肉筆画《富士身延鉄道沿線名所鳥瞰図》(部分) 昭和3(1928)年 堺市博物館蔵

「Beautiful Japan 吉田初三郎の世界」
府中市美術館

アート|2024.5.31
エディター=竹内清乃

現実には存在しないアメージングな風景

鳥のように上空から見た視点で風景を描く「鳥瞰(ちょうかん)図」で全国名所図絵を描いた吉田初三郎(1884-1955)。大正から昭和にかけて、日本国内に幹線鉄道や私鉄などの交通網が整い、行楽や観光が盛んになっていくなかで、吉田初三郎は路線地図を組み込んだ鳥瞰図で人気を博した。
初三郎の鳥瞰図は地理的な画面とは違い、大胆なクローズアップやデフォルメと、ランドマークを細部まで綿密に描きこむ構成力を合わせた「地図のような絵」である。
その絵は誰が見てもわかりやすく、見たいものが見える地図で、現実的に見ることができないアメージングな風景というユニークなもの。本展覧会のタイトル「Beautiful Japan」は、理想化された日本の風景と、吉田初三郎の驚くべきグラフィックデザインの世界をうたったものである。

肉筆画《富士身延鉄道沿線名所鳥瞰図》 昭和3(1928)年 堺市博物館蔵

皇太子が絶賛し、「大正の広重」と呼ばれる

初三郎が最初に手掛けた鳥瞰図が、京阪電気鉄道より制作を依頼された《京阪電車御案内》という沿線案内図。これが当時の皇太子(後の昭和天皇)の目に留まり、「奇麗でわかりやすい」との言葉を賜った。これが商業美術家として世に出るきっかけとなり、鉄道省によるガイドブック『鉄道旅行案内』の挿図の仕事でも好評を博して売れっ子作家となる。次々に各地の鉄道会社や観光業者、地方自治体や新聞社の依頼が舞い込んで、かの有名な東海道五十三次の絵師・歌川広重の名を冠して「大正の広重」という盛名が広がった。
デビュー作の《京阪電車御案内》は、大阪の天満橋から守口、枚方、八幡、伏見など要地を通りながら京都の五条までを結ぶ案内図で、まだ簡略な絵柄ながら、その土地の名所となる大阪城や小楠公の墓、枚方遊園などのランドマークが随所に記され、旅の気分が盛り上がるように工夫されている。

《京阪電車御案内》(部分) 大正2(1913)年以降 個人蔵

被災都市を描いた《関東震災全地域鳥瞰図絵》の凄まじさ

大正12(1923)年9月1日に発生した関東大震災は、東京横浜を中心に関東一円を襲った。そのとき、初三郎は写生旅行に出掛けていて難を逃れたが、現在の東京・京橋にあった事務所は消失し、愛知県の犬山へアトリエを移した。
震災の翌年に大阪朝日新聞の付録として発行された本作には、市街が炎上する凄まじさが描かれている。未曾有の大震災の記憶をとどめる鳥瞰図の制作にあたっては東京帝国大学地震学教室の今村明恒博士の指導を受けており、これまでの作品のようなデフォルメは少ない。焦土からの復興に向け、調査された状況を国民に伝えるジャーナリスティックな意味合いを持つ異色の作である。

《関東震災全地域鳥瞰図絵》(部分) 大正13(1924)年 神奈川県立歴史博物館蔵

国際観光の時代に第一人者として活躍した吉田初三郎

「美の国 日本」を世界に宣伝するために鉄道省が初三郎に制作を依頼したのが《Beautiful Japan》と題した日本観光誘致ポスター。この当時は海外からの観光客の誘致と外貨獲得のため、国を挙げて国際観光振興が推進されていた。
日本郵船の制作した雲仙を紹介するパンフレット《UNZEN》でも初三郎の鳥瞰図は「BIRD’S-EYE VIEW OF UNZEN PARK AND OBAMA HOT SPRINGS」というタイトルで、欧米人向けの避暑地として雲仙をアピールしている。観光地を一望できる雄大な景観を演出している。今でも海外から来た観光客の方々に好まれそうなクオリティーである。

ポスター 《Beautiful Japan》(駕籠に乗れる美人) 昭和5(1930)年 東京都江戸東京博物館蔵
《UNZEN》 パンフレットの表紙と内面の展示風景 昭和2〜3(1927〜28)年 個人蔵
《朝鮮大図絵》 昭和4(1929)年 個人蔵

肉筆鳥瞰図とそれを写した印刷技術の精緻な魅力

本展では大画面の肉筆鳥瞰図が10点以上展示されていて、画面の精緻な描き込みや絵肌の魅力も堪能することができる。
吉田初三郎の出身地は京都で、少年時代から友禅の図案関係の仕事をし、関西美術院で絵画を学んでから洋画家の鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)に師事した。その鹿子木に後押しされて商業美術の世界へ進んだという経緯があり、肉筆画にも並々ならぬ腕前を発揮している。これまで初三郎の作品は博物館で歴史や地理の関連資料として展示されていることが多かったが、本展では画家でありグラフィックデザイナーとしての吉田初三郎の魅力を再評価することもテーマとなっている。
六曲二双の大作《犬山之春 蘇川之秋》は、関東大震災後にアトリエを移した犬山の山河を水墨画のような詩情をたたえつつ鳥瞰図的な視点で描いている力作だ。
また、肉筆画の《神奈川県鳥瞰図》と、その同じ構図の印刷折本《神奈川県観光図絵》の対比で、制作過程のステップをたどることができる。初三郎の描く肉筆鳥瞰図の細かな描写は、高い精度で原画を再現する印刷技術により、小さな印刷折本になっても変わらず作品の魅力を伝えている。戦前には高度な印刷技術が進展していたことが見て取れる。

屏風《犬山之春 蘇川之秋》 昭和6〜7(1931〜32)年 犬山城白帝文庫蔵
肉筆鳥瞰図《神奈川県鳥瞰図》 昭和7(1932)年 神奈川県立歴史博物館蔵
印刷折本《神奈川県観光図絵》 昭和9(1934)年 神奈川県立歴史博物館蔵

湾曲した日本地図に収めたピンポイントの野菜の産地名

これも大胆に日本列島を湾曲させて一つの画面にぎゅっと収めた鳥瞰図で、たくさんの野菜の名前が見える。この《全国野菜主産地之図》は、京都のタキイ種苗株式会社の当時の社長・瀧井治三郎の依頼で、昭和4(1929)年の朝鮮博覧会へ出品するために制作されたものという。なるほど、画面の左上には朝鮮半島があり、直線の航路でつながっている。
このようなスケールの大きい地図に、鹿児島の「桜島大根」、京都の「聖護院蕪」、関東の「練馬大根」など、地名ではなく野菜の名前が林立しているのは、ちょっとシュールな眺めである。こういう仕事もこなした初三郎の柔軟な発想力に脱帽だ。
じつは2002年に別冊太陽シリーズで「大正・昭和の鳥瞰図絵師 吉田初三郎のパノラマ地図」を刊行したのだが、結構好評でよく売れた記憶がある。鉄道路線や地図がテーマの場合、マニアの方々が研究のために本を買ってくれたりするが、吉田初三郎には別種の好奇心をくすぐる魅力があるらしい。横長の画面に、語弊があるかもしれないが「だまし絵」のように立ち上がる地図の絵に挑発され、面白いものを発見する喜びがあるからではないか。
このウェブ記事では全体像を載せきれなかったが、本展では端から端まで鑑賞することができるし、ほかにも絵葉書やポスターなどの初三郎の多彩な作品が展示されているので、画業を全体的に見渡せる。
今年は吉田初三郎の生誕140年にあたり、記念碑的な展覧会といえよう。単館開催で巡回展はないというので、この機会にぜひ訪れてみてはいかが。

《全国野菜主産地野図》 昭和4(1929)年頃 タキイ種苗株式会社蔵

展覧会概要

「Beautiful Japan 吉田初三郎の世界」

府中市美術館
会期:2024年5月18日(土)〜 7月7日(日)
※一部作品の展示替えを行います
開催時間:10:00-17:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜
観覧料:一般800円、高校生・大学生400円、小・中学生200円、未就学児は無料
※府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」提示で無料
※障害者手帳(ミライロID可)をお持ちの方と付き添いの方1名は無料
問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式ホームページ:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/

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