第17回 有職覚え書き

コラム|2022.3.22
文=八條忠基

季節の有職植物

●ツクシ

地味ですが、春らしい植物がツクシ(土筆、学名:Equisetum arvense)で。ご存じのようにスギナ(杉菜)と同じ植物で、ツクシは繁殖のための胞子茎、スギナは光合成をする栄養茎です。スギナはすぐ見つけられるのですが、ツクシは土色と同化して見つけるのが案外と難しいのですが、一度見つけますとそこかしこに生えているのがわかります。

ツクシという名称の語源には諸説あり、
・地面から突き出た子であるため
・スギナに付く子であるため
・節のような袴で継ぐ子であるため
定説はありません。もとは「つくづくし」と呼ばれていたようです。

『源氏物語』(早蕨)
「蕨、つくづくし、をかしき籠に入れて、『これは、童べの供養じてはべる初穂なり』とて、たてまつれり。」

ワラビと一緒に籠に入れていますから、やはりツクシは「春の山菜」的な扱いであったことがわかります。けれども「つくづくし」は他の平安時代の古典文学や文献では、あまり見かけません。その名称から「尽くし」「うつくし」などと掛けて、和歌などにいろいろ登場しそうなのですがね~。

『元真集』(つくつくしを十三にて)
藤原元真(平安中期)
「雲かかる 浦にこぎつく つくし船
  いづれかけふの とまりなるらん」

これは「漕ぎ付く筑紫」に掛けていますが、無理矢理っぽい。

『夫木和歌抄』(鎌倉後期)
藤原為家(1198~1275年)
「佐保姫の 筆かとぞみる つくづくし
  雪かきわくる 春のけしきは」

う~ん、掛けてない。食用の歌でもない。どうも「早蕨」などと比べて「土筆」は人気がないようです。

『類聚雑要抄』(平安時代)
「耳松香〈味耳温無毒去悪気平卒心腋痛脹満用之。其躰如高木筋又似土筆之〉。」

これは実用書の説明ですしね。『源氏物語』で食材として登場するのに、なぜ食用の記録がないのか。こういう場合、「土筆」や「つくづくし」ではない、別名で登場している可能性があります。いろいろ調べてみましたが、今日のところは、つくづく降参です。

ツクシ

●スミレ

路傍や木陰など、何気ないところに咲いているので気がつかないことも多いのですが、可愛らしい紫色が目を惹きます。

ふつう「スミレ」というと一般名称ですが、植物の分類学上「スミレ」とだけ言いますと、学名がViola mandshuricaの植物だけを指します。葉はハート形ではなく長楕円形、花弁は濃い紫です。この種を見る機会は案外と少なく、よく見かけるのは葉がハート形で、花弁の色が淡いタチツボスミレ(学名:Viola grypoceras)が多いようです。

しかし「スミレ」が特定の種名であると、属名や科名と紛らわしいので、Viola mandshuricaのことを「マンジュリカ」と呼ぶこともあります。mandshuricaとは「満州の」という意味です。いや、スミレの仲間は種が多くて分類が難しく、ややこしいです。それは平安時代も同じ感想だったようです。

『枕草子』
「草の花は(中略)壺菫、すみれ、同じやうの物ぞかし。老いていけば同じなど憂し。」

清少納言が言うように、スミレとツボスミレは同じようで、なかなか見分けがつきません。「壺(坪)」は、内裏の藤壺や桐壺と同じように「小庭」を意味し、「庭に生える菫」という意味です。「老いていけば同じなど憂し」は、何のことを指して言っているのか、諸説あるようです。単純に「枯れたら同じ」ともとれますが、清少納言のことですから、「どんな美女も、おばあちゃんになったら皆同じ、なんて言われるようでイヤったらない」という意味ですかね。

 スミレは石垣やアスファルトの割れ目のような荒れた場所に好んで咲く「ど根性スミレ」が多いのです。

『堀河百種』(藤原顕仲)
「浅茅生の 荒れたる宿の壺菫
  たれ紫の 色に染むらむ」

『徒然草』
「堀川院の百首の歌の中に、
  昔見し 妹が墻根は荒れにけり
   つばなまじりの 菫のみして
さびしきけしき、さる事侍りけん。」

平安・鎌倉時代からスミレは荒れたところに咲くイメージです。これには理由があります。スミレの種子にはエライオソームと呼ばれる特殊な付着物があって、アリがこのエライオソームが出す匂いに惹かれて、自分の巣のなかへ種子を運び込みます。アリはエライオソームだけを食べて、種子は巣の近くに捨てられるのだそうです。そのため時期がくれば、アリの巣からスミレが芽を出すというわけ。コンクリートの割れ目を好むのはスミレではなく、アリだったのです!

次回の配信は、4月4日予定です。

左・スミレ  右・タチツボスミレ

八條忠基

綺陽装束研究所主宰。古典文献の読解研究に努めるとともに、敷居が高いと思われがちな「有職故実」の知識を広め、ひろく現代人の生活に活用するための研究・普及活動を続けている。全国の大学・図書館・神社等での講演多数。主な著書に『素晴らしい装束の世界』『有職装束大全』『有職文様図鑑』『宮廷のデザイン』、監修に『和装の描き方』など。日本風俗史学会会員。

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