世界に誇る江戸の園芸
「絵解き・江戸のサブカルチャー」と題したこの連載も、いよいよ最終回を迎えました。これまで様々な浮世絵に盛り込まれた情報を読み解いてきましたが、浮世絵と同じく世界に誇ることのできる文化である、園芸にスポットを当てて締めくくりたいと思います。
江戸時代には、空前の園芸ブームが到来しました。寛政(1789~1800)ごろから斑入り(葉や花の色が2種類以上混ざったもの)などの珍しい観葉植物が好まれるようになり、オモト(万年青)、マツバラン(松葉蘭)などの変異種が人気を集めました。一鉢に数千万相当の値がつくこともあり、「金生樹(かねのなるき)」とも称されたのです。幕末に来日したイギリスの植物学者、ロバート・フォーチュンは、こうした変わり種の観葉植物をみて、日本の園芸技術について絶賛しました。
四季折々に咲く花も、品種改良が進みました。現代も私たちの眼を楽しませてくれるサクラの「ソメイヨシノ」(オオシマザクラとエドヒガンの雑種と推定)は、江戸後期に植木職人が多く住む染井村(現東京都豊島区)から「吉野桜」として売り出されたといいます。キクやアサガオ、ハナショウブなども多くの品種が生み出され、浮世絵の題材になりました。
「百種接分菊」にみる職人技
重陽の節句(9月9日)の際に愛でられるキクは、秋を代表する花といえます。白や黄色が基本であったキクは色も形も多様なものが生み出され、それを紹介する書籍も多数刊行されました。地植え(地面に植えること)や鉢植えのほかに、江戸時代中期には花壇菊が盛んになったとされ、巣鴨や染井の植木屋による菊細工なども人気を博しました。
幕末には、駒込の植木屋今右衛門が行った「百種接分菊(ひゃくしゅつぎわけのきく)」が話題となりました。一本のキクから接ぎ木をして、なんと百種類もの花を咲かせたというのです。この様子は、歌川国芳の作品によって伝えられています。

植木屋今右衛門による「百種接分菊」を描く。右上の詞書(説明文)には「十種や二十種はこれまでにあったが、ここに色や形の異なる百品の名花を接ぎ分けたのでご覧ください」という内容が記されている。めずらしいキクを一目見ようと、武家屋敷に奉公する奥女中、眼鏡をかけた老人や小さな子供まで、様々な階層、年齢の人が集う。右下には、キクの花の番付を見る人も描かれる。
キクの花には百種類の花銘を記した短冊が付され(拡大図参照)、そのうちの14種は同時代の文献でも確認できることが指摘されています。花弁の形も様々で、白や黄色、赤、紫、濃い青など多様な色合いの花が、同時に花をつけている様子は圧巻です。この国芳の作品をもとに、近年「百種接分菊」が再現される機会が増えています(2004年開催、静岡国際園芸博覧会など)。その精緻な表現を通じて、浮世絵が情報を満載したメディアとして機能したことを現代の私たちにも実感させる一図です。

季節をいろどる花々
春夏秋冬を通じ、その時期の花を観賞することは生活に潤いを与えてくれます。ナデシコやアサガオが描かれた三代歌川豊国の作品「十二月ノ内 水無月 土用干」からは、花を身近に楽しむ当時の暮らしぶりが伝わります。
この作品のタイトルにもある「水無月」は旧暦の6月を指し、夏の土用(立秋前の18日間、例えば2025年の場合は7月19日から8月6日)に着物の虫干しをする様子が描かれています。中央図の後方に描かれるナデシコは秋の七草に数えられますが、6月頃から花をつけます。様々な品種があり、江戸後期には品評会も行われたといいます。ここで注目したいのは、ナデシコが鉢植えであることです。江戸中期まではどの花も地植えであったといいますが、園芸ブームの中で鉢植えが広まりました。土器や陶器、磁器などの植木鉢がつくられ、花と鉢を取り合わせる「鉢合せ」も楽しまれるなど、園芸におけるやきものの需要も増えていったのです。
右図には、濃紺や水色、白い班のある紅など複数の色、柄のアサガオが確認できます。アサガオもしばしば鉢植えで鑑賞されましたが、この作品では地植えで垣根に蔓を巻き付けている様子が描かれています。色の鮮やかさだけではなく、アサガオは変わり種の「変化朝顔」も楽しまれ、多くの書籍も刊行されました(その一例として、アサガオの品種をバリエーション豊かに描いた『朝顔三十六花撰』(1854年刊行)を掲載します)。アサガオは夏を描いた浮世絵にしばしば登場し、その美しさで夏を演出しました。

夏の土用に着物の虫干しをする様子が描かれる。その着物に描かれる黄色い花は、ヤエヤマブキであろうか。本物の花のような存在感がある。ナデシコの植木鉢には松と山並みが藍色で染め付けられている。中央の女性が着用する涼しげな浴衣や、お皿に盛られたスイカが季節感を醸し出している。

万花園主人(横山正名)撰、服部雪斎画。「花撰」は「歌仙」のもじりで、36種のめずらしい変化朝顔を集めた図譜。朝顔に関する書籍は江戸後期に多く刊行されたが、中でも本書は最高の出来といわれる。アサガオの花弁には様々な種類があり、掲載図の右側の花は「撫子唐花咲」(撫子咲は、花弁の先がナデシコのように細く切れているもの)、左の花には「筋金牡丹度咲」(筋金は花弁の中央部に別の色が入っているもの、ボタンは雄しべ、雌しべが花弁に変化したものを指す)との説明がなされている。
花のイメージー百花の王、ボタンのあでやかさ
艶やかなボタンと華やかな人物描写の取り合わせが目を引く「牡丹の園 今様源氏」は、江戸後期の人気小説『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』(柳亭種彦作、初代歌川国貞画)を題材にした「源氏絵」というジャンルの作品です。向かって右に描かれる男性は、主人公の足利光氏。『源氏物語』の光源氏をモデルとする色男で、華々しい世界に生きるキャラクターとして浮世絵でもしばしば描かれました。
中国伝来のボタンは、「百花の王」と称され絵画や工芸品などのモチーフとしても人気を集めました。ボタンは基本的に五月に花を咲かせますが、日本で独自の変化を遂げた二度咲きの「寒牡丹」をはじめ、江戸時代には数百種におよぶ品種があったといいます。この絵には色鮮やかなボタンが描かれ、その美しさに誘われるように蝶々が飛んでいます。長寿の象徴とされる蝶々とボタンの組合せは、吉祥のモチーフとして人気でした。現実離れした豪華な暮らしぶりを描いたこうした源氏絵は、当時の庶民にとって憧れの世界そのものであったことでしょう。絵画だからこそ表現できる架空の世界を描いたこの絵には、園芸のことだけではなく庶民が好んだ小説など多様な主題が盛り込まれています。これまでにも多くの作品をご紹介し、絵師たちによる工夫や細部にわたる情報の読み解きについて取り上げてまいりました。その楽しさを伝える例として、連載の最後にこの作品を選びました。
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今回は、園芸をテーマに三作品を取り上げました。「百種接分菊」を描いた国芳の作品は、浮世絵が最新の情報を伝えるメディアであることを実感させるものであり、「十二月ノ内 水無月 土用干」は四季折々の風物を愛でる江戸時代の豊かな生活ぶりを描き出しています。「牡丹の園 今様源氏」のように、庶民のあこがれの世界を表現した作品には、絵画だからこそできる大胆な演出が見られます。
まだまだお話したいことは尽きませんが、この連載を機に、展覧会などにお出かけいただいて、浮世絵にこめられた様々なメッセージを読み解く楽しさを味わっていただければ幸いです。1年間にわたりお読みいただき、どうも有難うございました。
【参考】
・日野原健司・平野恵著『浮世絵でめぐる江戸の華 見て楽しむ園芸文化』誠文堂新光社 2013年
・『江戸の園芸熱 浮世絵に見る庶民の草花愛』たばこと塩の博物館 2019年
・国立国会図書館 NDLサーチ「江戸時代の園芸 描かれた動物・植物―江戸時代の博物誌」https://ndlsearch.ndl.go.jp/gallery/nature/c4
藤澤茜(ふじさわ・あかね)
神奈川大学国際日本学部准教授。国際浮世絵学会常任理事。専門は江戸文化史、演劇史。著書に『浮世絵が創った江戸文化』(笠間書院 2013)、『歌舞伎江戸百景 浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』(小学館 2022年)、編著書に『伝統芸能の教科書』(文学通信 2023年)など。