渋沢栄一と五島慶太がつくった理想の都市と沿線
世田谷美術館の「企業と美術シリーズ」第5回目として、地元にふさわしく「東急」グループの歴史をひもとく展覧会が開かれている。
「高級住宅地」というイメージの東急沿線開発の源流は、渋沢栄一が1918年に設立した田園都市株式会社にさかのぼる。そして田園調布付近の住宅地と都心を結ぶための鉄道事業を担ったのが東急の創業者の五島慶太だった。
自然との調和を理想とした田園都市として、戦前の沿線名所案内には、多摩川が水浴場で、周辺はハイキングができる野山が広がる行楽地風の様子が見て取れる。
そこから戦後にターミナル駅の渋谷を軸に高度な都市開発へと進み、文化事業を発展させていく企業の姿が、本展を通して繰り広げられている。
第1章 暮らしの時を運ぶ—東急の輸送事業
まず会場入り口で、東急電鉄や東急バスの職員や所長の制服姿のマネキンたちに出迎えられ、第1章のスペースに入ると東急100年の歴史年表が壁一面ぐるりとめぐらされている。さらに、さまざまな沿線案内パンフレット、記念乗車券、スタンプ帳、往年の車両模型、戦前の駅の模型などが並んでおり、乗り物ファンにとって魅力的なゾーンとなっている。切符に馴染んだ世代は、「七・七・七記念入場券」という平成7年7月7日にちなんだ七福神のセットなどのコレクターアイテムにグッとくるだろう。
第2章 街の時を拓く—東急の街づくり
このゾーンでは、東急が社会に果たしてきた街づくりの歴史が紹介されている。
1922年(大正11年)に洗足田園都市の分譲が開始された頃から、いわゆる文化住宅とその生活様式がめばえ、都市生活者らしいライフスタイルを東急がリードしていった。
戦前の住宅団地計画として、建築家の蔵田周忠(くらたちかただ・1895-1966)の住宅模型が展示されている。
蔵田は日本最初の建築運動を起こしたといわれる「分離派建築会」に参加し、1930年にワイマール共和制時代のドイツに渡り、バウハウスやモダニズムを見聞した。その経験を経て、等々力(東横)ジードルンクを構想し、ブルーノ・タウトの援助を求めて計画を推進したが、この住宅団地の進展は芳しくなかった。
本展では等々力ジードルンクの模型と、1935年頃に4棟建てた住宅の一つ「古仁所(こにしょ)邸」模型が展示されている。日本のモダニズム建築の先駆けといえる古仁所邸は資料だけでも第一級の建築作品としての魅力を伝えている。
また、戦後に東京の急激な人口膨張が社会問題となるなかで、多摩丘陵の壮大な田園都市開発が構想され、段階的に街づくりが推進されていった過程も紹介されている。
その一例として、建築家の内井昭蔵(1933-2002)が東急からの設計以来により手がけた「桜台ビレジ」などの集合住宅の設計図と外観写真が展示されている。
日本の高度成長期、郊外に田園都市が次々と開発されるとともに新しい路線が開通し、東京の都市コミュニティーの輪が加速的に広がっていった様子がわかる。
第3章 沿線に寄り添う創造—東急沿線に居住した美術家たち
ここでは、エリアごとに世田谷線、田園都市線、大井町線、目黒線、東横線の各沿線に居住してきた作家たちの作品が展示されている。世田谷区は全国的に見ても文化的なクリエイションに関わる人々が集中している地域といえよう。
展示室には、ゆかりの作家たちの絵画作品や彫刻、家具、工芸品が一堂に集められ、その周りに文学者らが綴った沿線の地を描写した文章が掲げられている。それらを見渡していると、さまざまな時代や風土の記憶がよみがえってくるように感じられる。
その終盤に「それぞれの渋谷」というテーマで、戦前と戦後の渋谷の写真が並んでいる。桑原甲子雄の「渋谷駅前〈夢の町〉」(1936年)は人々が帽子と外出着姿で行き来する情景が映画の一場面のようにも見え、石川直樹の「STREETS ARE MINE」(2020-2021)はカラフルで幻想的なアニメーションのように見える。渋谷は、郊外かつ遠方から人々が寄り集まってくるターミナルとして、つねに変貌する街であり続けるだろう。
第4章 文化を拓き、育てる—東急の文化的社会貢献
東急の文化的社会貢献を多面的に紹介するゾーンは、本展のアーカイヴ的構成の中でも身近で興味深い分野である。
かなり多岐にわたっているので、一部挙げてみるが、あの思い出深い「天文博物館五島プラネタリウム」がある。東急文化会館の8階にあったプラネタリウムは多くのファンに惜しまれつつ2001年(平成13年)に閉館した。日本有数の天文学の教育普及施設であり、渋谷の真ん中で星空を楽しめるということで女性にも人気の場所だった。
また、埋もれた記憶遺産ともいえる「多摩川スピードウェイ」が紹介されている。アジアで最初の常設サーキットとして、1936年(昭和11年)に川崎市中原区の多摩川河川敷に開設された。戦時期の中断をはさみながら、さまざまなレースが開催されたが1950年代初頭にサーキットは廃止。今回、個人が保存していたスクラップブックやリーフレットなどの貴重な資料により紹介されている。
そして、会場出口へ向かうアプローチには、渋谷の複合文化施設Bunkamuraで行われた代表的なプログラムのポスターがずらりと並んでいて壮観だった。
1989年(平成元年)に渋谷に誕生したBunkamuraは、コンサートホール、劇場、美術館、映画館の各施設を擁して、国内外の優れた文化・芸術を発信する拠点としての役割を果たしてきた。
現在、Bunkamuraはオーチャードホールを除き、2027年まで休館中。展示されたポスター群から平成の世を彩った数々の名演の感動を噛みしめつつ、再開するBunkamuraの新時代へのアプローチに期待が膨らんでくる。
本展は東急の100年の歩みとともに、日本の近代から現在まで企業と連動してきた暮らしと文化の流れを俯瞰する絶好の機会といえよう。
展覧会概要
「東急 暮らしと街の文化——100年の時を拓く」
東京・世田谷美術館
会期:2024年11月30日(土)〜2025年2月2日(日)
開館時間:10:00-18:00(入館は17時30分まで)
休館日:毎週月曜日(ただし1月13日は開館・14日は休館)、12月29日〜1月3日
観覧料:一般1,400円、65歳以上1,200円、高校・大学生800円、小・中学生500円、未就学児は無料
*障がい者の方は500円、ただし小中高大専門学校生の障害者は無料(要証明書)。介助者(当該障害者1名につき1名)は無料
問合せ:ハローダイヤル050-5541-8600
公式ホームページ:https://www.setagayaartmuseum.or.jp/