「猫と過ごした不思議な時間」浄瑠璃寺│ゆかし日本、猫めぐり#13

連載|2022.11.4
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第13回は、紅葉の浄瑠璃寺を案内するように闊歩する三毛猫の登場。

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不思議な猫に導かれて、
秋の名刹を歩く。

 小さな木造りの山門をくぐり、秋色に染まった境内を歩き始めてまもなく、1匹の猫と出くわした。初対面にもかかわらず自然体。
 警戒心のカケラもなく、まるで「さあ、どうぞ。お待ちしていました」と言わんばかりに、先に立って歩き出す。

 京都府南部、奈良との県境に近い木津川市に位置する浄瑠璃寺は、国指定の特別名勝の庭園でも知られる古刹。三方を山に囲まれた自然豊かな地に建っている。

 この寺の猫たちは、もとは野良猫や捨て猫がほとんど。多いときは20匹。流行病に次々罹ってしまったときは、1匹だけになったこともあったという。

 「祖父が猫好きで、いつも膝に猫がいるような人でした」とご住職の佐伯功勝さん。ご自身は、もっぱら本堂に入ろうとする猫を阻止する役だと笑う。

 本堂の九体(くたい)阿弥陀堂には、その名の通り、九体の阿弥陀如来坐像が祀られている(現在二体は修復中)。これほど数が多いのは、極楽への往生には、現世での修行によって9種類の階位があるとされる「九品(くほん)往生」の教えから。平安時代は、京都を中心に競って造られたという。もっとも、今も九体揃っているのはこの寺だけ。本堂ともに、国宝に指定されている。

 外に出ると、さっきの猫がいた。

 猫にとっては、枯れ草も遊び相手。

 人に見られても気にしない。

 やがて、誰もいなくなるとムクっと起き上がり、誘導するように歩き始めた。「さあ行きますよ」と言うように、尻尾をピンと立てて。

 まずは石仏にお参り。

 浄瑠璃寺のある当尾(とうのお)地区は、石仏の里としても知られている。

 池のほとりでも立ち止まった。

 浄瑠璃寺の庭園は、地下水が湧出するこの宝池(ほうち)を中心に、真西に阿弥陀様を祀る本堂、真東にはお薬師様を祀る三重塔が、向き合うように配置されている。春と秋のお彼岸の中日には、三重塔から日が昇り、ご本堂の中央に沈むという。

 ふと見ると、猫が木に登っていた!

 「撮ってもいいよ」とポーズをとる。そして、再び迷いない足取りで三重塔へ。

 この塔に祀られている薬師如来坐像は、永承2年(1047)の創建時、ご本尊だった仏様。その後、嘉承2年(1107)に現在の本堂が建てられ、阿弥陀如来がご本尊となった。

 仏教の世界では、この世の一つひとつの生命は、苦悩を超える自然治癒力という薬をお薬師様に持たされて、過去から現在に送り出され、阿弥陀様のお迎えによって、未来の理想郷である極楽浄土へ導かれるとされている。ゆえにこの寺では、まずお薬師様に苦悩の救済を願い、振り返って、池越しに阿弥陀様に来迎を願うのが本来の礼拝の姿という。

 猫は、現世とも言えるこの庭でのひとときを、ともに歩いてくれたのだ。

 ありがとね!

 寺務所に戻ると、甘えん坊に逆戻り。

 ただの散歩か、お供してくれたのか。
 不思議な余韻が今も残る。

真言律宗 小田原山 浄瑠璃寺(九体寺)
〒619-1135
京都府木津川市加茂町西小札場40 
TEL 0774-76-2390
午前9時〜午後5時(ただし12~2月は午前10時〜午後4時)
拝観料400円

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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