猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第27回は、猫が主役(?)の神社で、たくさんの猫ちゃんと戯れます。
サンクチュアリ
長い階段の先に、猫のサンクチュアリが存在した。
徳島市八万町にある王子神社。
通称「猫神さん」と呼ばれるこのお社は、猫はもちろん、人間も懐深く受け止めてくれるおおらかさがある。
周囲は、図書館や美術館が建ち並ぶ閑静な公園。人通りもさほどなく、緑豊かな小高い山全部が遊び場という恵まれた場所で暮らす猫たちは、参道の真ん中でも警戒心ゼロ。
近寄っても動じない。
しかも、こちらの空気を察してか、自らそれとなくポーズを取った(ただし視線は微妙に逸らす)。
鳥居をくぐると、新たな猫を発見。
姿を見るや、全力で駆けてきて、
一気にそばへ。
予期せぬ歓待に、うろたえつつも喜びを隠せない撮影者が、なおもカメラを向け続けると……、
「早く! 遊ぼう!」。
待ちきれないとばかりに、ダミ声で小さく鳴いた。
一方、こちらはコトの成り行きを、少し離れたところでひっそり見ていた猫。
目が合うと、
迷うことなく近づいてきて、
取材者の足にスリスリ。
撮影者、取材者ともに猫の対応に追われ、お参りどころではなくなった。
しばらく猫とまったりし、さてようやくお参りを、と思ったら、本殿にも猫が!
さすがは「猫神さん」である。
この神社のご祭神は、天津日子根命(あまつひこねのみこと)。『古事記』や『日本書紀』にも登場する神様で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、姉の天照大御神に会いに高天原(たかまがはら)に行った際、天照大御神の両手首などに巻いてある玉飾りを受け取って、それを噛み砕き、吹き出した息の霧の中から3番目に生んだ男神とされている。この地では、土着神である根子神(ねこがみ)として、古来祀られてきたという。
ご祭神が3柱になったのは、江戸時代の「阿波の猫騒動」以後のこと。無実の罪で捕らえられたお松さんが、処刑される前に、自分に罪を被せた人たちに報復するよう愛猫のお玉に言い含め、その後次々と祟りが起こったことから、この地にお松とお玉の霊を祀ったという。つまり、猫も「お玉大明神」という立派なご祭神なのだ。
こぢんまりとした境内には、お松明神、お玉明神を祀る祠や、長い年月のうちに小石が凝結して岩石になったというさざれ石のほか、バトミントンのラケットや玉ころがし、滑り台などの遊具も。聞けば、参拝に来る子どもたちの関心を、猫から逸らすための策だという。遊具を置くことで、猫たちのストレスを軽減し、同時に、子どもたちに神社を身近に感じてもらう。そんな優しい心配りが、おおらかな空気の源にある。
ポカポカした陽気。吹き抜ける穏やかな風。境内の心地よい空気に包まれて、猫も人も、思い思いにリラックス。
木陰でお昼寝を決め込んだり、
社務所の前で参拝客を待ち伏せしたり。
こちらは木の上で高みの見物。
さっきの「甘えたさん(甘えん坊)」も、ようやく落ち着いたよう。
もっとも、撫でるとすぐにぐにゃぐにゃになり、
こちらが立ち上がると、「さあて」と準備。
何か(つまり遊び)を待つように、じっと見る。
だが、
「ごめんね。そろそろ帰らなきゃ」。
その言葉ですべてを察したよう。
「バイバイ」。
少し歩いては振り返り、
手を振ってはまた歩く。
最後は長い階段でお別れ。
今日はありがとう。
早く大きくなって、立派な猫になってね。
王子神社
徳島県八万町文化の森
Tel:088-668-6915
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。