吉野和紙とクウちゃん│ゆかし日本、猫めぐり#21

連載|2023.3.3
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。第21回は、吉野和紙職人の家で「監督」をつとめる黒猫のクウちゃんが登場。


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「職人の家の猫」

 奈良県中部に位置する吉野町。なかでも吉野川上流の集落は、「国栖(くず)」という名で『古事記』や『日本書紀』に登場する歴史ある地。和紙の産地としても知られている。

 かつて壬申の乱の際、吉野で兵を挙げた大海人皇子(後の天武天皇)が、国栖の里人に養蚕と紙漉きを教えたのが始まりとも伝わる、吉野の手漉き和紙。そんな昔ながらの伝統技法を今も守り、家族総出で和紙作りを続けている家で、1匹の猫に出会った。

 名前はクウちゃん。赤い首輪が目印だ。

 クウちゃんの定位置は、工房の一角に置かれたストーブの前。

 もっとも、さすがは職人の家の猫。天候によって日々の作業が変わるという和紙作りの工程を熟知しているのだろう。その日、誰が、どこでどんな作業をするか、特等席を陣取りながらも素早く察知。ときどき巡回しては、監督(?)役をさりげなくこなす。

 この日は予期せぬ雨で作業が中断。クウちゃんを囲んで、束の間、団欒が始まった。

 クウちゃんもハイタッチ(?)で応援。

 吉野手漉き和紙の原料は、楮(こうぞ)というクワ科の落葉低木。まず枝を蒸し、黒皮、甘皮を剥いで削り、残った内側の白い部分(白楮=しろそ)のみが使われる。

 良い紙作りには澄み切った水が欠かせない。白楮も吉野川で洗われ、晒される。

 陽の光と一緒に水に晒すことで、繊維が自然な白さになるという。

 晒した白楮は天日干しにされ、傷の部分をカミソリで除去。

 その後、木灰(きばい)で煮て、水で灰汁(あく)を洗い出し、

 柔らかくなった繊維を、最初は機械、次に棒で叩いて解きほぐす。

 繊維を傷めず分離させることで、しなやかな和紙に仕上がるという。いずれも手間と時間のかかる作業だ。

 この家で作っているのは、吉野手漉き和紙の中でも「宇陀紙(うだがみ)」と呼ばれている。紙漉きの際、吉野で採れた白土を混ぜることが特徴で、それによりしなやかながらも強靭で、伸縮性が小さく、長期保存に優れた紙に仕上がるという。古くは国栖紙と呼ばれたそうだが、明治時代に近隣の宇陀の町人が全国に売り歩くようになり、宇陀紙として広く知られるようになった。現在は、文化財の美術工芸品の修復にも重用されている。

 紙漉き作業では、この白土のほかに、吉野の山から引いた水やネリと呼ばれる粘液(ノリウツギの樹皮を細かく削いで水漬けし、使う直前に布で濾したもの)も加えられる。

 特に寒い時期は、ネリがよく効いて薄く均質な紙に漉きやすいことから、紙漉きは9月から5月を中心に行うという。

 ちなみに山からの水は、溜めると温度が高くなってしまうため流水を使用。工房には常に清らかな水音が響いている。
 クウちゃんも水を飲みにちょくちょく工房へ。もっとも、お目当ては、材料が入った容器のふたに溜まった水!

 こんなに澄んだ流水が飲み放題なのに、なぜ?
 猫って不思議。

 外に出ても、パイプの底に溜まった水をナメナメ。

 やがて面倒臭くなったのか、

 顔ごとズボリと突っ込んだ。

 その間、紙は着々と漉き上がって重ねられ、

 重りを載せて脱水。

 その後、馬の鬐でできた刷毛で、1枚1枚松の木の板に貼りつけて天日干し。

 1枚の和紙には、吉野の水や風、陽の光が溶け込んでいる。

 「1000年持つ紙」は、最後まできっちり手作業。

 クウちゃん、監督役、お疲れさま!

 「一点の曇りもない最高の和紙を」。その想いを胸に日々和紙作りに励む家族を、今日もクウちゃんは付かず離れず見守っていることだろう。

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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