第34回「高松宮殿下記念世界文化賞」授賞式典とロバート・ウィルソン懇談会ルポ

カルチャー|2023.11.24
文=亀山和枝|©️The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

演劇・映像部門はロバート・ウィルソンが受賞!

 高松宮殿下記念世界文化賞は、日本美術協会によって1988年に創設され、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で世界的に顕著な業績をあげた芸術家に授与される。
 受賞者は今年までに世界33カ国175名になり、日本では黒澤明、丹下健三、中村歌右衛門、安藤忠雄、三宅一生、草間彌生、杉本博司、横尾忠則、坂田藤十郎、小澤征爾、森下洋子、坂東玉三郎など18名が受賞している。
 今年の授賞式典は10月18日(明治記念館にて)に各界から来賓など約210人が出席し、4年ぶりにコロナ禍前の規模で行われた。ヒラリー・ロダム・クリントン元国務長官をはじめとする国際顧問の祝辞があり、日本美術協会総裁の常陸宮さまに代わり常陸宮妃華子さまから各部門の受賞者5人にメダルが授与された。続いて受賞者を代表し、ロバート・ウィルソンが登壇、「芸術家は今生きている時代の貴重な記録者でありジャーナリストです」「政治と宗教は常に私たちを分断しますが、芸術は人間をひとつにする可能性があります」とあいさつをし、大きな拍手を受けた。

▪️受賞者、後列左から:ヴィヤ・セルミンス(絵画部門)、オラファー・エリアソン(彫刻部門)、ディエベド・フランシス・ケレ(建築部門)、ロバート・ウィルソン(演劇・映像部門)
▪️国際顧問、前列左から:デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニア (アメリカ、名誉国際顧問)、日枝久(日本美術協会会長)、ヒラリー・ロダム・クリントン( アメリカ、元国務長官 ) 、クリストファー・パッテン (イギリス、オックスフォード大学名誉総長 )、ランベルト・ディーニ(元イタリア首相)、クラウス=ディーター・レーマン(ドイツ、前ゲーテ・インスティトゥート総裁)、セルジュ・ドゥガレ(フランス、ラファン国際顧問代理)
常陸宮妃華子さまとロバート・ウィルソン氏、日枝久会長 ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
5部門の受賞者、左から絵画部門ヴィヤ・セルミンス、彫刻部門オラファー・エリアソン、建築部門ディエベド・フランシス・ケレ、音楽部門ウィントン・マルサリス、演劇・映像部門ロバート・ウィルソン ©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun

 授賞式に先立って17日(オークラ東京にて)受賞者・国際顧問「合同記者会見」、続いて「個別記者懇談会」がもたれた。ロバート・ウィルソン氏の懇談会では受賞を祝う取材陣が参集し、なごやかに質疑応答が交わされた。ウィルソン氏の発言内容を紹介する。

原点は生まれ故郷のテキサスの風景、 日本での6週間が私の人生を永遠に変えた。

 私はテキサス州の生まれです。そのテキサスの風景が、私の原点で作品の全てに存在しています。また私が学生のときに建築の歴史を教わった女性教師、バウハウス派の建築家と結婚されていたのですが、5年間コースの3年目ぐらいに、3分間あげるから街を設計せよという課題が出されました。つまり、それぐらい大きなスケールのものを一瞬のうちにつかむことの大切さをこの教師から教わりました。
 大変幸運だったのは、若い頃(1981年)にロックフェラー・ブラザーズ基金の助成金を得て日本で6週間過ごし、日本の文化、哲学を知ったことです。そのときに花柳寿々紫(すずし)さんと演劇のプロジェクトを共同でやりました。彼女は、能・文楽・歌舞伎それぞれの伝統芸能に精通している方です。一緒にディレクターとして活動して私と同じような言語を話す人だなと思ってびっくりしましたが、非常に多くのことを学びました。例えば、じっとして動かないことの中に、非常に大きな動きがあること。沈黙が持っている力。空間についても、自分の前よりもむしろ後ろにある空間を大切にしなければならない。後ろの空間をちゃんと感じることができなければ、今ここにある存在の力を伝えることができないと。
 本当に多くのことを学んだという意味で私の教師でしたし、現在でも私の教師です。
 また、当時、前衛劇のアーティストの中心だった鈴木忠志さんや寺山修司さん、そして観世榮夫さんをはじめ能、日本の伝統劇からも非常に大きな影響を受けました。

『浜辺のアインシュタイン』フランス・モンペリエでの上演 2012年
日本では昨年10月に30年ぶりに上演(神奈川県民ホール)されて話題になった。
Einstein on the Beach, Montpellier, France, 2012
Kneeplay 1
Photo ©Lucie Jansch
Courtesy of RW Work, Ltd.

『浜辺のアインシュタイン』で描こうとしているのは、 自然の時間

 私が建築を学んだ最初の年にアメリカ人の建築家ルイス・カーンさんに「まず光から考えるんだ」と言われました。そのことが私に非常に大きな影響を及ぼしました。
 演劇の世界では、通常、照明は最後なんですね。最初に脚本を書いて、キャストを決めて、それから演出をして、舞台美術を作って、そして衣装を作って、リハーサルをして、その後にようやく照明となります。私は逆で、最初に照明を考えます。というのは、照明・光というのは非常に建築的なもの、非常に構造的なものだからです。アインシュタインは、光は測れるものであると。光がなければ宇宙は存在しないのだと言いました。
 『浜辺のアインシュタイン』は言ってみれば、公園に行くようなものと考えてください。その公園に座って、空の変化、光の変化や色の変化などをずっと眺めている、そういう自然の時間としてこの作品を作りました。
 私はテキサスで育ち、その後にぎやかな騒音にあふれるニューヨークに行きました。ただ、ニューヨークが素晴らしいのは、街の中心にセントラルパークという公園があって、街とは全く違う空気がそこには存在していました。そうしたことが、私にとってこの作品を作る原点になりました。この作品は観客の出入り自由です。いったん出て、また帰ってきても、まだ作品は続いているという、そういう作品として作られたものです。
 この作品で役者がゆっくり動くのはなぜか? と言われると、それに対する答えは、時間は概念ではない、時間は経験するものであって概念として存在しているわけではないのです。アメリカの作家のスーザン・ソンタグが、経験することは考えることだと言いました。
 私は、今朝、起きたときに日の出を見ました。これは私が経験しているわけです。誰かからこれが日の出だ、太陽が昇っていると言われているわけではありません。『浜辺のアインシュタイン』、それから私の全ての仕事に言えるのかもしれませんが、私が描こうとしているのは、自然の時間だと思います。
 東京やニューヨークなど人間が忙しく動いている所で本当に必要なのは、もっと自然に近い時間なのではないでしょうか。日本はその点においては、素晴らしい国です。何百年、何千年にもわたって自然と非常に親しい関係を築き、維持されています。その自然を観察することは、人間のスピリチュアルな部分にも大きな刺激を与えてきたと思います。

Photo ©Kazue Kameyama

玉三郎さんはひと言で言うと 「愛」という言葉に集約されると思います。

 最初に坂東玉三郎さんとお会いしたのは彼がまだ若い時で、そのとき新派のリハーサルを見ました。彼がお客さんの前を通り過ぎて、振り返って舞台の袖に消えていく、8分から10分ぐらいの場面でしたがものすごく説得力があって、私はもう目が離せませんでした。後で、あれは一体どうやってやるのかヒントを教えてくれと聞いたら、それは秘密だから教えられないと言われました。が、いやいや教えてほしいと言ったところ、自分は目を変えるんだとおっしゃいました。常に目を変えているのだと。例えば自分の目が頭の50センチほど前に目があるときもあれば、東京の街中を歩いているとき、目は頭の後ろにあると。パリにいるときはまた違っていて自分の5センチ前の所に目を置いているというようなことをおっしゃいました。ただ、これは、外からは全く感知することができないものですが、しかし、それによってその空間自体が変わってしまうわけです。そのことを私は、玉三郎さんから学びました。
 別の機会に楽屋に訪ねたときは、ちょうどお化粧をしている最中でした。筆一本でシュッと一本のラインで描く、その化粧をされているときの所作も大変美しかったのです。それは、内面の美しさからくるものだと思います。外側には表現されないけれども、その内側に感じておられるものが外側に美しさとなって現れるのだと思いました。

『ある男への手紙』イタリア・スポレートでの上演 2015年
ミハイル・バリシニコフの一人芝居
Letter to a Man, Spoleto, 2015
Scene 1 A
One-person play by Mikhail Baryshnikov
Photo ©Lucie Jansch
Courtesy of RW Work, Ltd.

自分の仕事をいわゆる“仕事”とはとらえていません。それは私の生き方なのです。

 82歳ですが、まだ仕事ができていることを大変、光栄に幸運に感じています。いつか日本に戻ってきて、日本でも公演をしたいなと考えています。
 ただ、既に多くのプロジェクトを抱えております。ということで、1週間前にはバルセロナでモーツアルトの作品を演出。パリではシェイクスピアのハムレットを上演します。アテネでは新作、それからデュッセルドルフでも、そしてイギリスでも。
 私は自分の仕事を、いわゆる“仕事”とはとらえていません。私の生き方ととらえています。つまり、私の人生、生きていることそのものが、私の仕事です。息をするのと全く同じことです。だから、生きている限り、そして、ちゃんと頭が働く限りは、この仕事を続けていくと思います。
 皆さん、今日はありがとうございました。

アルヴォ・ペルトの音楽で『アダムの受難』エストニア・タリンでの上演 2015年
Arvo Pärt: Adam’s Passion, Tallinn, 2015
Michalis Theophanous (Man)
Photo ©Kristian Kruuser / Kaupo Kikkas Courtesy of RW Work, Ltd.

Robert Wilson
©The Japan Art Association / The Sankei Shimbun
ロバート・ウィルソン
1941年10月4日、アメリカ・テキサス州ウェーコ生まれ ( 国籍:アメリカ) 。 前衛的な作風で知られる米国の演出家。舞台美術や照明なども手掛け、ビジュアルアーティストの第一人者。ドローイング、彫刻、家具のデザイン、ダンスの振り付け、作庭、建築など創作活動は幅広い。
1970年『聾者の視線 (まなざし)』で注目を集めて以来、米国の作曲家フィリップ・グラス (2012年受賞者)と共同制作し、1976年にフランスのアヴィニョン演劇祭で初演された独創的オペラ『浜辺のアインシュタイン』で国際的な評価を得る。他にもアルヴォ・ぺルト( 2014年受賞者 )、ミハイル・バリシニコフ ( 2017年受賞者)など多くのアーティストとコラボレーションをし、またプッチーニの 『蝶々夫人 』やヴェルディの『椿姫』など演出でも知られる。

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