Bunkamuraシアターコクーン 演劇の熱を生み出す制作集団

第3回 【挑戦】
シアターコクーン 未来を拓く才能の発掘

カルチャー|2024.12.16
写真=濱田晋 文=新川貴詩
PR:株式会社東急文化村

 2024年4月から、Bunkamuraで新しい取り組みがスタートした。その名は「コクーン アクターズ スタジオ」(以下CAS)。俳優の養成を目的とするプログラムである。

 受講生は、オーディションで選び抜かれた18歳から28歳までの男女24名。「選び抜かれた」と書いたのは他でもない。応募者数は340人。つまり、CASは倍率14倍強という難関養成所なのである。
「応募がこんなに多いと予想してましたか?」と質問したところ、CASの主任講師でシアターコクーン芸術監督の松尾スズキ氏は「うーん……」としばらく考えた後、次のように答えた。

「(受講料が)安いですからね。値段との兼ね合いで考えると、もっと来てもいいくらい」

演劇の二分化、俳優を育てる必要性

 このCASは、松尾氏の強い意向によって始まった。その構想の根本には、昨今の演劇界への疑問がある。松尾氏は次のように説明する。

「シアターコクーンの芸術監督の話が来た時に、まず思いついたのがCASです。ぼくが芝居を始めてから30年以上経ちますけど、最近、芝居の流れが二分化してるように思うんです。すごくわかりやすいものか難解なものか、つまり、いわゆるエンターテインメントか、小さな世界を追求してる演劇か、の二つに。小さなほうはお金がかからないように作られてて、エンターテインメントのほうはお金が儲かるように作っている、という二分化とも言えます。

 ぼくはその狭間を突いてきた思いがありますが、今はそうした芝居が生き残りづらくなってきているようにも感じます。ぼくは芝居に対して、どこかで芸術であるというこだわりがありつつ、でもエンタメもやりたいという二つの思いがあります。それなのに、昨今はそれがやりづらいと思えるんですよ。

 さらに、今はスター俳優と小さな劇団の俳優たちとの二分化も激しい。小さな劇団にどんな俳優がいるのかぼく自身知らないし、そもそも評判が届いてこない。ぼくが芝居を始めた頃は、下北沢のザ・スズナリみたいな小劇場に出てる俳優であっても、『有薗芳記(第三エロチカ)がすごい』とか『片桐はいり(ブリキの自発団)がすごい』といった声が聞こえてきて、劇団に1人は耳目を集める俳優がいたものです。

 そんなわけで、俳優を育てる必要を感じてきました。ぼく自身、若い人たちをちゃんと育ててこなかったという思いもありますし。ぼくは野良演劇人というか、正式な演劇の教育を受けないままこれまでやってきました。でも、それなりのノウハウが今の自分にはあると思ってて、それを伝えたいんです。大人計画の俳優たちも非常に面白いんですが、面白さを十分に発揮するまでにはかなり時間がかかりました。でも、今ならその時間は短縮できるんじゃないかと思い、CASのプログラムをコクーンの方々と話し合いながら決めていきました」

選ばれた、気概のある24人

 講師の人選は、主に松尾氏の意向で決まった。ダンスや音楽の講師もいれば、日本舞踊といった伝統芸能の講師もいる。そして演出家は松尾氏も入れて4人が講師を務める。

「演出家はぼく1人じゃなくて何人か起用したかった。このことは、当初から考えていました。ぼくは自分を偏った演出家だと思っているので、ぼくの色がついた状態で受講生を世間に出すのは申し訳ない。それで、意思の疎通がしやすい演出家たちを選びました。杉原邦生は古典で、ノゾエ征爾は新作、オクイシュージは俳優の個性に特化した演出と、それぞれ得意分野がある人たちを選んだ次第です」

 では、受講生はどういう人たちなのか。340人もの応募者から24人に絞り込んだ過程を松尾氏は振り返る。

「選ぶのは大変でした。一次審査は動画で、ぼくが書いた3分くらいの台本を演じてもらいました。それを340人分全部見たわけですから。休暇先の沖縄の宿でずっと見てましたよ。ほんと、悲しいリゾート経験でしたね(笑)。でも、そうやって選んだだけあって、けっこう実力のある人たちが集まりました。みんな面白いことがやりたいという気概があるのが頼もしい。各々が武器を持ってるのもいい。

 今の俳優で生き残っているのは面白い人たち。だから、面白さに着目した養成所にしたいと思ってます。面白いというのは広い意味での面白さで、お笑いができることに越したことはないけど、エンターテインメント精神を持ってる俳優がいい。受講生たちは食いつきがすごいですね。授業が終わった後に30分くらいいろいろ質問してきたりして、みんな根性があると思います。2、3人やめるのを見越して24人選んだつもりでしたが、誰もやめない。養成所って、だいたいみんなやめるものなのに」

期待が高まる発表公演『アンサンブルデイズ−彼らにも名前はある−』

 では、CASで松尾氏はどんな指導をしているのか、レッスンの現場に立ち会った。この日は、あらかじめ配布された台本をもとに、受講生がじっと立ったまま朗読するという内容である。2チームに分かれ、配役はその場でいきなり発表。受講生があわてる様子もないので、いつものことなのだろう。そして練習の時間もなく、すぐさま朗読が始まる。
 初めは、最初から最後まで台本を読み合わせる。続いて、もう一度同じ台本を読むのだが、今度は松尾氏の指示や助言のもと、朗読が肉付けされていく。何度も何度も朗読を止めては、松尾氏は的確な指摘を重ねる。こうした方法について、松尾氏は言う。

「授業をするというより発表させることに重きを置いてます。大人計画の俳優たちも、小さい劇場ではあっても、人前にさらされる経験を積むことによって力をつけてきた。だから、受講生には四の五の言うより、なるたけ発表させてます。とにかく人前に出ろってことです」

 25年3月、CAS1期生の発表公演がシアターコクーンで上演される。松尾氏が書き下ろし、杉原邦生氏が演出する新作ミュージカル『アンサンブルデイズ−彼らにも名前はある−』だ。俳優を志す若者たちの群像劇となる見込みだ。

「発表公演であるとともに受講生たちのプロモーションの場でもあるとも考えています。見にきた演劇関係者に、受講生と仕事をしたいと思ってほしいというのが目標ですから。ただ、ミュージカルというのは風呂敷を広げすぎましたね。だいたい受講生みんなは歌えないし。じゃあ、なんでミュージカルにしちゃったのかというと、シアターコクーンの養成所から俳優になる人は、軽く歌えて軽く踊れるくらいになってほしいという思いがあるから。それで、ちょっと高い壁を作っちゃいました」

ぼくたちの足掻いている姿を見てほしい

 松尾氏自身は、受講生と同じくらいの年齢の時はどうすごしていたのか。

「会社を辞めて下北沢に住んでた23、24歳の頃、けっこう行き詰まってました。劇団を始めようにもツテがないしアテもない。そんな頃、劇団東京乾電池の劇団員募集に応募したことがあります。でも試験の前日に、なんか野生の勘が働いたのか、これはもうバックレようと思ったんです。乾電池の公演は何度も見てて大好きなんですよ。でも、ビビっちゃって。で、大変でもいいから1人で一からやろうと思いました。

 そんなこんなで、これまで芝居を続けてきました。ぼくみたいに、演劇について何も知らないままお笑いという傍流から演劇を始めた人間ですら、今の日本の演劇はこのままでいいのだろうかと足掻いています。そんなぼくと受講生が足掻いている姿を世に見せたいという思いがあります。ぼくですら悩んで何かしなければと動いているのに、何も危機感を持たなくて大丈夫なのかって。
 こんなこと言うと、ぼくが真面目な人間と受け止められるのが実は嫌です。だってそんな芸風でやってきてませんから。でも、CASだけは真面目な松尾で続けますよ」

COCOON PRODUCTION 2025
Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル
『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』
作:松尾スズキ 演出:杉原邦生

公演日:
2025年3月20日(木・祝)〜23日(日)全6公演

会場:
Bunkamuraシアターコクーン

https://www.bunkamura.co.jp/sp/cas/

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