初日は天皇陛下もご鑑賞。大野芸術監督指揮で世界初演!
今年はイタリア歌劇の巨人、ジュゼッペ・ヴェルディの生誕210年。新国立劇場は5月にエミリオ・サージで『リゴレット』、11月にピエール・オーディで『シモン・ボッカネグラ』の新演出を制作した。後者はフィンランド国立歌劇場、スペイン・マドリードのテアトロ・レアルとの共同プロダクション。オーディが東京で制作した。かつてアムステルダムのネザーランド・オペラ、現在は仏エクス・アン・プロヴァンス音楽祭で総監督を務めるオーディの演出にはプロデューサーの発想があり、現代美術とのコラボレーションや新作の初演に力を入れてきた。今回の『シモン』ではインド出身、ロンドンを本拠とするアニッシュ・カプーアを美術に起用した。日本では建築家の磯崎新と組み、東日本大震災後の文化復興支援で東北各地などを巡回した移動式コンサートホール「アーク・ノヴァ」を考案したことで知られるアーティストだ。
カプーアの傑出した美術が表現したヴェルディの世界とは
オーディはレバノン出身。「中東では昔から、何人もの人が和平を志向しては殺されています」といい、「抽象的・象徴的な美術表現に耐えるヴェルディ唯一のオペラ」として『シモン』をとらえ、その「死へと続く孤独な旅路」のヴィジュアルをカプーアに委ねた。カプーアは、シチリア島出身で最後はエトナ山の火口に身を投げた古代ギリシャの自然哲学者エンペドクレスの人生を重ね合わせ、プロローグに続く本編に、赤く燃える逆さ吊りの火山を現出させた。第3幕では辺り一面に広がる溶岩と同じ色のガウンを纏ったシモンの全身に毒が回り、和解と後継者指名を果たして息絶えると、火山の代わりに巨大な黒い太陽が現れる。マグマは今の世界で起きている紛争の炎とも、時代の別なく悲劇を繰り返す人間の業とも受け止められる。黒い太陽の近未来も楽観はできない。
「心の動きの視覚化」に重点、雄弁な大野指揮
問題は人物関係が入り組み、具体的説明よりは詩的で象徴的な台本のディテールを深追いせず「心の動きの視覚化」に重点を置いた結果、歌手の動きが少ない、あるいは類型的で、悪くいえば“歌合戦”の状態がドラマの緊迫感をいく分薄めてしまった点だろうか。カプーアのインスタレーションが主役ともいえる進行で場面転換に時間を要し、下ろした幕の前で演じる箇所もいくつかあった。東京フィルハーモニー交響楽団を指揮した新国立劇場オペラ芸術監督、大野和士の解釈は「ブンチャッチャ」の“ヴェルディ節”から一歩も二歩も踏み出した作曲の斬新さを強調したもの。状況説明が勝るプロローグ&第1幕には空回りもあったが、第2&3幕ではドラマを掘り下げ、雄弁だった。
世界屈指のバリトン、フロンターリの熱演。素晴らしい歌の饗宴に酔う
題名役を熱演したロベルト・フロンターリ、フィエスコのリッカルド・ザネッラート、ガブリエーレのルチアーノ・ガンチ、パオロのシモーネ・アルベルギーニの主要男声4人がイタリア人、紅一点アメーリアのロシア人イリーナ・ルングもミラノ・スカラ座アカデミーの出身のため全員のイタリア語が明晰。美声で適確な歌唱ともども、ドラマを語るに雄弁だった。(11月23日 新国立劇場オペラパレス)