「ウェルテル」はゲーテの書簡体小説「若きウェルテルの悩み」(1774)に感動したマスネがオペラ化を目指し、1887年に完成した抒情劇(ドラム・リリック)。トゥールーズ・キャピトル劇場芸術監督やパリ・オペラ座総監督を歴任したフランスのベテラン演出家ニコラ・ジョエル(1953−2020)が2016年、新国立劇場のために制作した舞台が7年ぶりに再演された。18世紀後半ドイツの封建的で抑圧された社会をダークな装置と衣装で象徴し、若者たちの抑圧された思いや孤立感をしっかりと描き出した名舞台である。



カストロノーヴォと脇園彩の見事な歌唱
今回のキャスティングは2019年の再演と同じく、題名役だけが外国人ゲストで他の全員が日本人歌手。しかもウェルテルのイタリア系米国人テノール、チャールズ・カストロノーヴォ、シャルロットの脇園彩(メゾソプラノ)とも初役というフレッシュな組み合わせだ。


24日の上演では初日の緊張もあってか第1幕と2幕では慎重な歌唱、控えめな演技と思えたが、脇園は第3幕の「手紙の場」で持てる力をフルに発揮、今後のさらなる進化まで確信させた。カストロノーヴォも3幕から4幕にかけて声の輝きを増し、「オシアンの歌」の最高音を見事に決めた。長大な間奏曲の中に銃声が響き、ピストル自殺後で断末魔のウェルテルと胸騒ぎがして駆けつけたシャルロット、2人だけの第4幕の愁嘆場は息がぴたりと合い、幕切れを大きく盛り上げた。

脇を固める須藤慎吾、砂田愛梨らの美声も光る
シャルロットの夫アルベール役のバリトンは藤原歌劇団の須藤慎吾。イタリア歌劇ではアクの強い歌唱と演技で時にオーバーアクションもいとわないが、今回のフランス歌劇では十分に抑制を効かせ、報われない愛に沈む〝陰キャラ〟を味わい深く演じた。妹ソフィーはイタリア各地の劇場で活躍するソプラノの砂田愛梨が伸びやかな美声で溌剌と表現、暗い舞台にさしこむ一筋の光の役割を十分以上に担った。シャルロット&ソフィー姉妹に父である大法官の伊藤貴之(バス)、その友人たちジョアンの駒田敏章(バリトン)、シュミットの村上公太(テノール)ら脇を固める歌手たちも強力だった。



名舞台の立役者は指揮者ユルケヴィチと東京フィル
しかしながら、上演を成功に導いたMVP(最高殊勲選手)はウクライナ人指揮者アンドリー・ユルケヴィチと東京フィルハーモニー交響楽団といえるかもしれない。新国立劇場のピットでの指揮が3演目を数えるユルケヴィチは東京フィルの弦の響きを艶やかに整える一方、管楽器や打楽器を思い切り鳴らし、繊細な抒情から劇的な咆哮まで、極めてダイナミックレンジの広いサウンドでドラマに明確な起伏を与えた。幕開けでウェルテルの登場を告げるヴァイオリンではコンサートマスター、依田真宣が卓越したソロも奏で、オーケストラ側の意気込みを象徴していた。
(2026年5月24日 新国立劇場オペラパレス)


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