繊細な内面性も知ることができる。
巻末には、清方の生涯を多くのスナップショットでたどっている。
今年は清方の没後50年にあたり、東京国立近代美術館では大回顧展が開催中。各誌でもこぞって清方特集が組まれている。清方といえば「美人画」というのは定番だが、より深く清方の名作に触れるためにも、ぜひ誌面にて、さまざまなテーマに挑戦した清方の画業の奥深さを感じてほしい。
別冊太陽『鏑木清方 市井に生きたまなざし』
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