珠玉のコレクションであじわう浮世絵の醍醐味・1 「広重 ―摺の極―」 ~あべのハルカス美術館

アート|2024.8.9
坂本裕子(アートライター)

 この夏、たぐいまれな浮世絵コレクションが紹介されるふたつの展覧会が開催中だ。
 両展に寄与しているのは、パリ在住の浮世絵コレクター ジョルジュ・レスコヴィッチ氏の蒐集品。浮世絵の個人コレクターとしては世界有数とされるコレクションは、極上の摺りとラインナップで、浮世絵の鮮やかで豊かな世界を現代によみがえらせてくれる。
 いずれも現在は後期展示となるが、前期の展示風景とともにその魅力の一端を紹介する。第1回は大阪、あべのハルカス美術館の「広重 ―摺の極―」。

 葛飾北斎と並び、名所絵と花鳥画でその名を馳せた歌川広重。「ヒロシゲブルー」の藍の美しさや、どこか懐かしく感じる独特の抒情を持つ街道の風景、大胆な視点や構図から描かれる江戸の町は、「東海道五拾三次」や「名所江戸百景」で知られる。

 本展では、広重の優品・稀覯品が国内外から集結。代表作はもちろん、あまり知られていないシリーズや風景画以外の作品も含み、初期から晩年までの画業を作品で総覧する。その作品数、前後期併せて約330点! 空前の規模の広重展の中核をなすのが、レスコヴィッチコレクションだ。蒐集品のなかでも3000点を超えるという広重作品は、稀少な初摺に加え、摺りたてのような美しい色が残る逸品揃いが特筆される。広重の風景画の変遷と多彩な面が見られるのみならず、「錦絵」と呼ばれた浮世絵版画の本来の感動を実感できるはずだ。

 会場は名所絵を時系列に追いつつ、そのほかのジャンルを別章として広重の幅広い画業のエッセンスが紹介される。

| 歌川派の絵師から、名所絵の広重へ

 兄弟子・三代豊国による「広重の死絵」(亡くなった際にその訃報と追善を兼ねて刊行される浮世絵)の肖像画をプロローグに、第1章から第四章では、「名所絵の広重」の活躍をみていく。

展示風景から
三代歌川豊国「広重の死絵」安政5年(1858)ジョルジュ・レスコヴィッチ氏蔵(通期展示)

 歌川豊国に入門を希望するものの弟子が満員で豊広に師事し、その一字をもらった広重が最初期に描いていたのは役者絵、美人画だ。歌川派の絵師として画風を踏襲しつつ、自身の表現を探す姿がそこにある。

「第1章 雌伏の時代 文政期(1818-30)」の前期展示風景から
役者絵、美人画、武者絵など、歌川派の依頼をこなしていた様子がうかがえる。初期の貴重な作品たち

 最初の名所絵のヒットは「東都名所(一幽斎がき)」(10枚揃)。その後、版元・保永堂から刊行された「東海道五拾三次」(55枚揃)でその名が広く知られるようになる。
 並行して、上方三部作といわれる「京都名所」「近江八景」「浪花名所図会」をはじめ、さまざまな揃物も刊行つつ名声を確固たるものにしていった。
 後期には「近江八景」と「浪花名所図会」が揃う。あまりみたことのない作品をシリーズでみられる貴重な機会だ。

「第2章 名所絵開眼 天保(1830-44)前期の名所絵」の前期展示風景から
代表作「東海道五拾三次」はじめ、上方三部作がみられる
「第2章 名所絵開眼 天保(1830-44)前期の名所絵」の前期展示風景から
「京都名所」シリーズの展示。左は四条河原の川床で夕涼みをする人々を描く。後期には「近江八景」と「浪花名所図会」がみられる

 人気絵師となった広重の名所絵は「本朝名所」「江戸近郊八景」など、円熟味を増していく。なかでも溪斎英泉の24図の後を受けて制作された「木曽海道六拾九次」は、現実と彼の印象が融合した寂寥感をたたえ、みる者の記憶と詩情に訴える表現で、ひとつの到達点ともされる。
 扇面に風景を切りとる「東都八景」や、画として残された貴重な団扇絵には、構図の妙や彼の人気ぶりを感じられるだろう。

「第3章 名所絵の円熟 天保(1830-44)中後期の名所絵」の前期展示風景から
「第3章 名所絵の円熟 天保(1830-44)中後期の名所絵」の前期展示風景から
左:「木曽海道六拾九次」シリーズの展示
右:手前は「伊勢名所 朝熊山峠之茶店」の団扇絵。団扇の形を効果的に使う構図がみごと

 多作のせいか、いっとき停滞の様子も見られる。名所絵を主に活動してた広重は、天保の改革の影響もあまり受けなかったと思われるが、新たな画境を求めて試行錯誤していたようすが感じられる。天保12年に道祖神祭りの幕絵の依頼を受け、甲府を旅したのちに制作した掛物絵の経験がひとつの転機になったようだ。
 小さい横中判のサイズを逆手に取り、ひとつの主題だけを描く、視点を大きく変える、部分を極端に前景に配するなどの構図の工夫、竪大判を活用するなどの展開が「名所江戸百景」に結実する。この刊行中に描かれ、現在“雪月花三部作”として知られる大判3枚続の雄大な風景画とともに、その到達点を楽しもう。

「第4章 竪型名所絵の時代 弘化から没年(1844-58)の名所絵」の前期展示風景から
壁いっぱいの「甲府道祖神祭幕絵 東都名所目黒不動之瀧」(天保12年[1841]、山梨県立博物館蔵)は迫力(後期は「東都名所 洲さき潮干狩」が展示される)
「第4章 竪型名所絵の時代 弘化から没年(1844-58)の名所絵」の前期展示風景から
「名所江戸百景」の展示

| 江戸の生活とともに。多彩な画業

 五章から八章では、名所絵以外の広重の作品をジャンル別に紹介、多様な注文に応えていた制作の軌跡とその画技を見いだす。

 名所絵と並び人気が高かったのが花鳥画だ。名所絵とほぼ同時にはじまり、晩年まで制作している。扇面枠や団扇も含めさまざまな判型の作品が残るが、短冊判がその代名詞といえる。縦長のスペースに絶妙な構図で、ときに狂歌や漢詩の賛が入り、需要層の教養も感じられる。

「第5章 広重の花鳥画」の前期展示風景から
「第5章 広重の花鳥画」の前期展示風景から
左は花鳥画の展示、右は狂歌連の画帖として制作された私家版『魚づくし』から一般向けに発売された「魚づくし」の展示

 美人画の絵師としてスタートした広重は、晩年に再び美人画を手がけている。歌川派が得意とした大判三枚続に美人を一人ずつ配したものや団扇絵が多い。三代豊国や国芳のキリっとした威勢のよさとは一線を画し、どこかおっとりした雰囲気をまとう美人たちが並ぶ。
 戯画では『東海道中膝栗毛』に取材したシリーズが興味深い。名所絵では人物を点景として配することが多いなかで、生き生きとした弥次さん喜多さんの姿からは、賑やかな音声が聞こえてきそうな一作だ。

「第6章 美人画と戯画」の前期展示風景から
「第6章 美人画と戯画」の前期展示風景から
右は団扇絵の美人画。雪月花のうち、月と雪。左は戯画の展示

 文学的なものでは狂歌本の挿絵のほか、「和漢朗詠集」が稀覯品としても名高く、全8図のうち、5図が集まった(後期には2点展示)。評価が高い「忠臣蔵」や異色作とされる「源氏物語」も意外な一面をみせてくれる。
 江戸後期の浮世絵界で、広重作が圧倒的に多いという張交絵(いろいろな絵を一枚に配したもの)に、双六絵、絵封筒なども手がけている。そこには、当時の江戸の生活に密着した仕事をこなしていたもうひとつの広重の姿が浮かび上がる。

「第7章 多彩な活動」の前期展示風景から
左 :広重の絵封筒の展示。ちょっと欲しくなる
右:広重による挿絵のある絵入り版本の展示
「第7章 多彩な活動」の前期展示風景から
「忠臣蔵」から張交絵の展示

 肉筆画で注目したいのは版下絵だ。『西遊記』に取材したシーンを描いた墨筆の作品は、異形の姿の想像力も豊かに、広重の確かな筆も感じさせてくれる。

「第8章 肉筆画の世界」の前期展示風景から
左:天童藩織田家の依頼で描かれた、通称「天道広重」と呼ばれる肉筆画がみられる
右:『西遊記』に取材した版下絵の展示。発想豊かなキャラクターが精緻な筆で描かれているのが楽しい

 知らなかった広重と出会い、新しい広重を見いだせる本展は、あべのハルカス美術館開館10周年の記念展でもある。同館の節目を豪華に彩る空間を見逃がさないで。


 なお、大変好評で連日来館者も多く、現在展示室内が混雑しているため、平日の16時以降がおすすめとのこと。
 ぜひ、夏休みを活用して訪問を!

展覧会概要

「広重 ―摺の極―」

あべのハルカス美術館
会  期: 2024年7月6日(土)~9月1日(日)
      ※前後期で展示替え(後期:8月6日~)
開館時間:火~金10:00‐20:00、月土日祝10:00-18:00
      ※入館は閉館の30分前まで
休 館 日:会期中無休
観 覧 料:一般1,900円、大高生1,500円、中小生500円
障がい者手帳持参者とその付添者1名は半額
問 合 せ:06-4399-9050

公式ホームページ https://www.aham.jp/

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