歌川国芳「東海道 猫案内」│ゆかし日本、猫めぐり~番外編~

連載|2024.4.26
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
今回は番外編。歌川国芳の偏猫愛あふれる語呂合わせとは──。

歌川国芳「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」

 江戸時代に整備された五街道の一つ、東海道は、江戸と京都を結ぶ陸上幹線道。総距離約500kmの道のりには、53の宿場があったという。
 江戸後期の人気浮世絵師で、愛猫家でもあった歌川国芳(くによし)は、そんな東海道の宿場名それぞれをもじって猫の絵と合わせ、「其まゝ地口(ぢぐち) 猫飼好(みやうかいこう)五十三疋(びき)」という作品を制作している。「地口」とは、洒落の一種で語呂合わせのこと。タイトルからして「東海道五十三次」の地口だが、宿場名も、たとえば東海道の起点である「日本橋」では、「二本だし」の文字に、2本の鰹節にすり寄るぶち猫の絵が添えられ、思わずニヤリとさせられる。猫を知り尽くした国芳だからこその猫愛あふれる言葉遊びと、簡略ながら、鋭い観察眼に裏打ちされた躍動感ある筆運び。上・中・下の3枚に分けて描かれた55匹(53の宿場に起点と終点を加えている)の猫それぞれが、まるで絵から飛び出してくるかのように生き生きと表現されている。

 今回は、そんな猫好きにはたまらない「猫飼好五十三疋」から13の宿場を選び、国芳の言葉と猫の写真を組み合わせて東海道をご案内。それぞれの地口と写真から、どの宿場名に行き着くのか? 「猫めぐり」番外編のはじまり、はじまり〜。

 ■「白かを」

 「しろかお(白顔)」→「しながわ」→「品川」宿


 ■「はこね」

「箱寝(=香箱座りをして寝ている猫)」→「箱根」宿


 ■「おきず」

「起きず」→「おきつ」→「奥津(おきつ)」宿


 ■「むちう」

「むちゅう(夢中)」→「ふちゅう」→「府中」宿


 ■「あかげ」

「あかげ(赤毛)」→「おかべ」→「岡部」宿


 ■「くつたか」

「くったか(食ったか)」→「にっさか」→「日坂(にっさか)」宿


  ■「ばけがを」
 

「ばけがお(化け顔)」→「かけがわ」→「掛川」宿


 ■「ねつき」

「ね(寝)つき」→「みつけ」→「見付」宿


 ■「おきた」

「お(起)きた」→「よしだ」→「吉田」宿


 ■「きりやう」

「きりょう(器量)」→「ちりゅう」→「池鯉鮒(ちりゅう)」宿


 ■「かるみ」

「かるみ(軽身)」→「なるみ」→「鳴海」宿


 ■「いちやァつき」

「いちゃつき」→「いしやくし」→「石薬師」宿


 ■「あかのした」

「あかのした(赤の舌)」→「さかのした」→「坂の下」宿


 生粋の江戸っ子で、幼い頃から絵本を真似て武者姿の人物を描く一方、父が営んでいた京紺屋(京染屋)で、染め抜きの箇所に紋や模様を描き込む上絵の仕事を手伝うなど、豊かな才能を見せていた歌川国芳(幼名は芳三郎、のち孫三郎)。初代歌川豊国の門下生となったのは、文化8年(1811)、15歳頃と言われている。
 もっとも、不遇の時代も長く、その名が広く知られるようになるのは、31歳のときに刊行された『通俗水滸伝豪傑百八人之一個』から。原書『水滸伝』に取材し、その登場人物一人ひとりを雄々しい武者姿に描いたこの作品で、国芳は「武者絵」というジャンルを確立。一躍人気絵師となり、殺到するさまざまな注文に応じながら、多彩な才能を開花させていった。
 手がけたジャンルは、役者絵、美人画、風景画、動物画、戯画など多岐にわたり、なかでも春画や艶本(えほん)では、男女の性だけでなく、その背景にある江戸に生きる人々の生活──火事や祭りといった非日常的なものから、庭先や台所といった日常的なもの──まで描き込むなど、一つの作品に、さまざまなジャンルの要素が渾然一体となって含まれているという特徴がある。
 加えて、無類の猫好きとしても有名で、絵を描いているときも常に懐に2、3匹の猫を抱き、家には亡くなった猫の位牌(戒名もつけられていた!)を並べた猫専用の仏壇もあったという。
 春画や艶本にも、たびたび猫が登場。その多くは珍客として画面の端に配されているが、たとえば白猫のやわらかな毛並みを表現するために、彩色をせず、凹凸が浮き出るように模様を施す空摺(からずり)という技法を用いるなど、細部までこだわりを見せている。「面白き絵組み沢山にて、極上彫(ごくじょうぼり)に致し、摺(すり)仕立てまで念を入れ〜」とは、天保10年(1839)に刊行された艶本『枕辺深閨梅(ちんぺんしんけいばい)』巻末の国芳の口上だが、画面端の小さな猫1匹からも、いかに隅々まで「摺仕立て」に力を入れていたかがうかがい知れよう。
 その後、天保13年(1842)に「好色本の禁令」が出され、歌舞伎役者や遊女、女芸者を描くことが禁じられると、国芳は奇抜な着想で禁令の網をかいくぐっていく。たとえば江戸随一の遊郭、吉原を題材にしながら、登場する遊女や客の頭はすべて雀に置き換えるなど、身近な生き物を擬人化して世相を風刺。猫も人間の姿かたちと合成され、江戸情緒あふれる世界の主人公として描かれるようになった。人間顔負けの色っぽさや、下心見え見えの表情。その鋭い観察眼と独創性に、脱帽、である。
                       参考資料:別冊太陽 『国芳の春画』


今週もお疲れさまでした。

おまけの一枚。
「くったか」の次点となった猫。
(「食った」後の表情は、なぜかバレる……)

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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