『行列』(版画、1962年)大成建設所蔵

特別展 大成建設コレクション

「もうひとりのル・コルビュジエ
——絵画をめぐって」 大倉集古館

アート|2024.7.8
エディター・竹内清乃

20世紀を代表する偉大な建築家、ル・コルビュジエはもともと画家を目指したアーティストだった。その情熱は建築家として成功してからも衰えず、生涯にわたって絵画を制作し、さらに壁画や彫刻、タピスリーなど多彩な美術作品に挑み続けていた。
東京都港区の大倉集古館で開催中の特別展「もうひとりのル・コルビュジエ——絵画をめぐって」は、世界有数の所蔵作品を誇る大成建設ル・コルビュジエ・コレクションの中から約130点を展示したもので、これだけまとまって公開されるのはおよそ30年ぶりのことという。日本ではあまり知られていなかったル・コルビュジエの画業をはじめとした表現者としての世界を探訪してみよう。

〈コンポジション〉(素描、1963年)大成建設所蔵

初期の逞しい女性たちをテーマにした作品

ル・コルビュジエにとって絵画の制作は創作活動の中でも特別な意味を持っていたというが、伝記の中で以下のように語っていることでも明らかだ。

「私の探究や知的生産の根底の秘密は絶え間ない絵画実践のなかにあるのです」(『ル・コルビュジエみずから語る生涯』中央公論美術出版より)

スイスの地元の美術学校で装飾工芸を学んでいたル・コルビュジエ(本名シャルル・エドゥアール・ジャンヌレ)はパリに拠点を移して、画家アメデ・オザンファンと知り合い、共同して幾何学的なモチーフによる「ピュリスム」という理論を提唱した。それがル・コルビュジエの絵画表現としての出発点であり、美術史的にも高い評価を受けている。
1910年代後半から20年代まで、「ピュリスム」を展開したコルビュジエの絵画は、1920年代末より女性が中心的なテーマになる。その中に「黒いビーナス」と呼ばれた大スターのジョセフィン・ベーカーを描いた作品がある。コルビュジエは南米に講演旅行に行った帰りの船でベーカーと乗り合わせ、彼女に夢中になってスケッチを描いているが、交流が長く続くことはなかったようである。
この頃から30年代初めにかけて、逞しい女性たちの姿が描かれていて、中にはレスリングをしている場面もあり、ル・コルビュジエが肉体とスポーツとの力感に並々ならぬ興味を持っていたことがうかがえる。

ル・コルビュジエがつくりだした象徴的なモチーフ

本展を監修した大成建設ギャルリー・タイセイ主任学芸員の林美佐氏は次のように語っている。「1930年代からル・コルビュジエは画壇から離れ、自分の好きなように描いています。第二次大戦後の作品では自らつくりだした象徴的なモチーフで物語を紡ぎ出しています」
ル・コルビュジエがつくりだしたオリジナルキャラクターとして林美佐氏は「翼の生えた一角獣」に注目している。一角獣には翼はなく、翼があるのは天馬ペガサスだが角はない。そして一角獣は男性的なキャラクターなのだが、絵の中のキャラクターは女性の胸を持つ。また翼を持つ山羊の「バフォメット」という悪魔のイメージも織り交ぜられた、じつに多義的な存在なのだ。〈女と手〉(1948-49)や〈あなたの手の中に私の翼を握ってください〉(1946)などの作品の、翼を休めて大きな手に支えられるように描かれたキャラクターをル・コルビュジエは「Von」と呼んだ。これは妻イヴォンヌの愛称で、彼にとってミューズのような存在を示しているともいえよう。
このようにメタモルフォーゼした新しいモチーフを生み出すル・コルビュジエの創造力は、カンヴァスだけではなく、壁画やタピストリー、彫刻の表現や建築のフォルムをふくめた「総合芸術」に結びついていた。
ル・コルビュジエの象徴的モチーフといえば、インド・チャンディガールのモニュメント「開いた手」を思い出すだろう。開いている手はあらゆるものを受け取り、あらゆるものを与えるためのものであり、人類の統一、調和のシンボルであった。この「開いた手」のモニュメントはル・コルビュジエの存命中には出来上がらなかったが、その遺志を継いで没後20年を経て1986年に完成した。

〈女と手〉(素描、1948-49年)大成建設所蔵
〈チャンディガール〉(素描、1951年)大成建設所蔵

タピスリーと家具

会場内でひときわ目をひくのは見事なタピスリーだろう。ル・コルビュジエはタピスリーに「壁画」としての意味を求め、大型の絵画で建築の間仕切りができるというコンセプトで「遊牧民の壁」と呼んでいた。そのためタピスリーは大判で、モデュロールの寸法に従って織られた。「モデュロール」とは、ル・コルビュジエが研究を重ねて編み出した尺度で、183センチの人間の身長を基準とした人体の各部位までの高さの数値を黄金比をもとに割り出した寸法である。この数値の組み合わせで作られる建築空間は人間にとって居心地のよさを感じられるということである。展示作品の〈奇妙な鳥と牝牛〉は、ロスチャイルド家の親族であるレオン・ラベール男爵旧蔵のタペスリーである。
また、立体作品として代表的な家具も展示されている。ル・コルビジュエは再従弟(はとこ)のピエール・ジャンヌレ、女性デザイナーのシャルロット・ペリアンと協働して一連の家具を制作した。これらは人体の動きを考慮した機能性的かつ美しい家具として人気を博した。

〈奇妙な鳥と牝牛〉(タピスリー、1957年)大成建設所蔵
家具が展示されたスペース。C.ペリアン、P.ジャンヌレ、ル・コルビュジエ共作による椅子。いずれも1928年制作のオリジナル。大成建設所蔵

美と調和への理想を持ち続けたアーティスト

このほかにも本展の「グラフィックな表現」のコーナーでは『直角の詩』(1947-53制作)や『行列』(1960制作)『二つの間に』(1957-64制作)などのリトグラフによる版画集の原画や資料が展示され、個展のポスター、そして自ら執筆した書籍などを紹介している。

展覧会場を一巡し、建築の巨匠としてのル・コルビジュエの人物像に新たな魅力がアップグレードされた。特に絵画作品を通して、プリミティブな物語を夢見ながら数学的な見地に基づいて調和を創り出すことをモットーにしていた純粋な姿に感銘を受けた。
建築家として、7か国にある17資産がユネスコの世界文化遺産に登録されるというかけ離れた偉業を成し遂げながら、その原動力として多彩な創作活動を繰り広げていく才能と熱量は比類がない。まさに強靭な精神力と美に対する理想を生涯持ち続けていた最高のアーティストだったといえよう。
ル・コルビジュエが世を去って来年で60年となるが、まだ見るたびに多くの発見があり、その知的生産の業績の根底まで見通すことはかなわないだろう。

「グラフィックな表現」のコーナーの『直角の詩』のリトグラフとポスターの展示風景
『直角の詩』(版画、1955年)大成建設所蔵

展覧会概要

特別展 大成建設コレクション
「もうひとりのル・コルビュジエ——絵画をめぐって」

東京 大倉集古館
会期:2024年6月25日(火)〜 8月12日(月・祝)
開催時間:10:00-17:00(入館は16:30まで)、金曜日は19:00まで開館(入館は18:30まで)
休館日:毎週月曜日(休日の場合は翌火曜日)
観覧料:一般1,500円、大学生・高校生1,000円、中学生以下無料
問合せ:03-5575-5711
公式ホームページ:https://www.shukokan.org/

写真:サヴォワ邸(模型、2010年制作)大成建設所蔵

ギャラリートークのおしらせ
担当:林美佐(大倉建設ギャルリー・タイセイ主任学芸員、本展監修者)
お申し込み不要(ただし入場には入館券が必要)

日時:7月10日(水)17日(水)24日(水)31日(水) 各 15:00〜
会場:大倉集古館展示室 ※1階展示室EV前に集合

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文:アントワーヌ・ピコン、安藤忠雄、隈研吾、平野啓一郎、林美佐
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