魔術師列伝

コラム|2022.1.14
文=澤井繫男

 第6回 ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(3)

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 第6回(1)の参考文献で挙げた『自然魔術』の版元は講談社(学術文庫)だったが、「親本」が存在している。それは青土社版、1990年の『自然魔術』であり、この翻訳を若輩の私(35歳)に勧めてくださったのが、哲学者中村雄二郎明治大学名誉教授(1925-2017年)だった。その際、親本に寄せてくださった導入的な文である「今なぜデッラ・ポルタなのか」(30枚前後)も文庫版に収録したかったのだが、氏の行方がなぜか、長年おつき合いのある版元に尋ねてもわからずじまいで、結局(許可が取れないので)省くことになった。たいへん残念だった。そこで『観相術(邦訳名/自然魔術 人体篇)』に入る前に中村氏の上記の論考を簡潔にご紹介したい。

氏のこだわりは、デッラ・ポルタの生地である、ナポリという「南型の知」に根差していて、当然「北型の知」との対比に論が及ぶが、その前に「ルネサンスの自然哲学は、ある意味ではスコラ哲学の質的自然観を離脱したものの、量的自然観には達せず、かえって世界について魔術的な概念(ヘレニズム文化の知)を多く採り入れ、学問化し、欲求と観念の結合を事物の法則とすることによって、みずからを出口のないものとした」(「今なぜデッラ・ポルタなのか」中村雄二郎 青土社 1990年)という前提事項を置いている。ここでの「魔術」とはアニミズムと解してよいだろう。つまり自然界を量的に、縦・横・高さの延長に還元すれば、それは質的なものの排斥であり、片や、精神と物体がその成立過程を異とするなら、ガリレイの数学論的自然観やデカルトの機械論的自然観も、精神にたいして無力であることになる。こうした観点から、ルネサンス文化に接続するかたちで近代科学が成立するのではなく、その間に「自然魔術」の存在を認めている。

そして氏は「南型の知」の有効性を訴える。それは、近代科学・プロテスタンティズム・資本主義といった「北型の知」にたいして、普遍性・象徴主義・パフォーマンス(実演・演技)といった「南型の知」で、換言すれば、共通感覚(ここでは「常識」の意味ではなく、身体論的な「五感の統合様式」を指している)・演劇的知・魔術的自然観(アニミズム・自然と人間の調和・質的自然観・マクロコスモスとミクロコスモスの対応と照応)として、この世界・宇宙が生きている有機体であることを訴え、コズミックな感覚を持つことを強調している。その他紹介したいさまざまな貴重な見解を氏は教示しているが、最後にデッラ・ポルタが「喜劇作家」としても著名であったことに触れている。彼の喜劇作家としての位置づけは、「学的喜劇作家」の最後であり、また次に登場する「喜劇(コンメディア・デッラルテcommedia dell’arte/即興仮面劇)」の先駆者でもあった。29篇の喜劇、3篇の悲劇、1篇の悲喜劇を遺している。

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 『観相術(人間の人相について)』全6巻決定版は、1610年〈イタリア語〉で成っている(初版1586年全4巻〈ラテン語〉、改訂版1599年全6巻〈ラテン語〉)。完成版の内容は、以下の通りである。

第一巻:観相術に関する古代の哲学者の見解を端緒にした基礎・理論篇。
 第二巻:頭部・顔の各部・足や脚・乳房・恥部など身体の各部論。「身体の各部より得られる固有と呼ばれる徴(しるし)を論じよう(序文)」。

雄山羊の口と、それに似たヒトの口

オオカミとヒトの口の相違を比較せよ

第三巻:目について。「目を扱うことは観相学のなかでも最大にして最重要な作業である(序文)」として、目をたいそう重要視している。

ヤギとフン族のアッティラ王

斜視のヒトと雄牛の目

第四巻:毛髪などについて。「体毛、肌の色、肌、身のこなし、体格といった身体各部の残りの部分(序文)」。
 第五巻:容貌について。例えば、人間の善悪などが顔に顕われる、といった内容に言及している(序文)。

人体(開脚開腕)—正方形の図

 第六巻:さまざまな悪い性格を善い方向に直す方法について(序文)。 
第二巻から第六巻までには「序文」を付している。

右:野獣的狡猾の男 左:最悪の性質の人

本書のテ-マには2つの大きな特徴が垣間見られる。その1つ目は、アリストテレスの『動物誌』の第一巻の9章に人体の外部論があり、また『小品集』に「人相学」を入れている。デッラ・ポルタはアリストテレスの観相学を踏襲しつつも、さらに彼なりに深めている。その2つ目はルネサンス文化の一大特徴である、マクロコスモスとミクロコスモスの対応・照応の思想であって、これをアリストテレスは、動物と人間の類推(アナロジー)に転化させている。
                
〈第6回(3)、了〉次回は1月28日です。

参考文献
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ著 澤井繁男訳『自然魔術』青土社,1990年
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ著 澤井繁男訳『自然魔術 人体篇』青土社,1996年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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