「造化にしたがひて四時を友とす」松尾芭蕉│ゆかし日本、猫めぐり#45

連載|2024.6.21
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

季節に従う

 

 春は花。

 色とりどりの小さな生命(いのち)の息吹を感じて心は浮かれ、

身は緩む。

 夏は緑。

 涼を求めて木陰を探し、

葉ずれの音を子守唄に、うとうと昼寝。

 秋は紅葉、

冬は陽だまり。

 四季それぞれに楽しみを見つけ、

うつろう自然と一体となる。

 ときには、人の力を借りることも。

 春、夏、秋、冬、自然の秩序に従って、
そのときどきで身の処し方を変えていく。
 基準となるのは心地良さ。

 猫は心の平安を保つ天才。



 今月の言葉
「造化(ぞうか)にしたがひて四時(しいじ)を友とす」
 ──松尾芭蕉『笈(おい)の小文(こぶみ)』より

「古池や 蛙飛び込む 水の音」「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」……。今も広く知られる名句を数々生み出した松尾芭蕉。40代は、古来数々の歌に詠まれてきた名所、つまり歌枕の地を巡る旅に多くの月日を費やし、自作の句を織り交ぜた『おくのほそ道』などの自作の句を織り交ぜたすぐれた紀行文も遺している。
 今月の言葉は、そんな紀行文の一つ、『笈の小文』の序文に登場。「造化」とは、天地万物を創造育成する造物主のことで、神や自然のように絶対的な存在を指すという。「四時」は四季。芭蕉は歌枕の地を巡ることで、古(いにしえ)の人々の琴線に触れ、美しい風景の根源に存在する大いなるものに思いを馳せたのだろう。

 本名は松尾宗房(むねふさ)。芭蕉という俳号は、郷里の三重県伊賀の地から江戸に出て、その後深川の草庵に移った際、門弟が庭に芭蕉を植えたことに端を発して用いるようになったという。
 生まれは寛永21年(1644)。13歳のときに父を亡くし、伊賀上野の城主、藤堂新七郎家の嫡子、良忠に仕えたことが、当時俳諧(はいかい)と呼ばれていた文芸と出会うきっかけとなった。芭蕉より2歳上の良忠は、蝉吟(せんぎん)という俳号を名乗り、当時武家や富裕な町人に親しまれていた俳諧を嗜(たしな)んでいたのである。
 そもそも俳諧とは、室町時代後期に連歌(れんが)から派生した文芸で、もとは機知や滑稽を意味していたという。和歌や連歌、漢詩などの伝統文芸に比べて形が短く、難しい約束事も少ないことから、おもしろおかしい新時代の詩として人々の心をとらえ、江戸時代初期は、縁語や掛詞を多用した言語遊戯を特徴とする貞門(ていもん)俳諧が全盛期を迎えていた。
 俳諧は、通常連衆(れんじゅ)と呼ばれる数人の仲間で合作される。つまり、5・7・5の長句と7・7の短句を、調和と変化を考慮しながら交互に付け連ね、36句、もしくは100句を1つの詩篇として共同制作する、いわば座の文芸で、一座の進行や評点を受け持つなど、専門的に俳諧に携わる俳諧師という職業も存在していた。
 芭蕉が32歳(29歳という説もある)で江戸に出たのも、未知の可能性を秘めた振興都市で俳諧師として身を立てるためだった。実は、主君である良忠が25歳で病没。失意の芭蕉は俳諧に専念し、良忠の師だった貞門派の俳人、北村季吟から、連歌や俳諧の秘伝書である『埋木(うもれぎ)』を相伝されていたのである。
 江戸では、門弟となった富裕な町人たちの力添えにより、江戸文壇の中心だった日本橋に1戸を構え、俳諧師としての地歩を固めていった。当時は貞門俳諧に代わって、庶民の風俗や生活感情を反映した、笑いの要素が強い談林(だんりん)俳諧が台頭。大坂を中心に流行していた。その中で、芭蕉と彼を取り巻く座の連衆は、真にすぐれた庶民詩を確立しようと、俳諧に漢詩文の世界を取り入れていく。芭蕉が日本橋から、隅田川を隔てた新開の埋立地、深川の草庵に住まいを替えたのも、俗世を離れて貧寒に徹することで、杜甫や荘子の境地に近づき、内面が深まるのを期待してのことだった。
 そんな深川での隠栖生活を経て、芭蕉は旅に出る。各地を漂泊し、数々の歌に詠まれてきた日本古来の風土や自然、その地に生きる人々との一瞬一瞬の出会いを通して、俳人としての新たな境地を切り拓き、蕉風と呼ばれる作風を確立。俳諧を、伝統的な和歌や連歌に匹敵する文芸に高めた。本来は俳諧の巻頭の句である発句(ほっく)も、芭蕉の芸術性の高い句によって独立して鑑賞されるようになり、のちに成立する俳句に大きな影響を与えたという。自らを「乞食(こつじき)の翁」と呼び、生涯を俳諧に捧げた芭蕉は、旅の途中で病に倒れ、51歳で他界した。生前最後の句は、「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻(めぐ)る」。漂泊の詩人の胸中には、このときどんな想いが去来していたのだろうか。

 今週もお疲れさまでした。
 おまけの一枚。
 心の平安には、ときに文明の力も必要?

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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