手に取るとわかる「おどろき」とは?『森山大道 写真とは記憶である』の舞台裏#2

アート|2022.6.1
別冊太陽編集部

半世紀以上にわたる森山大道氏の軌跡にフォーカスした別冊太陽『森山大道 写真とは記憶である』。その舞台裏には、森山大道作品の魅力を印刷で最大限に表現しようという試みがあった。こだわり抜かれた版設計やインク選びなどを紹介した第1回に続いて、さらに技術を要した目玉ページに迫る。

マットとツヤ、異なる質感を1ページに

本誌では、『にっぽん劇場写真帖』収録の『無言劇 パントマイム』を掲載している。黒を背景に佇むホルマリン漬けの胎児たち。この一連の写真の存在感をより強める演出として、造本設計を担当したデザイナー・町口覚氏とプリンティングディレクター・髙栁昇氏は印刷にある仕掛けをほどこした。

©Daido Moriyama Photo Foundation 無言劇 パントマイム

背景の黒だけにマットニスを加えることでツヤを抑え、対照的に写真部分の光沢感を際立たせるという試みである。
 『無言劇 パントマイム』は再録となるため、ただ再録するだけでなく、これまで掲載されてきた媒体と差を出したいと町口氏は考えた。この提案に、印刷技術で髙栁氏が応えた。

©Daido Moriyama Photo Foundation 写真の部分と背景の部分とで表面の質感に違いを出した。

コスト的にも、納期的にも、何度もテスト印刷をすることができず、ほとんど一発で完成させなくてはならない中、マット効果を出すのは困難と思われたが、髙栁氏の見立ては「できる」。

 「今回使ったUV印刷機はUV光を用いて短時間でインクを乾燥させることができる。その一方で、マットOPニスを使ってもマット感が出にくい。現実問題の話をするとワンスルーでは無理なんです。スミ(黒)とグレーの版を刷って、乾燥させてからもう1回マットOPニスをのせているので、UV印刷機でもマット効果が出ているんです」

印刷機とインクの特性を熟知し、適切なプロセスを選択することで、難しい表現も可能とする。
 一方で、そんな髙栁氏でも「わからないこともたくさんあります」と言う。

 「印刷場の温湿度が変われば、インクの保水量(乳化率)や硬さ、紙の湿度なども変わりますから、常にこうした変動要素まで把握します。(刷る前に)頭の中では何回も印刷をしています。そうしないと、絶対品質は担保できません。よくそんなにできますね、と思われるかもしれませんが、印刷が好きなんです」

©Daido Moriyama Photo Foundation

こうした思いが結実し、『無言劇 パントマイム』のページは刷り上がった。実際に手に取ってみると、マットな漆黒を背景に写真が浮かび上がってくるような臨場感が漂う。

ムックながら、写真集に匹敵する出来栄え

「印刷は宗教、カッコよく言えば私は敬虔な印刷教徒です。奥付の小さい写真まで、写真は全部指示します。でも、そこまで徹底していないと、人間は弱い方向へ流れてしまうんですよね」

作業に取り掛かる前に、自らすみずみまで清掃し、心を整える。

「印刷の神様っているんですよ。でも、神を信じて、神を頼らずです。一生懸命やりますから、神様に降りてきてください、と。そうすると、私も、印刷所も、デザイナーさんも、編集者さんも、そして最後には読者の方も喜んでくれる。その落としどころまで来たとき、印刷の神様が降りてきてくれる。そんなことを目標にしています」

 と、語ってくれた髙栁氏。そんな氏が、印刷技術を惜しみなく盛り込んだことで『森山大道 写真とは記憶である』は完成した。

業界の第一人者の豪華タッグに注目

『森山大道 写真とは記憶である』の舞台裏には、町口覚氏と髙栁昇氏のスペシャルタッグがあった。充実の内容はもちろんのこと、ムックでありながら写真集に匹敵する印刷のクオリティにも注目してほしい。

別冊太陽『森山大道 写真とは記憶である』

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