空前絶後の贅沢空間で追う、「トーハク」の150年
東京国立博物館(トーハク)は、今年(2022年)、創立150年を迎えた。
1872(明治5)年「文部省博物館」として発足して以来、激動の時代とともに文化財の保存と公開を使命に、日本でもっとも長い歴史を持つ博物館としてその役割を果たしてきた。そして現在も日本の文化を世界に発信し、未来へと継承していく国を代表する施設として活動を続けている。
この大きな節目を記念して、東京国立博物館創立150年記念 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」が始まった。
150年の間に収蔵された作品は約12万件。
膨大な所蔵品のうち、国宝に指定されている89件すべてが展示されるという、史上初の奇跡的な内容だ(期間中展示替えあり)。
これらの名品とともに、明治から令和に至る150年間の歩みを関連資料も交えた約150件でたどる、まさに東京国立博物館の全貌が紹介される。
展示は2部構成。
まずは第1部「東京国立博物館の国宝」の空間で、その底力を魅せる。
第2部「東京国立博物館の150年」では、博物館としてスタートした1872年から現在に至る150年間を3期に分け、それぞれの時代に収蔵された作品や関連する資料で歩みを追う。
第1部 東京国立博物館の国宝
2022年10月現在、国宝に指定されている美術工芸品は902件。同館はそのうちの89件を所蔵。ほぼ1割を占める国内最大の国宝コレクションを誇る。(ちなみに重要文化財は648件を所蔵)
これらが、「絵画」「書跡」「東洋絵画」「東洋書跡」「法隆寺献納宝物」「考古」「漆工」「刀剣」の8つのジャンルで紹介される。
いずれも教科書や切手などで見たことのある、あるいは広告や現代美術にも応用されたイメージとして記憶にある“超有名作品”ばかり。
日本美術にあまりなじみのない方には絶好の入門の機会となり、ファンには新たな名品の発見や新しい魅力を見いだせる嬉しい空間だ。
なかでも日本最多である19件の国宝刀剣のコレクションが展示室のひとつを占めて通期で紹介される。機能美の鋼の輝きが、妖しく豪華な宇宙的とすらいえる雰囲気を醸し、見どころのひとつ。
期間中展示替えは3回、全4期で構成される。その一覧は展覧会公式ホームページでも公開されているので、見たいものをチェックしよう。もちろん4期ともに通えば、東京国立博物館の国宝をコンプリートできる。「東博国宝博士認定書」がもらえるスタンプラリーも開催されているので、この機にチャレンジしてみるのもおススメだ。
以下、いくつかの作品を第1期の展示空間とともに紹介しよう。
「絵画」
第1期展示風景から
東京国立博物館蔵
展示期間:10月18日~11月13日
密教において、諸毒や災難を払い、息災、増益、請雨を祈る孔雀教法の本尊。現存のなかではもっとも繊細優美で平安時代を代表する一作とされるもの。井上馨旧蔵で、原三渓が入手、美術コレクターとして名を知られるきっかけとなった作品。
展示期間:10月18日~11月13日
南宋画に学び、やがて独自の水墨の表現を確立した雪舟の代表作のひとつ。切手のデザインでご記憶の方も多いだろう。右幅の整った画面構成と、左幅の激しい筆致の違いを楽しんで。どのような目途で描かれたのか、現在も研究者の間で諸説あるそうだ。1936(昭和11)年に京都・曼殊院により購入された由来を持つ。
展示期間:11月15日~12月11日
桃山時代から江戸初期に活躍した岩佐又兵衛による京の市中と郊外を描いた本図は、狩野永徳による一作と並ぶ、洛中洛外図の代表作である。永徳作に比して、祇園祭に沸く人々の姿や歌舞伎小屋の様子など、その喧騒が聞こえてきそうな活き活きとした画面は「浮世又兵衛」の面目躍如といえる。ぜひじっくりと!
「書跡」
第1期展示風景から
※会期中、展示場面変更あり
日本製の唐紙に唐草文の雲母(きら)摺りがほどこされた美しい料紙を継いで、そこに流麗な筆で古今和歌集の歌が書き連ねられた和歌巻は、『古今和歌集』の仮名序と全20巻を収めた現存最古の遺品とされるもの。平安王朝文化の精華、ぜひ料紙と筆の美の競演を堪能して。
「東洋絵画」「東洋書跡」
第1期展示風景から
展示期間:10月18日~11月13日
古来中国では芙蓉は富裕を示す花として愛されてきた。こちらは1日のうちで白から紅へと色を変える酔芙蓉を描いたものだそうだ。ふたつの画で、朝から夕へ、そして蕾がほころんで咲き誇るまでの時の移り変わりをも表す。花弁には絹の裏表両方から繊細なグラデーションが付けられているそうだ。
展示期間:11月15日~12月11日
元の士大夫(科挙の官僚)が日本の僧に与えた一幅で、自作の七言絶句三首を書写している。馮子振は博学多才で知られた文人で、彼の書は元に学んだ日本の僧たちに好まれて、禅僧の墨蹟と同様に珍重されたという。無隠元晦は豊前出身の、のちに建仁寺、南禅寺住持を歴任した禅僧。
「法隆寺献納宝物」
法隆寺献納宝物 展示風景から
東京国立博物館蔵
竜を象り、身に四頭の有翼馬をあしらった、優美な曲線を持つ水瓶は、聖徳太子ゆかりの宝器との伝承から、古代金工の代表作として知られているもの。近年の調査で、下部台脚は19世紀末ごろに補修が行われていたことなどが分かったという。器頭の竜の眼にはガラス玉が嵌められている。ぜひ近くで確認を!
展示風景から
「考古」
トーハクのアイコンのひとつとしても知られている武人を象った埴輪。これほどに完全武装した姿のものは他に類例がなく、写実的な表現も突出しており、美術的にも価値の高いものとされる。モデルはかなり身分の高い人物であったようだ。
展示風景から
手前は「扁平鈕式銅鐸」 伝香川県出土 弥生時代・前2~前1世紀 東京国立博物館蔵
「漆工」
展示期間:11月15日~12月11日
『伊勢物語』の「八橋」の段にちなんだ意匠の光琳による硯箱。黒漆地に金の平蒔絵で燕子花の葉を、鮑貝の螺鈿(らでん)で花を表し、蓋表の中央に銀の金貝で橋げたを大胆に配する。斬新なデザインは伝統的な蒔絵の技法に新しい表現をもたらした光琳ならでは。
右:国宝 片輪車螺鈿手箱 鎌倉時代・13世紀
東京国立博物館蔵
展示期間:10月18日~11月13日(展示から)
沃懸地(いかけじ)に、線描きで流水を、螺鈿で片輪車文を表す。平安時代の風物詩である片輪車のモティーフを、細かい金粉によるまばゆい金の地と螺鈿の細やかな細工で魅せる。蒔絵技法が進んだ鎌倉時代の技術の高さを示す一作。
「刀剣」
展示風景から
東京国立博物館蔵 渡邊誠一郎氏寄贈
宗近は日本刀成立期の名工のひとりで、京・三条で作刀したと伝えられることから「三条小鍛冶」といわれた。本作は「三条」銘の代表作で、「三日月」の号は刃文に三日月形の打のけ(焼入れの際に刃に現れる刃文)が多くみられることに由来するのだとか。『享保名物帳』にも所載の名物で、古来、天下五剣のひとつと数えられる名刀。豊臣秀吉の正室高台院の遺物として徳川秀忠に贈られて、徳川将軍家に伝来したもの。
第2部 東京国立博物館の150年
ここでは、「第1章 博物館の誕生」(1872-1885)、「第2章 皇室と博物館」(1886-1946)、「第3章 新たな博物館へ」(1947-2022)とし、主に所管の移行を機とする3章立てでその歩みを追っていく。
1872(明治5)年、博物館として産声を上げたのは、現在の上野ではなく、旧湯島聖堂の大成殿。「文部省博物館」の名称で、所管は文部省だった。
明治の時代に入り、近代国家として国際デビューを果たした日本にとって、内外に高い文化水準を示し、啓蒙していく必要から、日本の美術、博物の歴史の編纂と発信が急がれた。
それは同時に急速な西洋化のなかで、ないがしろにされつつあった日本の文化財を守ることでもあり、美術・博物に加え、植物や動物といった自然科学、文書などの図書館を備えた総合博物館が構想される。
美術工芸品に加えて、動物の剝製や全国から集められた多様なものがぎゅうぎゅうに並べられた館内は、はじめは多分に見世物的な好奇の関心で話題になったようだ。
本展では、その際に最も人気のあった名古屋城の金鯱(きんしゃち)の実物大レプリカが展示され、「博物館」の扁額などと併せて、当時の雰囲気が体感できる。
東京国立博物館蔵
明治5年の湯島聖堂博覧会において評判となった作品を集めて描いたもの。作者は三代歌川豊国の門弟で、江戸時代末期から明治時代初期に「開化絵」で知られた浮世絵師。中央には名古屋城の天守閣の金鯱が描かれ、特に人気を博したことを感じさせる。奥ゆきを持った陳列棚には、書画骨董から動物の剝製、骨格標本、着物に武具や楽器まで、まさに「珍品」の博覧で楽しい。
第1章 博物館の誕生 展示風景から
このほか、鎌倉時代の楽器や舞楽面、安土桃山時代の武具、江戸時代の調度に、明治期の砲弾や輸出品として推奨された工芸品などのセレクトが時代を感じさせるだろう。
その様子を伝えたのは、河鍋暁斎や歌川広重(三代)などの絵師による浮世絵だ。文明開化の逆風の中で、生き残りをかけた浮世絵師たちは、錦絵の持つニュース性という特性を活かして、当時の新聞の役割を担っていく。
第1章 博物館の誕生 展示風景から
1875(明治8)年には内務省所管となり、陳列されるジャンルは、工芸、芸術、史伝、教育、法教といった文化的なものと並び、天産、農業山林、陸海軍部という産業、軍事が加わった8部門とされ、「殖産興業」「富国強兵」の国策に沿ったものになる。
1881(明治14)年に、お雇い外国人ジョサイア・コンドル設計の建物が上野公園内に竣工、現在の地にて第2回内国勧業博覧会の会場として利用され、翌年博物館として開館した。
1886(明治19)年に博物館の所管は宮内省に移り、3年後に「帝国博物館」、さらに11年後には「東京帝室博物館」と改称され、日本の文化的象徴であり、皇室の宝物を守る美の殿堂と位置付けられて、歴史・美術博物館としての性格を強めていく。
この時代は、関東大震災による本館の損壊と現在の建物への復興、自然史関係の収蔵品の東京科学博物館(現・国立科学博物館)への移管にはじまり、戦時下の文化財の疎開、空襲激化による美術館の閉鎖など、激動の時代を潜り抜けながら、収蔵品の整理や調査研究の充実が図られ、いまに続く博物館活動の基礎が整えられた。
「帝室博物館」の門標にはじまる第2章では、江戸時代の鳳輦(ほうれん:天皇が乗る輿)や飛香舎調度、明治時代の赤坂離宮を飾った渡辺省亭・荒木寛畝による花鳥図の画帖など、皇室ゆかりの文物に、三代安本亀八による生人形、日本に初めてやって来たキリンの剝製など、多様多彩な収蔵品が楽しめる。
第2章 皇室と博物館 展示風景から
第2章 皇室と博物館 展示風景から
1907(明治40)年に雌雄2頭のキリンが初めて生きたままドイツからやって来る。上野動物園で飼育、公開され話題となるが、日本の冬の厳しさに設備の不備もあって翌年には2頭とも死亡したため、剝製標本にして博物館に収蔵された。現在残っているのは雄の「ファンジ」のみ(雌の名は「グレー」)で、日本でつくられた大型哺乳類の剝製標本としては現存最古級のものという。このたびほぼ1世紀ぶりに国立科学博物館からトーハクの空間に展示される。
この頃、実業家・松方幸次郎が買い戻した豊かな浮世絵コレクションも同館にもたらされた。
じつは世界に誇る点数と内容を持つ、これら浮世絵の精華もここで確認できるだろう。
江戸時代・寛政6年(1794)東京国立博物館蔵
展示期間:10月18日~11月13日
右:第1期の展示風景
川崎造船所初代社長の松方幸次郎は美術コレクターとしても知られる。国立西洋美術館の礎を築いたことで有名だが、実は浮世絵の海外流失を憂い、多くを買い戻してもいる。彼の一大浮世絵コレクションは8000点におよび、1944(昭和19)年に東京帝室博物館にもたらされた。なかでも彗星のごとく現れて消えた謎の絵師・写楽のコレクションは、初期代表作から第4期までに分類される彼の全期の作品が揃い、世界に誇る充実の内容なのだそうだ。会期を通じて主要な浮世絵師の代表作が紹介される。
戦後、1947(昭和22)年に宮内省から文部省に移管され、「国立博物館」に改称、国民の博物館として新しいスタートを切る(5年後に「東京国立博物館」に改称)。1968(昭和43)年には文化庁の所管、2001(平成13)年に独立行政法人化して現代に至る。その間に、法隆寺宝物館、東洋館、黒田記念館など、組織・施設の改変、増改築を重ねて、変わらず文化財の収集保存、展示公開、調査研究とその成果の反映に努めてきた。
戦後、多くの名品の購入や寄贈により、コレクションが充実していくとともに、大規模な特別展も恒常的に開催された。なかでも1965年のツタンカーメン展は129万人を動員し、1974(昭和49)年のモナ・リザ展の151万人の入館者数に次ぐ、記録として残っている。
「国立博物館」門標と、現代美術家・岡本太郎がその美を再発見した縄文時代の遮光器土偶からはじまる最終章では、飛鳥時代の仏教彫刻「摩耶夫人および天人像」や鎌倉期の肖像彫刻「伝源頼朝坐像」に、毛利家に伝来した安土桃山時代の縫箔(着物)、尾形光琳の「風神雷神図屛風」(後半は裏面だった酒井抱一の「夏秋草図屛風」)から岸田劉生の「麗子微笑」まで、戦争の反省と痛みを超えて、文化を絶やすことなく守り、集め、伝えてきた同館の姿が示される。
第3章 新たな博物館へ 展示風景から
第3章 新たな博物館へ 展示風景から
それは、令和に入ってからの新収蔵品である「金剛力士立像」の力強さに重ねられ、未来へとつないでいく宣言の空間にもなっている。
東京国立博物館蔵
令和に入ってから収蔵された巨大な阿吽像は、かつては滋賀・蓮台寺の仁王門に安置されていたが、1934(昭和9)年の室戸台風で門が倒壊、大破した部材のまま保管されていたものだそうだ。1963(昭和38)年に購入した公益財団法人美術院が、近年約2年をかけて修理し、このたびの収蔵となった。トーハクでの初お披露目となる勇壮な2躰は、照明がつくる影とともに迫力満点。
東京国立博物館蔵
展示期間:10月18日~11月13日(11月15日〜12月11日は複製を展示)
教科書や切手、テレビコマーシャルなどでもおなじみの師宣の代表作。当時の流行の装いをした女性像は、浮世絵の始まりを示す作品としても知られている。1889(明治22)年に帝国博物館が旧博物館から引き継いだ初期コレクションのひとつ。鮮やかな紅綸子に金糸の刺繡がほどこされた豪華な振袖の女性がふと振り返りつつ、出口で見送ってくれる。
空前の名品たちで彩られた豪華絢爛かつ記念的空間。
そこには、その作品たちが持つ由来や歴史とともに、わたしたちが時代とともに積み重ね、書き換えていく意義や評価という、大きな「文化」のうねりが浮かび上がる。
美の殿堂は一朝一夕では成り立たない。
150年という時間が集め、継承してきた、約3000年におよぶ時空をはらむ文物たち。
その美と魅力をさらに100年、1000年とつないでいくのは、美術館や博物館の役割だけではなく、見る者の想いであることも考えたい。
展覧会概要
東京国立博物館創立150年記念 特別展
「国宝 東京国立博物館のすべて」 東京国立博物館 平成館
事前予約制(日時指定)です。
新型コロナウイルス感染症の状況により会期、開館時間等が
変更になる場合がありますので、必ず事前に展覧会ホームページで確認ください。
会 期:2022年10月18日(火)~12月11日(日)
開館時間:9:30‐17:00 ※金・土曜日は20:00まで(総合文化展は17:00閉館。
入館は閉館の30分前まで)
休 室 日:月曜
入 館 料:一般2,000円、大学生1,200円、高校生900円
中学生以下は無料
障がい者と介護者1名は無料。事前予約も不要(証明書提示)
問 合 せ:050-5541-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト https://tohaku150th.jp/