2023年夏の展覧会ピックアップ

アート|2023.8.18
坂本裕子(アートライター)

首都圏の美術館で現在開催中の日本美術の展覧会をピックアップ。

異例の猛暑に台風襲来と、なかなか予定を立てにくい今年の夏。
ふと思い立ったら、美術館で作品の美や妙、作家の想いに触れてみるのはいかがだろうか。
各美術館では、この夏もさまざまな企画で展覧会を開催している。
会期終了間近のものもあるので、気になる展覧会はお早めに!

「歌川広重 山と海を旅する」 太田記念美術館

山海の風景をたどりつつ、名所絵の名手・広重に迫る

1階 展示風景から
まずは代表作「東海道五十三次」や「名所江戸百景」などから

 幕末に、名所絵の名手として江戸っ子の人気を博した歌川広重(1797–1858)。「東海道五十三次」や「名所江戸百景」のほか、その生涯を通じて甲州(山梨)や房総(千葉)などを旅し、その自然を見て、写した経験を作品に遺している。本展は、彼の画業から山と海のテーマに注目し、改めて作品を広く通覧する。

 見どころは広重最晩年の揃物「山海見立相撲」の、全20点の国内初となる一挙公開だ。そこには、広重が山海の美を追求するにあたり、自身の実体験のほか、既存の地理書の挿画などをアレンジしていたことも見いだせる。

 本展では、諸国の山や海の風景の紹介と併せ、「広重は実際に絶景を見たのか?」という視点から、彼が訪ねた地の記録や、引用された原書を丹念に追い、新たに発見された成果も含めてパネル展示されている。さまざまな地誌やガイドブックが制作された時代。広重は、そうした挿画から、豊かな想像力で、異なる方向や視点からの風景に仕立てている。ライバルとして強く意識していたであろう北斎の画からの引用もあり、“ヒロシゲブルー”も美しい各地への旅気分とともに、風景画家・広重の画業により深くアプローチする機会を提供する。

 房総半島を訪れた記録を地図に落としたパネルからは、その健脚も感じられ、広重をより身近に感じることができるかもしれない。
 新しい魅力を見つけてみては?

1階 展示風景から
「山海見立相撲」や「六十余州名所図会」などから、「山」の風景を楽しむ
展示から
左:山海見立相撲 薩摩 坊ノ浦双剣石
小さな遠景をクローズアップして描く、その想像/創造力はみごと
右:六十余州名所図会 隠岐 焚火の杜
同じ構図が葛飾北斎『北斎漫画』七編にみられる。視点を微妙にずらしている点に注目
展示から
雪月花三部作と称さる作品も揃って見られる
左:木曽路之山川
中:江戸名所 品川の月
右: 阿波鳴門之風景
鳴門の渦潮を「花」と呼ぶセンスが粋だ
2階 展示室風景から
青が美しい「海」の作品とともに、江戸人の自然信仰を感じさせる作品も紹介される
展示から
房総の旅は、作品とともに、その足跡が丹念にマッピングされたパネルも楽しい

展覧会概要

歌川広重 山と海を旅する

会場:太田記念美術館
会期:2023年8月1日(火)~8月27日(日)
時間:10:30-17:30(入館は17:00まで)
休館日:8/14、21
料金:一般800円、大高生600円、中学生以下無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

「三井高利と越後屋―三井家創業期の事業と文化―」 三井記念美術館

三井家350年の歴史と文化。その厚みに触れる

第2展示室 展示風景から
樂道入作  赤楽茶碗 銘再来  江戸時代・17世紀 三井記念美術館(北三井家旧蔵)
毎回、展覧会のハイライトが展示される空間には、高利の茶の湯に関する唯一の遺愛品が置かれる

 2023年は、三井越後屋が開店してから350年にあたる。これを記念した特別展が三井記念美術館で開催中だ。

 初代三井高利(1622–94)は伊勢松坂に生まれ、延宝元年(1673)、江戸本町に呉服店「越後屋」を開業する。お屋敷への訪問販売、掛け売りが常識だった時代に、店頭での「現銀(金)掛け値なし」の商売を始めて、庶民に広く支持された。その後、両替商も手がけ、幕府御用達商人として自他ともに認める「日本一の商人」となる。これらは当時の読本や浮世絵にも描かれて、その隆盛を今に伝え、革新的な精神と商人の心得は代々に引き継がれ、「三井グループ」につながる。

 三井家は、文化活動にも力を入れた。急成長を遂げた享保から元文年間(1716–41)には、多くの名物茶道具を収集し、これらは三井記念美術館の有数のコレクションとなっている。

 本展では、三井の家法である「宗竺(そうちく)遺書」や当時の大福帳など、なかなか見ることのできない珍しい資料や先祖伝来の品々、茶道具の優品に、越後屋が描かれた浮世絵、三井家当主が描いた福神などを、事業、文化、信仰を切り口に紹介する。
茶道具の名品はもちろん、画に描かれた三井越後屋の様子は、改めてその隆盛を感じさせる。

 「三井」の礎を築いた時代が浮かび上がる空間は、現代のビジネスのあり方にも示唆を与えてくれるかもしれない。

「第Ⅰ章 三井越後守から高平まで―黎明期の人々と遺愛品」 展示風景から
はじまりは三井高利夫妻の肖像(左手前)から
「第Ⅱ章 三井家創業期の歴史と事業」 展示風景から
左:事業と三井家を一体的に管理した記録である大元方勘定目録や両替に使用した天秤が往時を思わせる
右:高利の長男・高平が遺書の体裁でまとめた「宗竺遺書」と高平の肖像
「第Ⅲ章 享保~元文年間(1716~1741)の茶道具収集」 展示風景から
大名物の「唐物肩衝茶入 北野肩衝(重要文化財)」をはじめ、名品たちが並ぶ
展示風景から
展示室6では、高利夫妻の消息(手紙)と高利の自戒書が見られる。書体にも注目
「第Ⅳ章 三井家と神々」 展示風景から
左:高利の孫・高房の描いた商売繁盛の神、大黒や恵比寿が並ぶ
右:高利の祖父が着用したとされる甲冑は、三井家の先祖を祀る神社とともに三幅対に描かれる

展覧会概要

三井高利と越後屋―三井家創業期の事業と文化―

会場:三井記念美術館
会期:2023年6月28日(水)~8月31日(水)
時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜
料金:一般1,000円、大学・高校生500円、中学生以下無料
   70歳以上800円(要証明)
   障害者手帳呈示者と介護者(1名)は無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.mitsui-museum.jp/

「虫めづる日本の人々」 サントリー美術館

描かれ、見られ、あしらわれ、まとわれてきた。虫を愛する日本人の感性

「第五章 展開する江戸時代の草虫図 見つめる、知る、喜び」 前期展示室風景から
右から:
垣豆群虫図 伊藤若冲 江戸時代 寛政2年(1970)頃 個人蔵
蝦蟇図 松本奉時 江戸時代 18世紀 個人蔵
檜蔭鳴蟬図 谷文晁 江戸時代 19世紀 公益財団法人阪急文化財団 逸翁美術館
南瓜花群虫図 葛飾北斎 江戸時代 天保14年(1843)すみだ北斎美術館【4点とも展示期間:7/22~8/21】
名だたる絵師たちの草虫図が並ぶ

 サントリー美術館では、日本美術に描かれた「虫」に注目し、日本人の生活のなかに息づく虫と人との親密な歴史をたどる展覧会が開催中だ。

 古来日本では、草木花鳥にとどまらず、小さな虫にもまなざしを注いできた。「虫」には、いわゆる“昆虫”だけではなく、蜘蛛や、蛙、蛇なども含まれて、和歌に、物語に、そして画や調度品に表された。闇に光る蛍や、澄んだ音を奏でる鈴虫などの鳴く虫は特に愛好され、江戸時代には虫聴(むしきき)や蛍狩として市井にも広がり、いまも楽しまれている。

 本展では、「虫めづる文化」が大衆にも普及した江戸時代に焦点をあてつつ、中世に書かれ、描かれた物語の虫から、酒器や着物、簪(かんざし)など、生活を彩る道具にあしらわれた姿、江戸庶民の娯楽として浮世絵などに描かれた風物に、多彩な「虫」をたどる。
併せて、中世に中国から渡来し珍重された、吉祥を表す「草虫図(そうちゅうず)」と、その系譜として、江戸時代に本草学などの流行から生まれた精緻な図譜や、狂歌や俳諧と結びついた画本なども紹介される。さらにこの文化が、新たな表現として現代にも受け継がれていることも提示される。

 8/9からは、重要文化財の伊藤若冲による《菜蟲図》も展示されている。虫はちょっと……という方も、虫の音(ね)が聴こえる涼やかな会場で、自身の「虫めずる」感性に耳を澄ませてみてはいかが。

「第一章 虫めづる国にようこそ」 前期展示風景から
右上(前):天稚彦(あめわかひこ)物語絵巻 下巻 江戸時代・17世紀 サントリー美術館【全期間展示】※ただし場面替あり
(奥)伊勢物語色紙貼交屛風 土佐派 室町~桃山時代・16世紀 サントリー美術館【展示期間:7/22~8/21】
右下:江戸時代の写本『堤中納言物語』 第三冊から、「虫めづる姫君」(江戸時代 17世紀 西尾市岩瀬文庫【全期間展示】※ただし場面替あり)も展示される(右端)
「第二章 生活の道具を彩る虫たち」 前期展示風景から
「第三章 草と虫の楽園 草虫図の受容について」 前期展示風景から
右:重要文化財 竹虫図 伝趙昌 南宋時代 13世紀 東京国立博物館 【展示期間:7/22~8/21】
どこにどんな虫がいるか、パネルでも解説されているので、参考に探してみて!
「第四章 虫と暮らす江戸の人々」 前期展示から
隅田乃蛍狩 三代歌川豊国(国貞) 江戸時代 嘉永6年(1853)
納涼之圖 溪斎英泉 江戸時代 19世紀
ともに太田記念美術館【展示期間:7/22~8/21】
江戸っ子がいかに蛍を愛でていたかがわかる
「第五章 展開する江戸時代の草虫図 見つめる、知る、喜び」 前期展示室風景から
左:鼓草に蝶 谷文晁 江戸時代 文政・天保年間(1818-44) 千葉市美術館【展示期間:7/22~8/21】
右:画本虫撰 喜多川歌麿 江戸時代 天明8年(1788)千葉市美術館【全期間展示】※ただし場面替あり
会場は、虫の音とともに影絵の演出も洒落ている
「第六章 これからも見つめ続ける」 前期展示風景から
左(右から):
むしの音 上村松園 大正3年(1914)頃 遠山記念館
蛙図 伊東深水 大正11年(1922) 個人蔵
螢図 川端龍子 昭和30年(1955) 個人蔵
3点とも【展示期間:7/22~8/21】
近代の画家たちが虫をテーマにした作品が並ぶ
右(右から):
満田晴穂 自在大蟷螂 令和5年(2023)、自在鬼蜻蜓 令和4年(2022)、自在精霊蝗虫 令和4年(2022)
3点とも作家蔵【全期間展示】
現代の自在置物作家の作品は、究極の再現性に圧倒される

展覧会概要

虫めづる日本の人々

会場:サントリー美術館
会期:2023年7月22日(土)~9月18日(月・祝)
時間:10:00-18:00 ※金・土および9/17(日)は20:00まで
    (入館は閉館の30分前まで)
休館日:火曜 ※9/12は18時まで開館
料金:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
電話:03-3479-8600
公式サイト:suntory.jp/SMA/

「細川護立の愛した画家たち―ポール・セザンヌ 梅原龍三郎 安井曾太郎―」 永青文庫

細川侯爵が愛し、支援した画家たちに、近代コレクターの想いを読みとる

4階展示室から
手前は安井曾太郎《承徳の喇嘛(らま)廟》1937年

 永青文庫の設立者・細川護立(もりたつ、1883–1970)は、禅画・刀剣・東洋美術から近代絵画まで、幅広い蒐集で「美術の殿様」とも呼ばれた、近代コレクターを代表するひとり。

 その護立が「もっとも大切にしているもの」と語った作品が、セザンヌの水彩画《登り道》だという。本作は、1926年(大正15)に渡欧した護立が、パリの画廊で自ら購入したセザンヌの初期作品であり、日本にもたらされた最初期のセザンヌ作品のひとつと考えられている。この貴重な水彩画の久しぶりの公開を中心に、護立が愛した近代絵画の数々と、画家たちとの交流を感じさせる書簡や資料で、彼が見出した美とその想いを感じられる展覧会。

 《登り道》を、800回もの膨大な刷りで再現した版画家・高見澤忠雄による複製画も展示される。その労力とともに、仕上がりのみごとさも圧巻。原画と比較できるのも嬉しい。
 セザンヌらに影響を受け、独自の表現を獲得して日本の近代洋画を牽引した安井曾太郎や梅原龍三郎のデッサンは、これまであまり公開されていなかった作品。いずれも画家の息づかいを感じさせる秀作揃い。

 学習院の同級生であった武者小路実篤との文通や、ヨーロッパ滞在から護立が持ち帰ったと思われる劇場の半券やパンフレットなどからは、美術を愛する人間の純粋な友情や喜びが感じられ、“細川家の殿”がちょっと身近に感じられるかもしれない。

4階展示室から
安井曾太郎の作品が並ぶ。デッサンがすばらしい
4階展示室から
セザンヌ《登り道》1867年
第1回印象派展(1874年)よりも前に描かれたことに注目
3階展示室から
香取秀真《銅獅子水滴》1925年
護立が愛した工芸品は、“かわいい”ものが多い気がする
2階展示室から
精緻な切子のガラス器たちは、涼やかで夏にふさわしい

展覧会概要

細川護立の愛した画家たち―ポール・セザンヌ 梅原龍三郎 安井曾太郎―

会場:永青文庫
会期:2023年7月29日(土)~9月24日(日)
時間:10:00-16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜 ※ただし、9/18は開館、9/19休館
料金:一般1,000円、シニア(70歳以上)800円、
   大学・高校生500円
   中学生以下、障害者手帳提示者とその介助者(1名)無料
電話:03-3941-0850
公式サイト:https://www.eiseibunko.com/

「あの世の探検―地獄の十王勢ぞろい―」 静嘉堂@丸の内

仏さまから十王、そして幽霊まで。名品でたどるあの世のすがた

各ギャラリーへの入り口。
各章へは、ホワイエから自由にアプローチできる

 近代の実業家で静嘉堂の創設者・岩﨑彌之助は、明治期、廃仏毀釈などにより国内の文化財が海外に流出することを憂い、多くの仏教美術も蒐集している。その量と質の高さは、彼の剛毅と目利きを伝える。
このコレクションから、古来、人々が想い描いてきた「あの世」をたどる展覧会が静嘉堂@丸の内で開催中だ。

 あの世では、人は亡者となって、まず閻魔大王をはじめとする十王により現世の罪業が裁かれて、極楽行きか、地獄行きかが決められる。人びとは死後の極楽往生を願って仏にすがり、亡者のために十王に祈りをささげてきた。

 本展では、《十王図・二使徒図》(中国・元~明時代)および《地蔵菩薩十王図》(朝鮮・高麗時代)の全13幅が一堂に会する。2作は、セットで大名家に伝来した名品で、1999年の展覧会での初公開以来、24年ぶりの展示となる。緻密な描写と豪華な彩色はいまも輝き、恐ろしくも荘厳な冥界の王たちを魅せる。

 極楽浄土の導きとして、中国・朝鮮半島の仏画と、鎌倉から明治時代の日本の仏画が紹介される。高麗仏画の優品や、修理後初公開で鮮やかによみがえった作品も見どころだ。

 幽霊画の名手と謳われた円山応挙の《江口君図》では、源応挙の落款が入る幽霊画と鎌倉期の普賢菩薩像の優品との比較から、その制作意図に迫る。

 十王たちをはじめ、豪華な優品で、死後の世界を表してきた人びとの豊かな想像力を楽しみたい。

「第一章 極楽浄土への招待 第一節 中国・朝鮮半島の作品より」 展示風景から
右:《水月観音像》 高麗時代・14世紀 静嘉堂文庫美術館(展示から)
とにかく美しい観音像。精妙な薄衣のヴェールの表現に注目
「第一章 極楽浄土への招待 第二節 日本の仏画―鎌倉時代から明治まで」 展示風景から
右:河鍋暁斎筆 《地獄極楽めぐり図》(展示から)
早世した娘の供養として依頼された暁斎による豪華な折帖も特別出品されている。箱は柴田是真作
「第二章 地獄の十王ここにあり」 展示風景から
《十王図・二使者図》 (元~明時代・14世紀 静嘉堂文庫美術館)と《地蔵菩薩十王図》(高麗時代・14世紀)の展示
ずらりと並ぶその迫力は圧巻。王の衣装や従者たちの表情に加え、背障の画中画も凝っている。それぞれの王の解説もあるので、じっくり楽しみたい
展示から
左:《十王図・二使者図》から「第十 五道転輪王」
中:《十王図・二使者図》から「監斎使者」と「直府使者」、中央に《地蔵菩薩十王図》
右:《十王図・二使者図》から「第五 閻羅王」
「第三章 昇天した遊女―円山応挙筆「江口君図」の謎に迫る」 展示室風景から
遊女・江口の亡霊が西行を歌を詠み交わし、普賢菩薩に化したという謡曲『江口』を描いた《江口君図》は、鎌倉時代の《普賢菩薩像》(重要文化財)と、源応挙と落款の入る《幽霊図》と並ぶ。そこに写実の絵師と言われる応挙の意図を読みとる、興味深い展示だ

展覧会概要

あの世の探検―地獄の十王勢ぞろい―

会場:静嘉堂@丸の内
会期:2023年8月11日(金・祝)~9月24日(日)
時間:10:00-17:00 ※金曜は18:00まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜、9/19 ※9/18(月・祝)は開館
料金:一般1,500円、大高生1,000円、中学生以下無料
電話:050-5541-9800(ハローダイヤル)
公式サイト:https://www.seikado.or.jp/

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