「国宝 雪松図と吉祥づくし」 三井記念美術館

アート|2023.1.17
文=坂本裕子(アートライター)

宝船のような空間で、2023年を寿ぐ

 江戸時代に、伊勢松坂から江戸本町に「越後屋」を興し、呉服、両替店で成功した三井家。
 近代に入ってからは、三井銀行や三井物産などを設立し、三大財閥のひとつとして日本の経済をけん引、戦後は三井グループとして現代に至っている。
 300年を優に超える系譜の元祖は三井高利。その子どもたちの時代に、長男高平が惣領家北家、三男高治が新町家、四男高伴が室町家、九男高久が南家などの三井11家とされ、分家形態をとることで激動の時代を乗り越えてきた点が他の財閥とは異なる特徴だ。

 各三井家は経済のみならず、文化への関心も高く、それぞれに美術・工芸品を収集してきた。これら北家、新町家、室町家、南家などのほか、三井家の親戚である鷹司家からの寄贈を受けた美術品約4000点を所蔵、公開しているのが三井記念美術館だ。

 国宝6点、重要文化財75点、重要美術品4点、日本・東洋美術の優品を含むコレクションの中核は茶道具類で、国宝「志野茶碗 銘卯花墻」、重文「黒楽茶碗 銘俊寛」、重文「唐物肩衝茶入(北野肩衝)」などの名品が知られている。
 絵画では、円山応挙の代表作であり、彼の作品では現在唯一の国宝指定になっている「雪松図屏風」を所蔵する。
 毎年、年末から年始にかけて、この「雪松図屏風」がお披露目されるのが、同館のお約束となっている。

 その季節がやって来た。
 本展は、設備改修後、初めての展示となる。床の絨毯やLED照明も一新された新しい空間で、これまでよりももっと、クリアな環境で作品と対面できる。

 テーマにも注目。
 応挙の作品は、後の円山四条派の特徴にも挙げられるように、その写実性が特筆されるが、そもそもこの「屏風」という形態が持つ役割を改めて考える。
 そこで何よりも求められたのは、本作においては部屋を飾る「松」という常緑の植物の永遠性、金銀を多用したきらびやかな画面が持つ「おめでたさ」だ。
 近代の「絵画作品」としての鑑賞にとどまらず、作品そのものが本来持っていた意味に立ち戻り、その祝祭性に着目した本展は、このほか、鶴や鳳凰、七福神など、縁起のよい主題やモチーフの作品をコレクションからセレクト。まさに新年にふさわしい「寿ぎの空間」になっている。
 現代ではややなじみが薄くなってしまっている、猫や牡丹、瓜に“みみずく”なども含まれて、近代まで民衆にも享受されていた吉祥の拡がりを感じさせてくれる。

「第1章 富貴の華」 展示風景から

第1章 富貴の華

 中国では「百花の王」とされる牡丹。唐の玄宗皇帝と楊貴妃が愛したこの花は、現代でも富と品格を象徴するものとされる。この伝統は、日本にも輸入され、調度品や染織の文様や絵画に多く用いられた。
 まずは、同館が誇る茶道具や調度品を彩った華やかな意匠からスタート。みごとな造形、ほどこされた技法とともに、あでやかな花王の美を堪能したい。

堆朱牡丹尾長鳥香合 明時代・15世紀 三井記念美術館
中国の漆芸は、朱や黒の漆を何層も塗り重ね、そこに彫りでモチーフを描き出す堆朱・堆黒といわれる技法が発達した。こうした輸入品は、日本でも珍重され、優品が多く遺されている。こちらは、牡丹とともに縁起のよい鳥とされる尾長鳥を組み合わせた香合。深い彫りの側面には重なる漆の層を見出すことができる。膨大な手間と技術の精華は、近くで確認して!

青磁浮牡丹文不遊環耳付花入 南宋~元時代・13~14世紀 三井記念美術館
中国の磁器を代表するのが青磁や白磁だ。そのなかでも本作は、ひときわ鮮やかな青磁の青と、美しい曲線に環耳も付された姿がみごとな逸品。そこに牡丹が鮮やかに浮かび上がる。

「第1章 富貴の華」 展示風景から
手前にある香合は、「孔雀卵香合 了々斎好」。その名の通り、実際の孔雀の卵を使って作られた、江戸時代の作品。

第2章 長寿と多子

 いつの時代も、家の繁栄と継承のために長寿と子宝に恵まれることは、人々にとってもっとも重要な願いだ。医学がいまほどに発達していなかった時代にはその祈りはさらに切実なものだったろう。それと同時に、自身や子孫の立身出世といった現世的な祈願も不変のもの。
 ここでは、「国宝 雪松図屛風」を含む絵画や調度品にみられる表現や意匠から、こうした人びとの願いを読みとっていく。

「第2章 長寿と多子」 展示風景から

左:花鳥動物図より藤花独猫図
右:花鳥動物図より松樹双鶴図
ともに 沈南蘋筆 清時代・18世紀 三井記念美術館 日本に写実的な中国絵画の流行をもたらした沈南蘋(しんなんぴん)による花鳥動物図は、松に鶴は現代でも理解しやすいが、注目は、猫。「猫」は中国の読みの音が、長寿を意味する「耄(マオ)」に近いことから、富貴を象徴するものとして好まれた。藤の花も同じく中国では縁起物。まさに吉祥づくしの作品なのだ。

国宝 雪松図屏風 円山応挙筆 江戸時代・18世紀 三井記念美術館
どのような経緯で制作されたものなのかは未だ不明ながら、背景を金泥や金砂子に、長生の象徴である松を全面に描いた本作は、存在そのものがおめでたい。明治20年(1887)に開催された明治天皇への献茶席でも使用された。金地に墨のみで表された松に積もった雪の質感と、その冷たさまで感じさせる表現は、応挙ならでは。

「第2章 長寿と多子」 展示風景から
左:手前は円山応挙の三幅対「蓬莱山・竹に鶴図」
右:こちらの 4幅は沈南蘋の作品。
いずれも吉祥を表している。

 このほか、北三井家の4代・高美(たかはる)が、実弟の隠居を祝って応挙に依頼した特注品であるという「郭子儀祝賀図」もみられる。郭子儀(かくしぎ)は、唐代の武人で長寿と子だくさんで知られ、子孫たちもみな栄えたことから、よく描かれたテーマだ。
 応挙の「松に孔雀図」で知られる大乗寺の襖絵にも、彼は郭子儀をテーマにした一間を制作している。
 こうした画の背景を知ることで、作品がより近しいものになるだろう。

第3章 瑞鳥のすがた

 空を行く姿が天と地を結ぶ存在としてとらえられたのか、鶴や鳳凰などをはじめ、鳥は、古来吉祥を運んでくる存在としてその実在・非実在を問わず多く描かれ、意匠に使われてきた。そこには、中国由来のイメージのほかに、日本で独自に解釈され、展開した縁起の意味も付されていく。
 茶道具や調度品、絵画作品などに、高貴な瑞鳥から庶民に近しいものまで、さまざまな「おめでたい鳥」の姿を追う。

「第3章 瑞鳥のすがた」 展示風景から
鳳凰、鶉、鶴、雉子、鶏など、多様な鳥の姿を多彩な意匠に探してみたい。

「第3章 瑞鳥のすがた」 展示風景から
桜雉子蒔絵文台(左)と桜雉子蒔絵硯箱(右) 江戸時代・18世紀 三井記念美術館
雉子は、つがいが生涯添い遂げ、子どもを愛することから、夫婦愛、家族愛の象徴として万葉集でも多く詠まれた。また、用心深くなかなか目にできないことから、見ると縁起がよいともされる。古えの梅に代わり日本の花の象徴となった桜との組み合わせは、日本らしい吉祥のモチーフといえる。みごとな蒔絵の技法とともに楽しんで。

東都手遊図 源琦筆 江戸時代・天明6年(1786) 三井記念美術館
みるからに楽しい玩具たちは、北三井家7代・高就(たかなり)の誕生に先立って描かれた祝いの品として伝わるものという。ひときわ大きな「みみずく達磨」は、江戸時代、天然痘から子どもを護るお守りとして、浮世絵でも広く流布したモチーフだ。寿ぎとともに愛情の感じられるホッコリの一作。絵はがきもあるので、誕生のお祝いにいかが?

縁起もの香合

 日本では、古来小さなものへの愛着が連綿と続いてきた。掌に収まるほどの香合たちにも、工夫と技巧を凝らして、めでたいものが象られ、描かれている。小さめの展示室6では、こうした香合のコレクションから、吉祥モチーフの作品が紹介されている。
 インターバルとして、小宇宙を楽しもう。

「縁起もの香合」 展示風景から
福々しい小さな香合たちは、持ち帰りたくなる愛らしさだ。

第4章 福神来臨

 年末年始の風物詩として現代でも親しまれる「七福神」。なかでも商売繁盛につながる大黒天と恵比寿の二神は、商家であった三井家でも特に重視されていたという。こうした作品を収集するのみならず、当主自らが描いた作品も併せ、庶民に愛され、来福を願った神さまたちが紹介される。
 また、新春の特別な能舞としても知られる「翁」。
 同館には室町から江戸期の能面の優品も揃う。ここから福徳神にまつわる面も併せて堪能できる。

「第4章 福神来臨」 展示風景から

七福神図 狩野養信筆 江戸時代・19世紀 三井記念美術館
江戸後期狩野派の養信(おさのぶ)による七福神図は、松竹梅に富士・朝日、鶴亀と、吉祥モチーフてんこ盛りの福づくし。鶴を中心に集う神さまたちも楽しげで、新年に皆が集まる場にふさわしい一作だ。

左:重要文化財 翁(白色尉)(伝)日光作 室町時代 三井記念美術館
右:展示風景
地上に降臨した神々が、天下泰平・五穀豊穣を祈念して舞う演目『翁』。この主役となる老翁が付けるのがこの白色尉だ。まさに神を舞手に降ろす、依り代にもなる。もう一方のおおらかな笑みを浮かべる三番叟(黒色尉)の面とともにみられる。

「第4章 福神来臨」 展示風景から
左:さまざまな「布袋図」とちょっと変わった「寿老人図」。
右:能装束に表された吉祥。

 出口では、応挙の「大黒図」と「福禄寿・天保九如図」(三幅対)が見送ってくれる。
 左右幅のみごとな風景とよい対比をなしつつも、応挙にしては、ちょっとデフォルメされた三幅対の福禄寿のまるっとしたフォルムは、それだけでなんだか福々しく、嬉しくなって会場を後にする。

「第4章 福神来臨」 展示風景から

 未知のウイルス、大きな気候変動、戦争など、なかなか不穏な現代だけれど、華やかに美しい作品、ホッコリと温かい作品、祝い、願い、寿ぎ満載、おめでたづくしの空間で、ひとときの憩いと新しい年のエネルギーチャージはいかが?

展覧会概要

「国宝 雪松図と吉祥づくし」 三井記念美術館

新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページでご確認ください。

会  期:2022年12月1日(木)~2023年1月28日(土)
開館時間:10:00‐17:00 入館は閉館の30分前まで
休 館 日:月曜
入 館 料:一般1,000円、大学・高校生500円、中学生以下は無料
     70歳以上 800円(要証明書)
     障害者手帳提示者とその介護者(1名)は無料
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)

美術館サイト https://www.mitsui-museum.jp

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