猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第37回は、人にも仏様にも見守られながら暮らす、4匹の猫ちゃんの一日。
奈良県中部、山深くへ進んでいくと
うねうねと蛇行する坂道を上り、車は山深くへ進んでいく。
眼下には奈良盆地。
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奈良県中部、高取町にある南法華寺は、西国三十三所の第六番札所。壺阪寺という通称で親しまれている。
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この寺の創建は、大宝3年(703)。伝承によれば、現在この寺の背後にある高取山で弁基(べんき)上人という僧が修行中、愛用の水晶の壺の中に観世音菩薩を感得。その壺を坂の上に安置したことから、「壺阪」の名で呼ばれるようになったという。
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古来山林修行が盛んに行われ、平安時代は36のお堂と60あまりの僧坊を擁する大伽藍を構えていたという、この歴史ある山岳寺院で、猫に出会った。
開門を待ちきれないように、受付所に集まってきたのは……、
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3匹の猫。みな近寄っても逃げず、撫でられてもされるがまま。落ち着いた様子で過ごしている。
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それぞれ仲も良さそうだ。
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やがて、中の1匹が、おもむろにゆっくり歩き始めた。向かった先は……。
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何かいるの?
近寄ると、
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水を飲んでいた。
終わると丁寧に毛繕い。
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最後はポーズを決めてくれた、と思いきや、
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ベロ、出っ放しだよ。
さらに、奥に進むと、別の尻! ではなく猫を発見。
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何をしているの?
声をかけたが……、
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あっ! 失礼!
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出すものを出し、絶好調のよう。
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水を飲むのも仏様の華瓶から。猫たちののびのびとした様子に、自ずと頬が緩んでくる。
聞けば、この寺の猫たちは、受付チームの3匹と、境内派の1匹に派閥が分かれているという。
もっとも、どの猫も人に対する警戒心はゼロ。
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特にミルクティー色のこの猫は、「来たときはガリガリに痩せていて、人を見れば逃げてばかりいた」という言葉が信じられないほど。
カメラを向けても、チラ見して通り過ぎ、
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少し離れてストンと座る。
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せっかくだから多宝塔と一緒に撮りたいと、「こっち向いて」と手を叩き、足を踏み鳴らしてみたものの、変わらず背を向けたまま。ビクともしない。
初対面で、これだけ安心しきっている猫も珍しい。よほどみんなにかわいがられているのだろう。
案の定、執事の喜多昭真(しょうしん)さんが通りかかると、甘えモード全開に。
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姿が見えなくなっても、
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しばし立ち尽くし、見送っている。
今や「僧侶や職員、みんなに懐いている」という言葉に納得。よかったね。
その後しばらく猫と一緒に境内を歩き、重要文化財の三重塔や礼堂へ。
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やがて、少しずつ私たちにも甘えるように。
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礼堂の縁側では、顔を近づけても、
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後ろに回っても、
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この通り。
もはや建物の一部と化し、思いっきりくつろいでいる。
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陽が当たり始めると、暖を求めて移動。
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そろそろお昼寝の時間かな?
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この日は秋の特別拝観の期間中。三重塔の秘仏、大日如来像がご開帳されるほか、ご本尊の十一面千手観音菩薩坐像のお身ぬぐいもさせていただけるという。
この観音様は、眼病に霊元あらたかとされる仏様。壺阪寺は、古くから眼病封じの寺で有名なのだ。
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ちなみに、観音様を安置しているお堂は八角円堂。観音様のお堂としては珍しいという。そもそも八角円堂は、聖徳太子の廟所である法隆寺の夢殿のように、誰かの霊を慰めるためのお堂。しかも、この観音様の背中側、つまり真北の方角のはるか先には藤原宮跡があり、その宮には持統天皇が居住したと言われている。持統天皇は、大宝2年(702)に崩御し、翌年に火葬。つまり、持統天皇が火葬された年と、壺阪寺が創建されたとされる年は、同じ大宝3年で、このことから、壺阪寺の八角円堂は持統天皇を弔うために建てられたとする説があるのだ。
喜多さんから説明を受けた後、お香で手を清め、観音様の前へ。間近で、しかも真正面で対峙すると、圧、とでもいうのだろうか。強い波動が伝わってくる。
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「心中で願いごとをしながら、お渡しした布で観音様の膝のあたりを撫でてください。そうすれば願いごとが叶うと言われています」と喜多さん。だが、強い波動に圧倒され、頭は真っ白。湧き起こる感謝の気持ちをかみしめながら、撫でるだけで精一杯だった。
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「この圧のようなものは何でしょう?」
お身ぬぐいを終え、思わずそう尋ねると、「不思議ですよね」と喜多さんも言う。
「この観音様は、もとは秘仏だったと言われています。観音様を安置している八角円堂と、お参りするために建てられた礼堂の間に扉があったので、昔は扉越しに拝んで、観音様の力を感じていたのでしょう。この寺は清少納言にも称えられていますが、当時は観音様を拝んだ後、その前で寝るというお参りのスタイルが流行ったそうです。夢の中で観音様に会うと、すごくご利益があると信じられていて、この礼堂もそのために作られたのではないかと言われているんです」
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たしかに、これほど圧を感じれば、その力を、夢という無意識の中で心身に取り込みたいと願うのは自然なことのように思われる。
改めて、観音様を見上げた。喜多さんの説明は続く。
「この観音様は、普通の仏様より、目を大きく見開いていらっしゃるのが特徴です。
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また一番上の左手には日精摩尼(にっしょうまに)、同じく右手には月精摩尼(げっしょうまに)を持ち、日と月、つまり一日中、人々の苦難を断ち切るために、たくさんある手を使って助けていらっしゃることを表現しています。しかも、そんな菩薩行をしながらも、私たちに向かって手を合わせていらっしゃる。これは、たとえば目が見えること、歩けること、そういった私たちが当たり前だと思っていることを、感謝してくださいよとお伝えになっているんです。つまり、難しい経典を読まなくても、観音様のお姿を見るだけで、その教えとありがたさがわかるようになっているのです」
何度もうなずき、話に耳を傾けていると、あれ?
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猫がいる!
さらに、次の瞬間予期せぬできごとが起こった。なんと、カメラマンの膝の上に、そーっと乗ってきたのだ! 慌ててカメラを受け取り、記念撮影。
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でも、ごめんね。そろそろ帰らなきゃ。
膝から下ろされた猫は、毛繕いを始め、
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水分補給。
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一方、我々は堂内の不動明王に手を合わせ、
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三重塔へ移動。大日如来を拝ませていただいた後、最後に観音様にご挨拶をと、再び礼堂に戻ってみると……。
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ん? 座布団の上の物体は、もしかして……?
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古人(いにしえびと)の参詣スタイルを踏襲する猫は、夢で何を見ているのだろう。
猫が安心している理由。それは、観音様に守られているからかもしれない。
壺阪寺(南法華寺)
〒635-0102
奈良県高市郡高取町壺阪3番地
TEL:0744-52-2016
8:30〜17:00 無休
拝観料(入山料)600円(2024年3月1日以降は800円)
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。