Photo by:Yuya Furukawa

「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」展

「遅咲き」の写真家、86歳・潮田登久子の現在地

アート|2026.8.18
文=安原ゆかり

 1950年代から現在まで、日本の女性写真家たちは何を見つめ、何を写真にしてきたのか。東京・渋谷のヒカリエホールで開催中の「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」には、1899年生まれの山沢栄子から1987年生まれの片山真理まで、30人の作品約200点が並ぶ。写真に加え、コラージュ、映像、インスタレーションなどそれぞれの表現は幅広い。ひとことで「女性写真家」といっても視点も方法も実に多様だ。

 展覧会の出発点は、2024年に英仏2カ国語で刊行された『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』と、同名の写真展だ。戦後、日本の写真は国際的に高く評価されてきたが、紹介される写真家は長く男性に偏ってきた。独自の表現を切り拓きながら、十分に知られてこなかった女性写真家たちと作品を掘り起こし、その表現と歩みを捉え直す試みである。

 写真展は2024年夏のフランス・アルル国際写真祭を皮切りに、オランダ・ハーグ、ドイツ・フランクフルトへ巡回。現在は東京での本展と同時期にロンドンでも開催中だ。海外巡回ではこれまでに14万人を動員し、10月からはニューヨークの国際写真センターへ向かう。海外でも、従来の「日本写真」とは異なる側面を見せる展覧会として高く評価されている。

Photo by:Yuya Furukawa

同世代に 女性写真家はいた。でも、いつの間にかいなくなっていた

 出品作家30人の中で最年長世代にあたるのが、1940年生まれの潮田登久子だ。潮田が写真と出会ったのは1960年。短大卒業後、「花嫁修業のつもりで入った」桑沢デザイン研究所で、写真家の石元泰博、大辻清司に学んだ。人物を撮る課題に夢中になり、1975年頃からフリーランスの写真家として活動してきた。

1940年、東京都生まれ。桑沢デザイン研究所で石元泰博と大辻清司の指導を受ける。1963 年、同研究所リビングデザイン研究科写真専攻卒業。1966年~1978年、桑沢デザイン研究 所及び東京造形大学で講師を務め、1975年頃よりフリーランス。代表作に『冷蔵庫/ICE BOX』、『みすず書房旧社屋』、『本の景色/BIBLIOTHECA』など。2018年に土門拳賞、日 本写真協会作家賞、東川賞国内作家賞、2019年に桑沢特別賞を受賞。2022年、写真集『マイハズバンド』がParis Photo–Aperture PhotoBook Awardsの審査員特別賞受賞。

 当時も女性写真家がいなかったわけではない。「でも、いつの間にかいなくなっていました」と潮田は振り返る。男性に比べ写真雑誌などで取り上げられる機会が少なく、手ごたえを得にくいまま、結婚や出産を機に撮ることをやめる人も多かった。

 では、潮田はなぜ続けてこられたのか。「好きだから、面白いからとしか言いようがない」。どんなときもカメラが手元にあり、たとえ近所への買い物でカメラを持たないときも、レンズを通して世界を見る目は手放さない。その視線と粘り強さが、潮田独自の写真世界をつくってきた。

自分のテーマを見つけ、徹底して追う

 代表作〈冷蔵庫/ICE BOX〉の撮影は長女・まほを出産した2年後、1981年に始まった。扉を閉じた状態と開けた状態を対にして、正面から冷蔵庫の「全身」が入るようにかっちりと撮る。「昆虫採集をするように淡々と撮影します。面白さは作品になったとき、見る人が発見してくれる」。牛乳が何本、どこに入っているのか。中はきれいに片付いているのに、その周りはゴチャゴチャしていたり。細部から写っていない住人の姿が見えてくる。これまで撮影した冷蔵庫は300台以上。今も撮り続けている。

出所:〈冷蔵庫/ICE BOX〉 提供:潮田登久子

 もう一つの代表作〈本の景色/BIBLIOTHECA〉も、1995年から現在まで30年以上続くテーマだ。解体直前のみすず書房旧社屋で見つけた一冊の本を「モノとして撮ってみたい」と思ったのが始まりだった。国立国会図書館の地下階にある資料保存課に保管された稀覯本、小学生たちが授業で付箋紙を貼りまくった辞書、虫に食われた古書……。対象はどんどん広がっていく。日本写真協会は潮田の仕事を特徴づけるものとして「並外れた集中力と持続力、そして探究心の深さ」を挙げている。

80代手前に訪れた受賞ラッシュ

 評価という点では遅咲きの人だ。大きく注目されたのは2018年、77~78歳。写真集『本の景色/BIBLIOTHECA』で第37回土門拳賞を受賞。さらに日本写真協会賞作家賞、第34回写真の町東川賞国内作家賞と、日本の主要な賞を立て続けに受賞した。2022年には、約40年前に撮影した家族写真をまとめた『マイハズバンド』がParis Photo–Aperture PhotoBook Awardsの審査員特別賞を受けた。

「何かが起こったわけではない。ただ、見つかっただけ」と潮田。撮って、寝かせて、また撮る。数十年をかけた作品を写真集や展覧会で外に出す。「漬物みたいなものよ。古漬けね」。潮田が写真家として独立してから約半世紀で、日本の女性写真家をめぐる環境も変化した。若い女性写真家の作品を男性たちが「ガーリーフォト」と名付けた時代も経て、今「まなざしの奇跡」展で、世代も手法も異なる30人の作品が並ぶ。潮田は「まだじっくりと見られていないけど、女性という以外に共通点はあまりないんじゃない」と笑う。

写真家で夫の島尾伸三と娘のまほ
出所:『マイハズバンド』 提供:潮田登久子

川内倫子から「一緒に」と声がかかった

 潮田に続く世代からの関心も高まっている。2024年のKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭では、川内倫子と潮田、異なる世代の二人の作品を対話させる展覧会「From Our Windows」が実現した。川内からの指名だった。

 川内は、子育てに忙しく女性が生きにくかった時代に潮田が「カメラという『小さな部屋』を自由の場所として撮り続けてきたこと」に共感し、「仲間を得たような、先輩に会えたような感覚」があったとトークセッションで語った。一方、潮田は「川内さんは色とか、ふわーっとした空気みたいなものを撮っている。ああいうふうには私は撮れない」と話す。年齢差より、作品の違いのほうが重要なのだ。写真家で夫の島尾伸三は笑って言う。「この人、自分が何歳かわかってない。ジェネレーションギャップというものがないんですよ」。
 展覧会はブラジル・サンパウロへ巡回後、現在、アルル国際写真祭のアソシエイトプログラムとなっている。潮田と島尾もこの夏、アルルの会場を訪れ、フランス紙『ル・モンド』など多数の欧州メディアの取材を受けた。注目は海外に広がっている。

「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」プレス内覧会での出展作家集合写真
©Itaru Hirama

次に撮りたいのは「あの世とこの世の間」

 潮田が最近、気になっているのは盆踊りだ。夏の夜、提灯のもとで子どもやスーツ姿の会社員、外国人が輪になって炭坑節などを淡々と踊る姿を見ていると、「あの世と現実の間ぐらいにいる感じ」がするという。その輪に、亡くなった友人たちが混じっているように見えることもある。86歳の今だから身近に感じる、あの世とこの世のあわい。「それをうまく写真と絡めることができたら面白いなと思う」。

「最近ようやく欲が出てきた。今年はもう一歩前に出る年にしたい」。2026年の年初にそう語った潮田に、改めてその意味を尋ねると、「何も怖くないってことね、多分。昔はもう少し、おとなしかった」と答えた。60年以上カメラを手放さなかった潮田の「面白いもの」を探す目は今も止まらない。

「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」

会期:2026年7月4日(土)~8月26日(水)※会期中無休
開場時間:10:00~19:00(最終入場18:30)
会場:ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)東京都渋谷区渋谷2-21-1 
入場料:一般2200円、U-30割(大学生含む)1500円、高校・中学・小学生1000円
※U-30割は30歳以下および大学生・専門学生が対象。未就学児無料。
主催:Bunkamura
キュレーター:竹内万里子、ポリーヌ・ヴェルマール、レスリー・A・マーティン
「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」公式サイト

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