いまや、写真は現像にかかわるプロセスや印刷メディア、そして重力からも解き放たれ、流通するようになった。誰もが写真を操り、瞬時に共有し合える言語同様のコミュニケーションツールとなったのである。写真リテラシーが著しく変化した今日、写真集はいかなる進化を遂げようとしているのだろうか。
その端緒が見ることができる機会に、世界最大級の写真フェア「パリ・フォト」で毎年開催されている「フォトブック・アワード」があるだろう。このアワードは、これまでに10回開催されている(2020年はパリ・フォトが中止されたため、会場での展示と表彰はなかったが、選考は行われ、結果がネット上で公開されている)。選考は「ファースト・フォトブック」「カタログ・オブ・ザ・イヤー」「フォトブック・オブ・ザ・イヤー」の三部門。一次審査を通過した各部門35冊が、最終選考が行われるパリ・フォト会場で展示され、最優秀賞が選ばれる。毎年、応募作品は増加しており、いまでは1000冊ほどの写真集が、65を超える地域、国から送られてくるという。
作家の有名無名や、大手資本やインディペンデントなど出版形式も問われない。審査において重視されるのは、「ブックメイキングの革新性を示していること。写真表現の重要な手段としての本の形式の発展に寄与していること。テキストと画像の組み合わせ方、順番、デザイン、紙の種類、装丁など、すべての決定が写真作品の意図に沿って一貫していること」だという。写真表現を「本」というメディアに活かすことで、総合的に評価されるのだ。
応募数もさることながら、写真集の多様さに瞠目させられる。内容もデザインも似通ったものは二つとなく、しかもフォーマットや製本、印刷に至るまで、いままでなかったような実験的な試みも見られる。10年間の審査を経て、のべ1万冊以上の写真集が集められたが、偏ったトレンドも特定の手法もなく、むしろ表現の幅がますます広がっているという。写真のデジタル化やプリント技術の多様化が影響していることもあるだろう。ただ、もっと大きく影響しているのは、写真家がもはや撮影に徹する “カメラマン”ではなく、フォトアーティストとして、絵画や彫刻と同様にイメージを生み、コンセプトを具現化し、物質(オブジェ)としての作品=写真集づくりをすることだ。
近年では、大量生産しない部数限定の写真集「エディション」(各冊にシリアル番号と作家サインが付される)も活況を呈している。デジタルイメージが、より多く、より広く敷衍する時代にあって、より限定的な物質としての写真が求められているのかもしれない。従来のオフセット印刷や製本された本の形式ばかりとは限らず、作品のコンセプトと素材、形態が有機的に結びついた物質としての写真作品。このような写真集は、「Book as object(オブジェとしての本)」と称され、とあるアメリカの美術館では、こうした「Book as object」をテーマにした企画展を準備しているという。こうした動向もまた、写真集の未来を物語る伏線になるのではないだろうか。