「琉球」という文化から見つめ直す「沖縄」
2022年は、沖縄が第二次世界大戦後のアメリカの統治から日本に復帰して50年となる。
これを記念した特別展「琉球」が、東京国立博物館 平成館で開催されている。
明治期に「沖縄県」として日本に併合されるまで、「琉球王国」として独自の歴史と文化を有した「沖縄」を総合的に展覧する。
同展は、九州国立博物館にも巡回。
九州国立博物館は、開館以来のコンセプトである「日本文化の成り立ちをアジアとの関わりのなかでとらえる」の原点に立ち返る視点を、そして東京国立博物館は、明治期の沖縄県からの購入品をはじめ、その後の寄贈品を加えた日本有数のコレクションを誇り、常設展でも琉球コーナーを設けるなど、展示普及活動に努めてきた礎を活かす。
両館での総展示作品数約400件、琉球王朝を象徴する至宝の数々に、初公開の資料や東京ではなかなかみることができない作品も含まれて、過去最大規模の博物展となっている。
東博での展示件数は通期で約290件、うち国宝が60件、重要文化財が17件含まれる、空前の規模だ。
会場は、編年ではなくテーマで分けられる5章構成。
地理的な環境、王朝として栄えた文化、先史からの信仰や生活、そして本島からのまなざしなど、多様な切り口から、琉球という「地域」の持つ独自性と「いま」につながる歴史を浮かび上がらせることを試みた空間になっている。
現在の沖縄県から奄美諸島にかけて存在した琉球王国は、九州南方から台湾へと連なる島々で構成されていた。11~12世紀にはひとつの文化圏を形成し、15世紀には沖縄本島を中心に政治的統合を果たす。三山といわれた三大有力者を統一し、王国を築いたのが尚巴志(しょうはし)である。
その地理的条件は、日本のみならず、中国や朝鮮、東南アジアまでを海運でつなぎ、第一尚氏の六代・尚泰久王(しょうたいきゅうおう)の時代には、中継貿易の一大拠点として海洋国家の繁栄を誇る。
「第1章 万国津梁 アジアの架け橋」では、遺された国際色豊かな文物で、アジアに、そして世界に開かれた琉球の姿を感じる。
15~16世紀に制作された、中国やオランダの海洋図が示されるはじまりは、日本本島よりも大きく、正確に記載される琉球諸島の姿が、世界に認識されていた国家としての琉球を印象づける。
「世界のなかでの琉球」を感じさせる印象的なはじまり。
那覇の港を描いた図には、多彩な国々の船や人々が描かれて、国際貿易港としての活況を伝える。
中国との交易を伝える景徳鎮窯の陶磁器の逸品や、清の皇帝が琉球王国を任命するために派遣した冊封使(さっぽうし)の乗る船を描いた図などからは、大陸との密接な関係を感じられるだろう。
同時に、仏教に深く帰依していたという泰久王は、首里や那覇に多くの禅宗寺院を建立し、「万国津梁の鐘」を鋳造する。かつて沖縄にあった相国寺(そうこくじ)の僧による撰文が刻まれた鐘は、島津氏とのやり取りを示す文書などとともに、日本とのつながりを語る。
右:重要文化財 銅鐘 旧首里城正殿鐘(万国津梁[ばんこくしんりょう]の鐘) 藤原国善作 第一尚氏時代・天順2年(1458) 沖縄県立博物館・美術館蔵
首里城内、祭祀を執り行った「京の内」から出土した中国陶磁器、景徳鎮窯の優品たち(左)。日本の諸地域ではほとんど見ることのできない一級品は、琉球と中国との密接な交易を感じさせる。同時に、第一尚氏の時代に鋳造されたとされる鐘(右)は、仏教に深く帰依した六代尚泰久王の姿と、守護大名大内氏などとの関係をうかがえる。
※会期中、展示替えがあります
琉球の島々に伝わる古歌謡を集めた歌謡集は、16世紀から17世紀にかけて総数1554首、全22巻が整えられた。原本は1709年の首里城火災で焼失するも、王族の具志川家の写本から再編集されたそうだ。内容は、先史時代の信仰からグスク時代以後の築城、造船、航海に、島々の支配や、近世の王府の行事で謡われた神歌など多岐にわたり、琉球の歴史と文化の貴重な証言にもなっている。
第一尚氏に代わり、15世紀後半から琉球王国を治めたのが、第二尚氏の王統である。歴代の王は、中国(明・清朝)から冊封を受けて王権を強化し、中央集権体制を確立。他国とも新しい関係を築いて独自の王朝文化を開花させていく。
「第2章 王権の誇り 外交と文化」では、中国皇帝や日本の大名からの贈り物や、国際的な交流から洗練されつつ琉球ならではの美意識を展開した国宝の「尚家宝物」が集結する。
左:手前 重要文化財 琉球辞令書〔田名家文書〕第二尚氏時代 嘉靖2年(1523)個人蔵琉球王国で発行された公文書(16世紀のもの)。「首里之印」の朱印が印象的だ。
右:王家ゆかりの工芸品の数々。とにかく精緻な細工がみごと。ぜひ近寄ってじっくりと。
右:浦添市指定文化財 朱漆山水人物沈金足付盆(しゅうるしさんすいじんぶつちんきんあしつきぼん) 第二尚氏時代・16~17世紀 沖縄・浦添市美術館蔵
いずれも琉球宝物の代表的な作品。王家を象徴する龍と波、そして魚々子(ななこ)文などを配した簪(左)は、琉球王国最高位の神女が祭祀の際に身につけるもの。王妃、王女らが就任し、国王の長寿や国家安寧、航海安全などを祈っていた。朱漆に総沈金をほどこした足つきの盆(右)には、盆の意匠としては珍しい山水や中国仙人の図が表されている。精緻で豪華な美はぜひ近くで!
琉球王国の文化を伝える書画の展示。
紅型から花織、絣まで、圧巻の衣装コーナー。貴重な型紙が制作の過程を想像させる。
右:展示室壁面
第二尚氏第14代尚穆王の御後絵は、1795年に制作されたものを鎌倉芳太郎が撮影した画像を元に、模写復元された。画像からは、表装の裂の図様も確認できたため、こちらも類似した瑞雲蝙蝠文様の金襴緞子を改めて織り表装具にしたそうだ。 会場では歴代の御後絵の撮影画像が壁を飾っている。
もとは今帰仁城(なきじんじょう)を本拠とした山北(北山)王歴代の一振で、のちに尚家に献上されたと伝わる刀剣。拵は鯉口と鞘尻が魚々子地に八重菊という日本製ながら、鞘は薄い金板が全面に巻かれ、柄頭が頭椎形(かぶつちがた:こぶし状)に竹節状の環が付けられた、独特な意匠。その来歴とともに、琉球の独自性があらわれた本品は、中国でも高い関心を持たれ、冊封使の記録にも「王府第一宝剣」と記されているのだそう。
豪華絢爛な尚氏由来の品々。中国と日本、両方の影響を独自の美に昇華させているのを感じて。
展示期間:2022年5月31日(火)~6月12日(日)
右:国宝 黄色地鳳凰蝙蝠宝尽青海波立波文様紅型綾袷衣裳(きいろじほうおうこうもりたからづくしせいがいはたつなみもんようびんがたあやあわせいしょう)(琉球国王尚家関係資料) 第二尚氏時代・18~19世紀 沖縄・那覇市歴史博物館蔵 展示期間:2022年5月17日(火)~5月29日(日)
紅型の最高峰といえる作品が展示替えで紹介される。後期は、琉球で「花色」と称される特徴的な紅色地に黄龍と五彩の雲、火焔宝珠が染め出された一領。向かい合う黄龍の意匠は、四爪ではあるが、清朝皇帝の十二章に用いられる紋に通じ、中国宮廷文化との関わりを感じさせる。
前期には、中国産と思われる2種の紗綾に、デザイン化された海水江崖紋の上に鳳凰、瑞雲、蝙蝠、犀角、銭、火焔宝珠といった吉祥文が左右対称に染め出された衣装が紹介されていた。尚家のみに許されたという鮮やかな黄色地もまた、中国皇帝の色の由来を感じさせつつも、花折枝や七枚笹紋などに日本の文様の影響もみられ、琉球ならではの融合が興味深い一作。
右:国宝 赤地龍瑞雲嶮山文様繻珍唐衣裳(あかじりゅうずいうんけんざんもんようしゅちんとういしょう)(琉球国王尚家関係資料) 第二尚氏時代・18~19世紀 沖縄・那覇市歴史博物館蔵
※上記2作品はすでに展示を終了しています
前期に展示されていた尚家の栄華を象徴する工芸品。いずれも戦前に東京に移されていたため、戦禍を免れた奇跡の宝物群で、2006年に国宝に指定された工芸品85点のうちの2点。 宝冠(左)は、金筋に多彩な玉が288個(!)も付けられ、金の簪を挿した、現存唯一の琉球王国の冠で、「皮弁冠(ひべんかん)」と呼ばれる。中国・明王朝ではこの冠の着用および金筋や飾玉の色・数など、位階に応じた厳格な規定があったという。琉球のものは、その規定を大きく逸脱した豪華なものになっており、独自の繁栄を物語る。 唐衣(右)は琉球王国の正装衣裳で、五爪の龍、瑞雲、海水江崖文が色鮮やかに織りだされている。背面に房を付けるなど、明時代の衣装から琉球独自の改変が加えられており、まさに「琉球王」のための衣裳だ。会場では360度どの方向からも見られる展示になっていた。
※こちらの作品はすでに展示を終了しています
王家の衣裳展示は後ろもみられるにくい演出。
琉球独自の染織技術である紅型の色鮮やかな衣装や沈金の精緻な漆器、中国福州の影響を感じさせるみごとな書画に、王家のみが着用を許された豪華な正装の品々まで、400年にわたり、首里城を華やかに彩った尚家の貴重な宝物が並ぶ空間は、本展の最大の見どころだ。
「第3章 琉球列島の先史文化」と「第4章 しまの人びとと祈り」では、稀少な遺物や生活や信仰に関わる作品の展示を通して、王国ができる前からこの地域に息づいていた民俗文化に触れる。
珊瑚礁の豊かな海は、この列島に独自の「貝の文化」をもたらした。斧や匙などの実用的な道具だけではなく、首飾りや腕輪などの美しい装飾品にも加工され、島の人びとの身を飾り、やがて日本への交易品として生産されていく。
海とともに生きた先史時代の琉球の姿に思いをはせる。
右:国指定重要文化財 貝匙 貝塚時代後期・6~7世紀 鹿児島県奄美市小湊フワガネク遺跡出土 鹿児島・奄美市立奄美博物館蔵
海に囲まれた琉球の島々では、縄文時代にはクジラやイルカ、ジュゴンなどの海獣が主たる食糧のひとつとなり、それらの骨が道具に加工された。左はジュゴンの骨で作られた装身具。複数を紐などでつなぐもので、骨には文様を刻み、左右対称になるのだそう。 貝も重要な食糧であり、道具に変じる。大型の巻貝であるヤコウガイを柄杓形に加工した貝匙(右)は奄美大島で大量に出土しており、使用のみならず交易の品として活用されていたことがうかがえるそうだ。現在でも貝の七色の輝きが美しい。
また、豊かな自然の中で営まれた生活からは、独自の死生観と美意識を醸成していく。
「ノロ」と呼ばれる神女(地域によって呼び名は異なるそうだ)による祭祀のあり方は、琉球に特徴的なもの。姉妹が兄弟を霊的に守護する「おなり神信仰」に通じているのだとか。
手前:神扇(かみおうぎ) 江戸時代または第二尚氏時代・19世紀 東京国立博物館蔵 展示期間:2022年5月3日(火・祝)~5月29日(日)※東京会場のみ
奥:黒地桐鳳凰文様描絵芭蕉衣裳(くろじきりほうおうもんようかきえばしょういしょう) 第二尚氏時代 19 世紀 愛知・松坂屋コレクション J. フロントリテイリング史料館蔵 展示期間:2022年5月3日(火・祝)~5月29日(日)
ノロが祭祀に用いた大型の扇「神扇」(手前)と尚氏時代に国中のノロに配ったとされる衣裳(奥)。衣裳は、タイトルの通り、絵師に描かせたもので、『おもしろさうし』にも記載がみられるそうだ。
右:第4章 しまの人びとと祈り 前期展示風景から
村落の祭祀を司った女性の肖像(左)。女性が祭祀において中心的な役割を担うのは、琉球の宗教の特徴といえる。16世紀初頭には、国王の権威を支える基盤として神女組織が整えられたという。仏教とともに、古来のアニミズムにも通じる信仰が生き続けたことも、琉球の独自の歴史を感じさせる。右は、彼女たちが祭祀の際に身につけた衣裳と装身具。
大ぶりの甕は、遺骨を納めるための蔵骨器。近世の琉球における葬礼では、遺体を数年後に洗い清め、骨をこうした陶製の器に納め直していたそうだ。こちらは首里の名門士族の一員の骨を納めたもので、銘書から1727年に造られて、母子が被葬者だったことがわかっている。
琉球王国から沖縄へ。その歴史は、1609年の島津氏の侵攻や、明治政府による日本への組み入れ、そして唯一の本土決戦の場となった第二次世界大戦の悲劇、敗戦後は、27年間のアメリカ軍による統治と、時代に翻弄され、幾多の困難に遭ってきた。
そうしたなかで、その歴史と文化を未来へとつないで現在に在るのだ。
首里城も過去に何度も焼失しながら、その都度再建される。2019年にも火災により正殿を含む9つの建物が被災した。そのニュースは、わたしたちに大きな衝撃を与えたが、2026年の再建を目指して修復作業が進められているという。
本展の最終章「第5章 未来へ」では、復帰後の半世紀、まさに琉球・沖縄のアイデンティティを取り戻すべく歩んできた道のりを、1992年の首里城再建や「琉球王国文化遺産集積・再興事業」プロジェクトの成果にみていく。
右:第5章 未来へ 展示風景から
鎌倉芳太郎が遺した膨大な調査記録は、琉球・沖縄の歴史と文化をいまに伝える超一級の資料として、研究のみならず、文化財の修復、復旧、模造プロジェクトにも大きな貢献を果たしている。こちらは5度にわたる現地調査から81冊にもおよんだ「鎌倉ノート」の一葉。その深い観察と理解に加え、みごとな表現力を、貴重な原資料とそこから生み出された絵画資料や工芸品にみることができる。
ここでは、美術教師として沖縄に赴き、琉球王国時代からの芸術や文化に魅せられて、膨大な調査資料を残した鎌倉芳太郎に注目だ。染織家として紅型の技術を継承し、重要無形文化財(人間国宝)にも認定された彼の研究はこれまで、そしてこれからの琉球・沖縄文化の復興に欠かすことはできないものだ。
貴重な彼のノートや現代の王国時代の「手わざ」の復元作品の数々からは、未来へと手渡されていく、彼らの地道な積み重ねと想いを感じられるだろう。
右:第5章 未来へ 展示風景から
2015年から進められてきた、失われた琉球王国の文化遺産を復元するプロジェクトで制作された酒器。錫製の本体に、左巴紋を編み出したガラスビーズで覆う。会場では、類例(第2章展示)とともにみられるのが嬉しい。 このほか、装飾の美しい「朱漆巴紋沈金御供飯」なども模造と類例が併せてみられる。ぜひもう一度会場を巡ってみて!
第二尚氏の王朝時代の首里城を西方から俯瞰した図。建物や門の配置とともに、壁面の装飾や高欄、龍柱なども精緻に描かれており、資料的価値も高い一作。
右:模造復元 美御前御揃御玉貫 制作風景
会場の最後にはプロジェクトの成果である模造、復元された作品とともに、それを実現した人びとの「手わざ」がパネルで紹介される。
ひとつの王国として、周囲の国々との密接な関わりのなかで独自の文化を築いた琉球。
その姿は、国内外を問わず、文化の多様性へのまなざしと継承の大切さを改めて考えさせる。
そして、「沖縄」を、美しく楽しい観光地としてにとどまらず、見つめ直す契機にもなるはずだ。
展覧会概要
沖縄復帰50年記念 特別展「琉球」
新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページでご確認ください。
〈東京会場〉
会期:2022年5月3日(火・祝)~6月26日(日)
会場:東京国立博物館 平成館(東京都台東区上野公園13-9)
開館時間:午前9時30分~午後5時 (入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日
お問合せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
〈九州会場〉
会期:2022年7月16日(土)~9月4日(日)
会場:九州国立博物館(福岡県太宰府市石坂4-7-2)
開館時間:午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
毎週金・土曜日は午後8時まで夜間開館(入館は午後7時30分まで)
休館日:月曜日(ただし7月18日〈月・祝〉、8月15日(月)は開館、7月19日〈火〉は休館)
お問合せ:050-5542-8600(ハローダイヤル)
入館料:一般2,100円、大学生1,300円、高校生900円
中学生以下、障がい者とその介護者1名は無料。入館の際に学生証、障がい者手帳等をご提示ください。
展覧会公式サイト https://tsumugu.yomiuri.co.jp/ryukyu2022/