猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第23回は、いにしえから現在まで人々を魅了してきた桜の名所で出会った猫ちゃんをお届け。
桜色に囲まれて暮らす、
兄弟猫との出会い
桜色の吉野を訪ねた。
山の中腹、如意輪寺で迎えてくれたのは、
春をまとった猫。
「ステキだねえ」。
声をかけると、湿った鼻のてっぺんを、差し出した手に擦り付けてくる。
「気持ちいいね」。
近くの白猫にも話しかけてみた。
だが、こちらは無反応。
どうやら2匹の性格は違うよう。
聞けば兄弟というこの2匹、常に一緒というわけではないものの、仲は良いらしい。この日も付かず離れずそばにいた。
1匹が移動すると、
もう1匹が後を追い、
気がつけばこの通り。
気心知れたもの同士、信頼し合っているのだろう。
人間の言葉もわかるらしい。
以前ご住職の家に、新しく犬を迎えたときも、抗議のためか3日間家出した黒猫を、「連れ戻してきて」と奥様が白猫に頼むと、翌日本当に連れて帰ってきたという。
試しにこの日も「ここで写真を撮りたいんだけど」とお願いすると、黒猫がぴょんとお立ち台(石碑)に飛び乗り、ポーズを決めた。
白猫も、「自分だって」とばかりに後に続く。
今度は黒猫を別の場所に連れ出すと、間を置いて、白猫も同じ場所に現れた。
見ていて飽きない2匹の猫。
とはいえ、ここはお寺である。そろそろ本堂へお参りを。
この寺の創建は、平安時代の延喜年間(901〜923)。真言密教の僧、日蔵上人(にちぞうしょうにん)によって開基されたと伝わる。
ご本尊は如意輪観音。仏像を彫った康俊は、東大寺の南大門、金剛力士立像で知られる仏師、運慶の孫にあたるという。
品格あるたたずまいに、思わず見入った。
古色を帯びたお堂や鐘楼、苔むした石仏群。境内のそこかしこに、積み重なる歴史の重みが感じられる。
一方で、心和む置物もちらほら。
如意輪寺が、歴史の表舞台に登場するのは南北朝時代。第96代の後醍醐天皇が、吉野で南朝(吉野朝)を開いた際、この寺を国家鎮護、皇室繁栄を祈願する勅願寺と定めたのだ。
「この寺を創建した日蔵上人は、実は第60代の醍醐天皇が帰依されていた僧。後醍醐天皇は、醍醐天皇の治世を理想と考えていらっしゃったこともあって、ここを勅願寺とされたのでしょう」。ご住職の加島公信さんは言う。
元弘3年/正慶2年(1333)に鎌倉幕府を倒し、建武の新政を始めた後醍醐天皇は、その後反旗を翻した足利尊氏が京都で光明天皇を即位させたため、吉野に行宮(あんぐう)を構え、帰京へのチャンスをうかがうことになった。だが、夢叶わずこの地で崩御。如意輪寺の本堂裏の丘にある御陵は、そんな後醍醐天皇の無念の想いを汲み、京都の方角、つまり北に向けて作られた。以来この寺は、天皇陵の守護とその菩提を弔い続けてきたという。
重文の金剛蔵王権現立像にも圧倒された。
修験道の開祖、役小角(えんのおづぬ)が吉野山で感得したと伝わる蔵王権現は、釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊が合体し、神の姿になって現れた日本独自の存在という。
外に出ると、黒猫がいた。
歩いているだけで絵になるのは、やはり桜があるから。
吉野では、桜はご神木。
前述の役小角が、蔵王権現のお姿を吉野の山桜の木に彫ったことから、この地では信仰の対象として、桜が大切に保護されてきた。昔は花見と参拝が一緒になって、吉野詣でと呼ばれたという。
もっとも、そんな尊い桜の木も、猫にとっては遊び道具。
ばっちりポーズも決めてくれた。
気がつけば夕暮れ。最後に報国殿へ向かった。
桜の時期だけ公開されるというこの建物で、一期一会の景色を惜しんでいると……。
あれ?
さっきさよならしてきた黒猫が、またしても現れた!
猫はしばらくウロウロした後、
すました顔で近くに座った。
帰ろうとすると寄ってきて、
また、ストン。
最後まで、ありがとね。
寺務所では、白猫がお姉さんに甘えていた。
新顔猫にも挨拶。また来るね。
これまでも、これからも。
土地の記憶に、猫との時間が刻まれていく。
塔尾山椿花院 如意輪寺
〒639-3115
奈良県吉野郡吉野町吉野山1024
TEL:0746-32-3008
拝観時間 8:30〜17:00(観桜期)
9:00〜16:00(その他)
拝観料 500円
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。