アートディレクター太田和彦が語る、「建築」としての居酒屋の魅力。

カルチャー|2022.10.31
写真=小尾淳介(居酒屋写真)押尾健太郎(取材写真) 文=中村真紀

居酒屋探訪をライフワークとし、多数の著作、テレビ番組をもつアートディレクターの太田和彦さん。2022年7月に、『日本居酒屋遺産 東日本編』を上梓しました。いい居酒屋とは、「いい酒、いい人、いい肴。」であると語る彼が、もうひとつの主題として注目したのが、建築。戦前・戦後から続く庶民のための名居酒屋を「居酒屋遺産」と名付けた太田さん独自の視点で、居酒屋建築の魅力をひもときます。

「居酒屋研究会」、結成

昔から建築が好きだったという太田和彦さん。1969年の資生堂宣伝制作室入社を機に上京すると、東京に残る明治の洋風建築の数々に感銘を受けたといいます。休みとなればそれらを見て回り、時には自身が手がける広告物の撮影ロケーションとして場所を借りることもありました。

資生堂時代に太田さんが手がけた広告のデザイン。

そんな太田さんが、今につながるライフワークである「居酒屋探訪」を始めたのは、40歳を控えた頃。それまで業界仲間と飲むのはもっぱら銀座、六本木界隈だった時代、ふと暖簾をくぐった東京・月島の居酒屋で、その古き良きノスタルジーに魅了されてしまったのです。すぐに仲間と「居酒屋研究会」というグループを結成。1987年暮れには、手書き新聞『季刊居酒屋研究』を創刊しました。以来、店を訪ねては情報を書き留め、そのノートは今や段ボール2個分にも及ぶといいます。

『日本居酒屋遺産』の制作にあたり、メモがしたためられたノート。

そこに記されたのは、酒や肴の品書き、その感想はもちろん、店内の簡単な構造や目測の寸法、扁額に書かれた草書の写しなどさまざま。時にはつい酒が進んでしまい、店にノートを置き忘れたこともあるとか。「後日取りに行ったら笑顔で返してくれたけど、あの主人、絶対に中を見たと思う。『女将、割と美人』とか、そんなメモを(笑)」と、太田さんは楽し気に振り返ります。

気になったことや食べた物はすべてメモを書くという。居酒屋の魅力に心を奪われてから、メモ書きは習慣化している。

床、梁、カウンター

居酒屋に入ると、まず床を見てしまうという太田さん。豆砂利の洗い出し然り、コンクリートのたたき然り、何十年という歳月の中で人々が往来してきた店の床は、毎日磨かれているのと同じ。醸し出される独特の艶に、「毎日踏んづけられて、頑張ってきたんだね」と、心の中で語りかけてしまうほどだと話します。

もうひとつ労をねぎらいたくなるというのが、梁。和風建築の多い老舗居酒屋では、見上げれば大きな梁が渡っていることが多く、まさに店の屋台骨です。これまた「長いこと、お疲れさんだねぇ」。心の中でそんなふうに呟いて、杯を傾けるのです。

北海道旭川市「独酌 三四郎」の天井には味噌醤油の廃材が使用されている。

さらに忘れてはならないのが、店の顔ともいえるカウンター。床や梁が、影で店を支える縁の下の力持ちなら、カウンターはお客さんを迎え入れる“接客担当”。立派な一枚板も多く見受けられますが、その価値は金額だけにあらず。日々店主が磨いてきたからこそ、そこになんともいえない優美な色気が宿るのです。中には、白木のカウンターを牛乳で磨く店もあるとか。それを太田さんは、「女性の柔肌のような美しさ」と讃えます。

東京都中野区「らんまん」の天井と鴨居の間の欄間。
宮城県仙台市「源氏」の配膳場を囲う、大きなコの字カウンター。足元には丸太の足乗せがある。
東京都新宿区「伊勢藤」静謐な店内でお燗を味わう。
北海道旭川市「独尺三四郎」の行灯看板。遠くからでも居酒屋があるということが分かる。

「記録するなら、今しかない」

太田さんの愛する店の多くは、戦後すぐの開業。中には戦前から続く老舗もあり、耐用年数をとっくに過ぎている建物がほとんどです。

さらに築年数だけでなく、特筆すべきは居酒屋建築の使われ方。ノンストップで火を使って煮炊き、揚げもの。毎日何十人、何百人という人が出入りし、お手洗いを使う数だって、一般の住宅とは比べものになりません。最近では禁煙の店も増えましたが、長年紫煙にさらされてきた建物も多くあります。

東京都中央区「ふくべ」は現在改築を進めている。『日本居酒屋遺産』では改築前の最後の貴重な姿を見ることができる。

やむなく閉店や建て替えに踏み切る店主も増えてきた現実に、太田さんは危機感を覚えていました。記録に残すなら今しかないと、書籍『日本居酒屋遺産』の企画がスタートしたのです。

『日本居酒屋遺産』では、各店舗の太田さんの手書きスケッチが掲載されており、店内の特徴を知ることができる。

イラストだから、伝わること

誌面でひときわ目を引くのが、太田さん直筆のイラスト。その理由を、「写真だと伝わらないことも多いから」と話します。たとえば、ずらりと並んだ壁の一升瓶は、うるさくならない程度にラベルの情報を省略し、もっとも見せたいカウンター周辺を緻密に描写。客が覗く必要のない、厨房へと続く暖簾の向こう側も描くに及ばない、という具合です。また、写真では露出の関係で暗くつぶれてしまう天井などの細部も、素材まで鉛筆で丁寧に表現されています。

「日本居酒屋遺産」に掲載されている、全15店舗のスケッチはすべて太田さんの手描きによるもの。

写真だとどうしてもレンズの構造上歪んで写ってしまう外観も、手描きならばきれいな直線に。書籍の表紙を飾るのは、太田さんの行きつけのひとつ、東京・根岸にある「鍵屋」の外観です。当初写真で予定されていた表紙でしたが、編集者がこのイラストに惚れ込んで採用したといいます。

それぞれのお店の特徴を描いた外観と内観のイラストは並べてみると圧巻。

嗚呼、愛しの「小上がり」

長く続く居酒屋ならではの優れた構造があるとしたら何でしょう? の問いに、太田さんは「小上がり」だと即答しました。日本人だから、やっぱり履き物を脱いで寛ぎたい――。男も女も関係なく足を崩して、飲みながらゆっくり話ができる場所。店ごとの特徴があるにせよ、この小上がりこそが遺産居酒屋建築の特徴のひとつでもあるのです。

対して、カウンターは背筋をしゃんとして、店主と相対する場所。「頼まれてもいないのに、その店の雰囲気を背負ってるんだぞ、という妙な責任感を感じちゃうね」と話します。しかしそれもまた、居酒屋の楽しみのひとつ。時にはひとり静かに、時には気の置けない仲間と和やかに。それぞれの過ごし方が選べることこそが、遺産居酒屋の魅力なのです。

太田さんの理想とする居酒屋の究極系を図で記してくれた。

太田さん曰く、入って右側に奥まで続くカウンター、左側に数卓を擁する小上がり、奥に7、8名座れるテーブルや座敷があるのが、 “居心地の良い居酒屋の究極系”だとか。店主が店内をくまなく見渡せて、注文する客もすぐに店主と目が合う。たしかに言われて見れば、そんなつくりの店で、ついつい長居をした記憶があるように思います。

東京都千代田区「みますや」の小上がりは、居酒屋の理想系。

津々浦々に、居酒屋文化

東日本編に続き、これから『日本居酒屋遺産 西日本編』の取材を開始するという太田さん。その地域ごとの特色の違いも、居酒屋のおもしろさのひとつだと話します。

山形県酒田市「久村の酒場」壁面にはイラストが描かれ行燈がずらりと並ぶ。

東京ではなぜか、店の目立つ場所に神棚を祀っている店が多いそう。客を見守るかのような場所に鎮座し、常に青い榊が供えられています。東北へと進むと、居酒屋建築は雪国らしい豪壮なつくりに。玄関は二重に設えられ、囲炉裏が切られた店が増えるといいます。

東京都文京区「シンスケ」の神棚。

対して西日本では、店のつくりは極めてオープン。入り口の引き戸が開けっ放しのことも多いといいます。店内の雰囲気も賑やかで、客同士が意気投合して盛り上がることもしばしば。主人や女将と相対して、静かに飲むことを良しとする東日本の居酒屋とは一線を画します。

建築は、文化の器。そこにどんな居心地が宿るのか。居酒屋を巡る旅によってこそ、全国津々浦々、人々のリアルな営みが映し出されるのかもしれません。

太田和彦(おおた・かずひこ)
アートディレクター/作家。1946 年、北京生まれ。長野県松本市出身。68 年、資生堂宣伝制作室入社。89 年、アマゾンデザイン設立。2000〜07 年、東北芸術工科大学教授。本業のかたわら居酒屋探訪をライフワークとし、多数の著作、テレビ番組がある。おもな著書に『ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』『居酒屋かもめ唄』『東京居酒屋十二景』『居酒屋道楽』『月の下のカウンター』『居酒屋を極める』『ひとり旅ひとり酒』『飲むぞ今夜も、旅の空』『居酒屋と県民性』『酒と人生の一人作法』など。テレビ「太田和彦のふらり旅 新・居酒屋百選」(BS11)放送中(https://www.bs11.jp/education/furari-sin-izakayahyakusen/)。

『日本居酒屋遺産 東日本編』
太田和彦氏が訪ね歩いた日本全国の居酒屋の中から、「創業が古く昔のままの建物であること」「代々変わらずに居酒屋を続けていること」「老舗であっても庶民の店を守っていること」という3つの条件を満たした店を「日本居酒屋遺産」として選出。<東日本編>では東京を中心に、
北海道、山形、宮城、神奈川、静岡の居酒屋遺産15軒を紹介

著者:太田和彦
定価:本体価格 2,000 円(+税)

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