2020年、94歳で亡くなった安野光雅。絵本デビュー作『ふしぎなえ』をはじめ、文字のかたちから楽しめる『ABCの本――へそまがりのアルファベット』や世界を逍遥できる『旅の絵本』など、世界的にも評価される、日本を代表する絵本作家であるのみならず、司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿画や松岡和子個人全訳『シェイクスピア全集』の表紙など、多くの挿画や表紙も手がけ、著作も多数。画家・絵本作家・著述家の安野が遺した膨大な、ほんとうに膨大な作品は、安野ファンならずとも、知らず知らずのうちに、少なくとも一冊が、あなたの書庫にも入っているにちがいない。
繊細な色と線で細部まで描かれた絵は、ときにユーモラスに、ときにどこか懐かしく、マクロとミクロ、リアルとイマジネーションの間を縦横無尽に飛び回る。そして、それらはいつもやさしい。悲しみも苦しみも厳しさも、すべてを含んだ本当の意味でのやさしさだ。だからこそ、多くの人を魅了し、世代を超えて愛されているのだろう。


2026年は安野の生誕100年にあたる。1926年、大正15年(昭和元年)に島根県津和野に生まれた安野は、まさに昭和史とともに人生を刻んできた。
幼いころから絵を描くことが好きだったが、10代を戦争体制下に過ごし、繰り上げ召集により19歳で初年兵として香川県で終戦を迎える。戦後は代用教員を経て教員資格を取り、1950年に上京、小学校の図画工作科教員として勤める。この時、山手線で東京を一周し、一面焼け野原の風景にショックを受けるとともに、どこでもスタートラインは一緒だと気持ちをリセットしたという。戦後の出版ラッシュのなか、むさぼるように本を読み漁り、教師として働くかたわらで絵を描いたり、挿絵の仕事を受けるようになっていく。
やがて作画の仕事の比重が高まり、1961年、画家として独立。68年に文章のない絵本『ふしぎなえ』で絵本作家としてデビューし、以後、画家、絵本作家、装幀家、著述家として幅広く活躍していく。
安野の才のひとつに優れた記憶力が挙げられよう。父に内緒で母が買ってくれた『少年倶楽部』の一冊、津和野での小学校の先生や隣人、幼馴染の人々の名前など、出会ったひと、もの、ことをとても丁寧に心に刻んでいる。それは、柔らかい感受性が受け止めた感動を生涯大切にしていたことをものがたる。豊かな自然の美しさ、小さな植物の驚異、そして人間の営みと生み出すもの、どれもが安野にとっては、かけがえのない美として享受されてきたのだ。そのみずみずしい感性が、彼の作品の源泉だ。

安野のまなざしは、科学や数学にも注がれる。わたしたちは、文学や芸術と科学を二項対立的に位置づけがちだが、彼は、あっさりとその領域を飛び越える。
「科学も文学も同じ人間のすること」という安野は、「知識」を増やすことよりも、そこに感動し、「説明はできなくてもわかるような気がする」ことを重視する。これが安野のいう「インタレスト」だ。学ぶことは“インポータント”ではなく“インタレスト”だよ、とパリで会ったオーストリア人に言われたことで、自身の独学の意義に言葉を見出した安野は、このインタレストを貫いて、自分の興味のおもむくままに幅広い分野を渉猟し、古今東西に、(歴史上の人物も含めた)多くの知己を得て、その楽しさを絵本にしていった。



自らを「へそまがり」「ゲリラ」という安野は、それでも学問を軽視してはいない。「大学も行けるなら行った方がよい」という彼の言葉には、戦争によって叶わなかった自身の空白の時代への想いも含まれているのだろう。ただ、そこで独学を続けること、自分でやることを見つけることの大切さを訴える。
そこには先達や専門分野への深い敬意がある。世界的にも評価の高い『天動説の絵本』では、地動説が認められるまでに多くの人がたどった苦難の歴史を思い、「『地球は丸くて動く』などと、なんの感動もなしに軽がるしく言ってもらっては困る」とあとがきに残している。

絵本だからといって子ども向けと大人向けを意識していない。安野にとって、「絵を描くことが仕事であり、仕事にしたのは好きだから」だ。そこで活きるのがインタレストと空想だ。
1963年、37歳の時に初めてヨーロッパ旅行に出かける。以後、100回以上にわたり、世界各地を巡り、そこで見たもの、触れたもの、感じたものを絵にしていく。初回こそツアーだったものの、以後は独り、車を借りてあてずっぽうに走る。迷うこともしばしば(本人はこういうものが見られてよかったから迷ってはいない、らしい)。すべては絵を描くための旅なのに、なぜか見てきた風景や撮った写真と、スケッチが重ならないという。
古典文学を翻訳した『繪本 シェイクスピア劇場』や『繪本 平家物語』、『繪本 三國志』なども、物語に即した挿絵にとどまらず、現代に生きる安野の感性と、彼の想像が活かされている。『繪本 即興詩人』では、「わたしの本を見て『即興詩人』をよんだような気になられたら困ります」とさえ。
それこそが、安野の豊かな想像力・空想力の作用であり、その作品は、唯一無二の魅力を放つのだ。


こうして生み出されたのが、全10巻(最後の巻は没後に刊行)におよぶ『旅の絵本』だ。ここには、安野が旅した各地の人々の暮らしから、その歴史や物語が描かれている。文章はない。読み手は、安野の歩いた道程をたどりながら、自身の経験を重ねて、自分だけの物語を紡ぐのだ。そして繰り返し開くことで、この絵本は都度新たな発見や新しい物語を見せてくれるはずだ。


わからなくてもいい、わからないことがあることを楽しもう。
語れなくてもいい、何かを感じてそれを自分の興味として胸に抱ければ。
安野の絵は、絵本は、そんなメッセージを伝えてくれる。ちょっとへそまがりなユーモアと、万物への愛情をスパイスにして。
「自由」とは、聞きなれた言葉でありながら、実はとても難しい。しかし、安野光雅のまなざしとその作品は、まさに精神の「自由」を感じさせてくれる。

そんな安野の美しい絵と世界観を体感できる展覧会「生誕100周年記念 安野光雅展」が、3月4日から東京・立川のPLAY! MUSEUMで開催予定だ。

生誕100周年を記念した内容は、自らを「空想犯」と呼んだ安野の初期三部作『ふしぎなえ』『さかさま』『ふしぎなさーかす』の貴重な原画や、『旅の絵本』シリーズのなかでも特に情景が美しいとされる「イギリス編」の原画が全点展示されるという。
さらに、膨大な安野の作品をテーマごとにセレクト、構成した「絵画館」が出現する。その画力や表現力に注目して厳選された作品に改めて「絵画」としてアプローチしたら、新しい魅力に出会えるかもしれない。
そして同館ならではの体験型展示として、安野が描いた不思議な世界を会場に再現。絵本の中に入り込んだような気分を味わえるだろう。
また、片桐仁や安野モヨコ、ナカムラクニオなど、安野から影響を受けた現代のクリエイターたちが、安野から受け取ったこと、そして未来へと語り継ぐビデオメッセージ「先生へ」は、きっとわたしたちが次世代へとつないでいくことへの示唆をくれるはずだ。
オリジナルグッズも充実。併設のPLAY! CAFEでも安野の絵本にちなんだオリジナルメニューが楽しめる。
世代を超えて、だれもが楽しめる空間。家族で、友人と、カップルで、あるいはひとりでじっくりとたずねてみてはいかがだろうか。

*記事内で紹介した作品はすべて本展出品予定です

展覧会情報
生誕100周年記念 安野光雅展
PLAY! MUSEUM(東京・立川)
会 期: 2023年3月4日(水)~5月10日(日)
開場時間: 10:00‐17:00、土日祝は18:00まで
※入場は閉場の30分前まで
休 場 日:会期中無休
観 覧 料:一般1,800円、大学生1,200円、高校生1,000円、中・小学生600円
土日祝および混雑が予想される日はオンラインによる日時指定券を販売
公式ホームページ https://play2020.jp/article/anno/

おすすめ書籍
別冊太陽 日本のこころ『安野光雅の本』(平凡社、2016年、2530円(税込))
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安野の卒寿記念に刊行された一冊。主要な作品をジャンル別に著者の言葉とともに紹介。交流のあった人々とのエピソードを書き下ろしたコラム、アンノ語録、インタビュー記事や本人の言葉も入った年譜も充実。安野の多彩な創作を人となりとともに追える。
