撮影=松村隆史 構成・文=宮崎謙士
3人の娘を育てた専業主婦時代に家族のために作る料理が評判となり、料理家としてつねに第一線で活躍する有元葉子さん。素材を生かしたシンプルな料理だけでなく、洗練された暮らしぶりや、軽やかに人生を楽しむ有元さんの生き方そのものも注目され、世代を超えた人気を集めています。
写真=竹内章雄
一時住まいのマンションや海外でのアパート暮らしなどを含めると、これまでに約18カ所の台所を体験してきたという有元さん。その「台所遍歴」の始まりは、六〇年代、家族を持ってすぐの頃に住んだ建築家、宮脇檀が設計した台所でした。七〇年代には、友人のインテリアデザイナー秋田穂積さんに空間づくりを依頼。料理の仕事が忙しくなった九〇年代には、友人と訪れたイタリア・ウンブリア州の小さな城壁の町で「ここに住みたい!」と突然思い立ち、修道院だった家を現地の建築家に依頼して修復。以前は家族の部屋だったという細長い窓際のスペースにI字型のキッチンを設置しました。作業台の天板はイタリア産の大理石を使うなど、その土地のものを住まいに使うことの大切さを発見したといいます。
「さまざまな経験からわかったのは、キッチンは広ければいいわけではなく、収納も多ければいいわけではない、ということ。キッチンで大事なのは、調理をするスペースである「作業台」と動線です。キッチンを語るとき、作業台の重要性を第一に掲げる人はあまりいないようですが、私にはとても大切です」
「水(シンク)、火(ガス、オーブン、IH)、それと台(作業台)。この3つがキッチンの構成要素です。台所にはまず、「台」が必要です。ものがあふれた台ではなく、何も載っていない台です。まな板を置いて、ものを切るための台。ボウルを置いて、サラダをドレッシングであえる台。できた料理を銘々の皿に盛りつける台。調理途中の鍋をちょっと置くための台……。狭小台所の経験から、「台」の重要性を痛感しました」『有元葉子 私の住まい考』(平凡社)より
その時代、その土地に合わせて「台所普請」を続け、現在は、東京の自宅と料理スタジオを行き来しながら、建築家になった娘ご夫妻が住む葉山の家の台所に三世代で立つこともあるといいます。別冊太陽スペシャル『日本の台所100年 キッチンから愛をこめて』の巻頭企画「料理と半世紀 私の台所考」では、場所により暮らしにより変化を続けてきた有元さんのおよそ半世紀、18カ所にもおよぶ「台所普請」の歴史を振り返るとともに、2003年の野尻湖以降の住宅設計を手がける八木夫妻とともに有元さんの台所へのこだわりを紹介しています。