『デミタスカップの愉しみ』渋谷区立松濤美術館

アート|2021.9.8
坂本裕子(アートライター)

小さな世界に展開する無限のデザイン

渋谷区立松濤美術館に、きらびやかな小宇宙が展開している。

 「デミタスカップの愉しみ」と題された展覧会は、2000点以上のデミタスカップを所蔵する村上和美氏のコレクションから厳選された約380点が紹介されるもの。

左:第1部の展示風景から
右:第2部の展示風景から

デミタスカップ(demitasse)は、フランス語のdemi tasse(半分のカップ)を意味し、通常のコーヒーカップやココアカップのおおよそ半分のサイズの陶磁器またはガラスのカップのこと、と定義されている。
 日本ではエスプレッソで知られる、濃いコーヒーを飲むためのカップだ。
 その歴史ははっきりとしていないものの、1700年代(18世紀)のフランスで誕生したものと考えられているそうだ。

スペインや大英帝国をはじめとする欧州列強の大航海時代に、香辛料や織物とともにもたらされたティー、コーヒー、チョコレートの三大飲料は、王侯貴族に愛され、西洋の文化として定着する。
 18世紀までは、日本や中国の茶碗やそれを模倣した把手のない「ボウル」で飲むのが主流だったが、把手をつけた陶磁器がヨーロッパで開発されると「カップ」が生まれ、さらに「ソーサー(受け皿)」を組み合わせて独自に発展、現在にも使用されるテーブルウェアとしての「カップ&ソーサー」となった。

デミタスカップはそうした歴史の中で、必ずしもセットの一要素にとどまらず、単独でも使用されうる特異な存在として現れ、その小ささにこその極限の造形美を求めて、高い技術や高価な素材による繊細・華麗な装飾がなされ、多様なデザインが生み出されていく。

特に、19世紀には近代化により台頭してきた中産階級(ブルジョワジー)にコーヒー文化が浸透し、各都市で開催された万国博覧会を契機に流入した異国の文化の影響も受けて、デミタスの多様性は最高潮を迎える。

会場では2部構成、14章立てで、歴史的な視点とかたちと意匠の視点からデミタスの魅力が紹介される。

第1部「デミタス、ジャポニスムの香り」では、欧州の名窯における、シノワズリ、ジャポニスムからアール・ヌーヴォー、アール・デコの作品と、日本で生み出された作品で、デミタスカップにおけるジャポニスムの受容と変遷を追う。
 そこには、長い間中国陶磁器を珍重し、憧れてきたヨーロッパが、ようやく磁器制作の技術を確立した喜びやその発展、斬新な構図や自然を描写し、意匠に活かす日本人の感性に魅せられた様子、そして、西洋に向けて創意と工夫を凝らした日本の職人の超絶技巧を感じることができる。

左:スポード《金彩花卉文蝶ハンドルトロンブルーズ形カップ&ソーサー》 1790-1820年 村上和美氏蔵
イギリスのスポード窯は2代目が磁器に匹敵するボーンチャイナを完成させる。ジョージ4世の派手好みを反映し、シノワズリと伊万里金襴手の影響を受けた作例のひとつ。把手の蝶の形がおもしろい。
右:ミントン《金彩梅花と格子文カップ&ソーサー》 1882年 村上和美氏蔵
イギリスの名窯ミントンのブルーが微妙に変化して、貼り交ぜ屛風の色紙重ねを模し、ジャポニスムを強く感じさせる。青と金の鮮やかな中に、ピンクの梅花が可憐な一作。
左:ノリタケ《薔薇文金点盛カップ&ソーサー》 1891-1915年 村上和美氏蔵
いわゆるオールド・ノリタケのあでやかな一作。ジャポニスムの衝撃が過去のものとなっていることにいち早く気づいた大倉孫兵衛(ノリタケの前身、森村組の一員でのちの大倉陶園創業者)たちは、アール・ヌーヴォーやアール・デコなどの流行にも対応し、豊かなデザインを展開した。
右:横浜で作られたカップ&ソーサーたち(展示から)
金彩の中に日本の風俗画が描かれた輸出用の作品は、現代から見るとどこかキッチュな印象だが、驚嘆の細密描写で日本のやきものの技術の高さを感じさせる。ぜひ近くで!
左:ロールストランド《とんぼ文カップ&ソーサー》 1897-1910年 村上和美氏蔵
スウェーデンの窯元で、1900年のパリ万博に出品したアール・ヌーヴォー様式の繊細な花柄磁器で知られている。「とんぼ」は1910年まで在籍したデザイナー ヴァランデルの代表的なシリーズ。淡く浮かび上がるような盛り上げと釉下彩が上品な美しさを持つ。把手がとんぼの胴になっているところも注目。
右:ソーホーポタリー《「パーム」カップ&ソーサー》 1930年代 村上和美氏蔵
イギリスのメーカーであるソーホーポタリーを代表するアール・デコのデザインの一作。 シャープな器形と鋭角的な把手、大胆な黒の入り方が、モダンな印象を与える。モチーフは、この時代にブームであったエジプトや南米の異国的な雰囲気を反映している。

第2部「デミタス、デザインの大冒険」では、そのフォルムや技術、装飾に注目、さまざまな意匠を凝らしたデミタスが、「かたちのお花畑」や「これなに?のかたち」「デミ・デミ・パーティー」などの楽しげなテーマで紹介される。

マイセン《貼りつけ花鳥とスノーボール蓋付きカップ&ソーサー》 1860-1880年 村上和美氏蔵
マイセンらしいデコラティブな一作も、デミタスカップにほどこされた超絶技巧であることをお忘れなく。表面を覆いつくす可憐な白い花は、「スノーボール・ブロッサム」といわれるもので、ポーランド王アウグスト3世と王妃のために製作された意匠。これで飲むコーヒーの味とは……?
左:ロイヤルドルトン《花束文金彩テニスセットカップ&ソーサー》 1891-1902年 村上和美氏蔵
テニスやパーティーの場で飲料とスナックをひとつの器で持ち運べるようにデザインされたもの。優雅な曲線と水彩のような淡い草花が美しく調和している。現代の立食パーティーでも使ってみたい一作だ。
右:ロイヤルバイロイト《「キャベツとロブスター」カップ&ソーサー、ミルクピッチャー》   1902-1920年代 村上和美氏蔵
器がまるごとキャベツ、把手がロブスターのはさみ、ミルクピッチャーもセットのユニークな作品。果物や野菜、貝などの形の作品と並ぶ展示は、まるでヨーロッパの朝市のように楽しい。
左:「覗いて愉しむ」と題された、カップの内側にも文様や図が描かれた作品たち。(展示から) 上から観られる展示で、ソーサーと合わせて広がる世界を楽しんで。
右:デミタスの中でもさらにちびっこの極小カップ&ソーサーたち。(展示から) 中央やや右上に大きく見えるのが通常のデミタスカップ。かわいさとともに、やはり手抜きの一切ないその造りを確認して!

華麗で繊細な加飾のみならず、花の形やハート形、貝を模したものやサイコロを象ったものなどのユニークな器形があり、カップとともにサンドイッチやビスケットなどを置けるようにソーサーが大きく作られたテニスセットといわれるものがあり、カップの内側にまで装飾がほどこされ、上から見るとソーサーと絵が一体になっているものがあり、まさに百花繚乱。
 特に極細の金彩とともに影に色を落とすガラス製の作品、「銀巻き」といわれる、磁器に描いた絵柄を電極として銀メッキをおこなう技術で制作された作品は、ため息ものの美しさだ。

アダレイ《金彩薔薇図カップ&ソーサー》1886-1905年 村上和美氏蔵
イギリスで創業され、その後1960年代にロイヤルドルトン傘下に入ったメーカーの作品。金彩とともに、内側にもほどこされたバラの花の鮮やかさで、カップそのものが光を放っているようなまぶしさを感じられる一作。
サルヴィアーティ、1800年代後期 村上和美氏蔵
ヴェネツィアン・ガラスで知られるムラーノ島にモザイク工房を持ち、そこから吹きガラス工房を創設して、ヴェネツィアン・グラスの復興に多大な貢献を果たした工房のみごとな作品。鮮やかなグリーンに繊細な文様と金の入った把手が上品な豪華さを添える。
「ガラス製のデミタス」(展示から)
清涼感たっぷりの作品たちは、その色合いと繊細な豪華さにうっとり。ガラス制作で知られるボヘミアやヴェネツィア製が多い。脆弱なため、鑑賞向けとされるが、実用では水出しコーヒーや、エスプレッソと氷をジェイクするカフェシェケラートや、エスプレッソを急冷したカフェフレッドなどが想定されるそう。もちろん、村上氏はこれらでもコーヒーを楽しまれたとのこと。

また、コレクションの第1号のものをはじめ、村上氏が特に思い入れのある作品をセレクトし、それぞれの由来や想いとともに紹介されるコーナーでは、コレクター垂涎の逸品も含めた見ごたえとともに、どこかほっこりとした気持ちでデミタスカップに寄り添える。

カミーユ・ノド《プリカジュール草花文カップ&ソーサー》1900年頃 村上和美氏蔵
「このデミタスは雲の上の幻のような存在」だったと村上氏が語る貴重な一作。中国の玲瓏磁器(蛍焼き)に啓発された軟質磁器にエナメル七宝をほどこしたこの技法は、再現が困難なもので、「このデミタスの存在自体が奇跡といってよいのかも」とのメッセージ。 七宝彩色の部分が透けて見えるので、ぜひ展示は横からも。
ロイヤルウースター(ジョージ・オーウェン)《金彩ジュール透かし彫りカップ&ソーサー》 1880年頃 村上和美氏蔵
「コレクターとしては『どうしてもいつか手に入れたい憧れの逸品』のひとつ」という、透かし彫りの名工ジョージ・オーウェンの傑作。会場ではソーサーの透かし彫りがより感じられる展示になっている。ライトが作る影に、その驚嘆の技巧美を確認して。 「手にとって堪能できるのは至上の幸福ですが、同時に、次世代へと引き継ぐ事も大切な責務であると気付かされます」(村上氏・談)

村上氏は、子どものころに、母親がドリップ式で淹れたコーヒーを、その豊かな香りとともに小さなカップで愉しんでいた姿を見て、「コーヒーはデミタスで飲む」という可愛らしい刷り込み(笑)とともに、「デミタス」への憧れを醸成したという。

その収集は、いわゆる有名窯に限定せず、自らの眼にとまる創造性や造形性を基準とし、しかも入手すると必ず実際にコーヒーを入れて愉しむのだそうだ。
 単に「作品」としてのカップではなく、「使うもの」として収集されたデミタスカップたちは、もっとも幸せな所有者のもとへたどりついたといえよう。
 ステキな収集の精華は、まぶしくて楽しく、そして温かい。

時代と文化、そして食を、人生を、より楽しむ工夫や、職人たちのプライドまで、デミタスカップはその「デミ」の姿に実に多くの要素を背景として持っている。
 それは、ミクロの中にマクロな宇宙をはらみ、無限の美の可能性を提示してくれる。
 小さきものを愛し、超絶技巧を愛でてきた日本人の感性にも嬉しい展覧会だ。

展覧会概要

デミタスカップの愉しみ 渋谷区立松濤美術館

土日祝日・最終週(10/5以降)は「日時指定制」です。
新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が変更になる場合が
ありますので、必ず事前に、美術館ホームページでご確認ください。

会  期:2021年8月24日(火)~10月10日(日)
開館時間:10:00-18:00(入館は閉館の30分前まで)
休 館 日:月曜日(ただし9/20は開館)、9月21日(火)、24日(金)
入 館 料:一般 800円、大学生640円、高校生・60歳以上400円、小中学生 100円
     土・日曜日、休祝日は小中学生無料
     障がい者および付添者1名は無料

展覧会サイト https://shoto-museum.jp

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