「喝々々々々、 機に当たって、 殺活を得たり」一休│ゆかし日本、猫めぐり#30

連載|2023.7.21
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第30回は、日常のなかでハッとさせられる、一休の言葉。

「叱咤激励」

 生きていると、いろいろなことがある。

 ヤバイ!と思うことはしょっちゅうだし、

息が止まるくらいびっくりしたり、

へこんで自暴自棄になることも、ときにはある。

 そんなときは、

「喝!」。

 自分に向かって言ってみる。

 一度でダメなら何度でも。

「喝、喝、喝、喝……」。

 さ、今日もがんばろう。

「喝々々々々、
機に当たって、
殺活を得たり」

喝、喝、喝、喝、喝。
相手に応じて、
活かすも殺すも、自由自在に吐かれる臨済の喝。
――一休    (参考:別冊太陽 日本のこころ 233 『一休』)

 ボサボサの髪と無精髭、そして、ハの字に垂れ下がったゲジゲジ眉。はじめて一休の肖像画を見たとき、そのしょぼくれた風貌に面食らった。これが後世に名を残す禅僧かと。だが、次の瞬間、ジロリと斜め右を見据える目が、「そんな既成概念に囚われているようでは、まだまだ甘い」と、こちらの見識のなさを見透かされているように感じた。

 室町時代の禅僧、一休宗純が生まれたのは、数十年に及ぶ南北朝の内乱が終わって間もない、応永元(1394)年正月元日。父は当時の帝、北朝第6代の後小松天皇と言われ、一休が天皇家の血筋を引きながら、6歳で出家しなければならなかったのは、母の出自が南朝一族だったためという。南北朝時代の政治的な緊張は、当時もまだ続いていたのである。

 一休という道号を、師から授かったのは25歳のとき。その頃課されていた公案、つまり禅僧として向き合うべき課題に対し、「有漏路(うろじ=煩悩の世界)より無漏路(むろじ=悟りの境地)へ帰る一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」と、歌を作って見解を示したことがきっかけという。「人生はこの世からあの世へ帰る旅。だから旅の途中は一休みの心境で、決して慌てず、雨も降ればいいし、風も吹けばいい」。そんな意味だろうか。その後、27歳で大いなる悟りを開いたときは、師が渡そうとした印可状(悟りを得た証)を受け取らず、以後、印可そのものを徹底的に否定し続けた。師亡き後は、一所に留まらず、ときには堺などの市中の雑踏に身を置いて、放浪者のように清貧に徹したという。

 そんな一休の人物像は、数々の奇抜な言動もあり捉え難い。彼の著作『狂雲集』でも、布教活動のため、民衆に印可状を濫発する兄弟子たちを痛烈に批判し、「この狂雲子(きょううんし)一休の前で禅を語れる者はおるか(誰もおるまい)」と、己の悟道を高らかに宣言する一方、自ら酒場や売春宿に出入りする破戒ぶりを誇示。戒律を守らない破天荒な生き様を印象づけている。実人生でも、弟子には印可証明を一人も与えず、晩年に天皇の勅命で大徳寺の住持に就任したときも、寺には居住せず、住吉の行在所で盲目の女性、森女と暮らしたという。「破戒僧」、「風狂僧」と呼ばれる所以だ。その一方、可愛がっていたスズメの死に際して道号をつけ、人間と同じように葬ったなど、慈愛に満ちたエピソードも伝えられている。はたして、どれが本当の一休なのか。おそらく多くの人が抱き続けた疑問に対し、南へ行くと見せかけて北へ行くと、一休は煙に巻く。自分の本性は絶対にとらえられまいと。

 だが、その目指した禅の真髄に触れる言葉も残っている。たとえば「滅却大燈」。一見「(大徳寺を開山した)大燈国師の法を滅ぼす」という意味にとれるものの、実際は「滅宗興宗」、つまり「宗を滅することこそが宗を興す」という意味になる。形式的な嗣法を求めるのではなく、師の存在を滅却してはじめて、人は本当に目覚めることができ、真に法を興すこともできると説いているのだ。

 今月の言葉は、臨済宗の開祖、臨済惠照(僧名は義玄)の肖像画に添えられた言葉。臨済の気迫に満ちた風貌に対し、一休の書は、「喝」という、禅の極意を示すための方便としても使われたという言葉でさえ、力みやてらいがない。最晩年の遺戒には「『我こそは禅がわかっている』などと言う者がいたら、役人に突き出さなくてはならない」とまで書いた一休。嗣法という形式に頼らず、自分で動き、考え、ときに異性への性欲に狂う様子をあえて示し、人間の本質と性(さが)をあぶり出した一休は、悟りなどないことを悟れと、身を以て説こうとしていたのかもしれない。

 今週もお疲れさまでした。
 おまけの一枚。

 志は高く!(キリッ)

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

RELATED ARTICLE