2月にみられる展覧会:現代アートから世界について想いを馳せる

アート|2024.2.1
坂本裕子(アートライター)

現在開催中の展覧会から、注目の展覧会をピックアップ。今回は、現代美術篇。

身近な日常から世界の情勢、環境など、より密接に社会性を持つようになった現代の美術。単なる「美」にとどまらない造形に、いま、わたしたちが生きる世界へのまなざしを意識してみたい。

「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」 森アーツセンターギャラリー

「アートはみんなのために」。ポップなストリートアートに込められたメッセージ

3章:ポップアートとカルチャー 展示風景から
『スウィート・サタデー・ナイト』のための舞台セット 1985年は幅6mの巨大な布製

1980年代のニューヨーク。地下鉄駅構内の広告板やストリートに“落書き”のように描かれた絵が、人々の目を引いた。シンプルな線で表される人型や光る赤ん坊、吠える犬は、マンガのようなコミカルな動きを感じさせ、やがて剥がされて売買されるようになる。作者はキース・ヘリング(1958–1990)。ペンシルベニアからニューヨークに移り、美術を学んできた若者のドローイングは画廊の目に留まり、アーティストとしてデビュー。アンディ・ウォーホルやジャン=ミッシェル・バスキアとともに時代のカルチャーを牽引し、国際的にも高い評価を得る。
楽しくポップな彼の作品には、生命誕生への讃歌から、人種、性的マイノリティ、HIV・エイズへの偏見や差別の批判、軍拡反対と核放棄の呼びかけまで、社会への深いメッセージが込められている。それは、自身の問題であると同時に、多様な人種・民族で形成されるニューヨークにおいて、英語を解さない人びとにもビジュアルで訴える力を持ち、現代をも先取りしていたといえる。アートを富裕層の限られたものではなく、広く大衆に届けようとしたへリングは、自身がデザインした商品を扱うポップショップも運営し、彫刻や壁画などのパブリックアートの制作も精力的に手掛ける。人びととの接点を柔軟に創出するも、HIV・エイズの合併症によりわずか31歳で世を去った。
本展では、日本初公開の5点を含む活動初期のサブウェイ・ドローイングから、晩年の6mにおよぶ大型作品まで約150点が集結。日本に特別な想いのあった彼が、数度にわたる来日で残した作品や資料も写真とともに紹介される。ポジティブな投げかけで社会を変えていこうとした彼の一貫したメッセージと魅力を堪能できる空間だ。


会場の撮影写真はすべて Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation

1章:公共のアート 展示風景から
貴重なサブウェイ・ドローイングは必見
2章:性と迷路 展示風景から
トレードマークのひとつ、吠える犬はさまざまに描かれる
2章:性と迷路 展示風景から
こちらは発光する作品たち
3章:ポップアートとカルチャー 展示風景から
左は、影響を受けたウォーホルと、ミッキーマウスを組み合わせた「アンディ・マウス」のシリーズ。憧れのウォーホルとのコラボレーション作品だ。
右はタバコのラッキーストライクを題材にしたもの
4章:アート・アクティビズム 展示風景から
「見ざる、言わざる、聞かざる」の、社会の沈黙と無関心を訴える作品には、ナチスドイツが同性愛者の男性に課したピンクの逆三角形のバッジの歴史的背景をも踏まえた印象的な一作も
5章:アートはみんなのために 展示風景から
子どもたちだけではなく、大人も楽しめる絵本や立体はいまも愛されている
6章:Present to Future 現在から未来へ 展示風景から
17点の「ブループリント・ドローイング」は、みる人がそれぞれに意味を考えることをうながす「タイムカプセル」。宇宙を感じさせる展示の工夫もかっこいい
会場の最後には自画像とメッセージが

展覧会概要

キース・ヘリング展 アートをストリートへ

会場:森アーツセンターギャラリー
会期:2023年12月9日(土)~2024年2月25日(日)※会期中無休
時間:10:00–19:00、金曜日・土曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
料金:日時指定予約制
   一般/大学生・専門学校生2,200円、中高生1,700円、小学生700円
   未就学児童は無料
   障害者手帳持参者は半額、付添者(1名)は無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:https://kh2023-25.exhibit.jp

「ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家」 東京オペラシティ アートギャラリー

吹き、描き、撮り、綴じる。ガラスの透明感と絵画、写真が共鳴する本が体現した空間

会場展示風景から

2018年、スウェーデンで活動するガラス作家・山野アンダーソン陽子の言葉から、あるプロジェクトがスタートした。まず、画家が描いてみたいと思うガラス食器について言葉で山野に伝える。これを山野が解釈してガラス作品にし、その作品を画家が絵にする。さらに写真家・三部正博が、画家のアトリエを訪れて写真を撮り、それらをデザイナー・須山悠里が本にデザインする――「Glass Tableware in Still Life(静物画のなかのガラス食器)」のプロジェクトに参加した画家は18人。スウェーデンと日本、ドイツを舞台に、幾重もの感性やまなざしが交錯する一冊が、いま、実際の作品で楽しめる空間に体現されている。
山野は、ガラス、なかでも食器という量産クラフトに関心を抱き、北欧最古のガラス工場で吹きガラスを学ぶ。17世紀から続く、手間のかかる手工業の製法で制作を続けている。彼女が生み出す作品は手作業のため、一つひとつが微妙な歪みをもって異なるのが特徴だ。
本展では、色のないクリアガラスの数々が、画家の言葉によって生まれ、「静物画」として描かれる。ある者はグラスそのものを光とともに描き、ある者は他の要素と併せて異なる世界を創る、またある者はその印象を色に表し、ある者は日常に溶け込ませる。三部の写真はその間を埋めるように、各自の創作を想像させるようにガラスの姿をとどめる。それらの共鳴は、ガラスという素材、食器というモノ、言葉とイメージ、描くという営為、写真に切りとるまなざしなど、多様な関係性に想いを馳せる契機となる。
ささやきのような、空気のような無音の対話は、みる者が参加することでさらに何かを響かせるだろう。繊細で静謐な空間に、あなたの物語を紡いでみては?

会場展示風景から
会場展示風景から
会場展示風景から
会場展示風景から
三部正博の写真
会場展示風景から
会場展示風景から

展覧会概要

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家

会場:東京オペラシティ アートギャラリー
会期:2024年1月17日(水)~3月24日(日)
時間:11:00–19:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(祝日の場合は翌火曜)、2月11日(日・全館休館日)
料金:一般1,400円、大・高生800円、中学生以下無料
   障害者手帳持参者および付添者1名は無料
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト: www.operacity.jp/ag/

「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」 森美術館

未来へつないでいくために。アートを通じて見直す「いのち」と「地球」

第3章 大いなる加速 展示風景から
モニラ・アルカディリ 《恨み言》 2023年 作家蔵
クウェート出身、日本でも教育を受け、彫刻・インスタレーションなどで世界的に活躍する作家の、本展のための新作。ペルシャ湾沿岸で古代メソポタミア文明の時代から富を生んできた天然真珠の産業が日本の養殖真珠産業に駆逐されて衰退、その後は石油採掘で経済を発展させた歴史を踏まえ、大きな真珠の精の世界を表した。真珠の下に立つと、彼らからは、人間の搾取や破壊への恨み言が聞こえてくる

開館20周年を迎えた森美術館では、現代アートやアーティストたちの活動を通じて、地球環境とその未来への思考をうながす展覧会が開催中だ。
いまや世界規模で叫ばれる環境危機。各国で、また諸国連携でさまざまな対策が検討・実施されているが、そもそも20世紀後半に人類が地球に与えた影響は、それ以前の数万年単位の地質学的変化に匹敵するといわれる。その主原因は、諸工業先進国の事象や状況に端を発しているのではないか。本展は、その問いから構想された。国内外のアーティスト34名による、過去の作品から新作まで約100点の表現から、人間中心の視点を超えて、「私たち」を考え、「地球環境」の在り方を問いかける。開館以来、欧米主導の美術史の枠を出て、さまざまな地域の現代アートを発掘、紹介してきた同館ならではの企画と言えよう。
20世紀後半以降、社会性を求められるようになった現代アートでも、この問題を扱った作品が多く生み出されている。こうした作品と併せて、1950~80年代、高度経済成長期の日本で制作・発表されたアート作品までを、環境問題と日本という視点から再検証しているのが興味深い。また、問題提起にとどまらず、環境問題とともに、人種や民族、フェミニズムや性的マイノリティなども視野に、古来の智慧や技術と、AIや集合知(CI)といった最先端技術の双方から未来への可能性を提示する。
危機の認識からその先の希望へ。多様な存在と、それらへの柔軟な視点への気づきのなかで、アートができること、そして一人ひとりができることを考える空間は、輸送を最小限にし、展示空間も可能な限り再生利用できる資源を活用した会場設計にも注目しつつ廻ってみたい。

第1章 全ては繋がっている 展示風景から
ニナ・カネル 《マッスル・メモリー(5トン)》 2023年
北海道産のホタテ貝の貝殻5トンが敷き詰められた空間は、中に入って歩くことができる。当然足の下で貝殻はつぶされて音を立てて砕けていく。年間20万トン以上廃棄されるという貝殻は再生利用が急務とされるが、そのための洗浄、粉砕には別のエネルギーが消費されるのだ。自分が踏みしだく音を聴きながら、人間の消費という欲望と地球の生物の循環について想いをめぐらす
第1章 全ては繋がっている 展示風景から
セシリア・ヴィクーニャ 《キープ・ギロク》 2021年 作家蔵
チリ出身の詩人でアーティスト、活動家でもある作家は、アンデス地方で5千年以上も前に発明された、意図と結び目でコミュニケーションや記録をする「結縄文字」の手法を援用する。同時にガーゼの柱は織物に絵を描く古代の方法を想起させ、消えゆく先住民族の知恵や技術、自然環境への議論をうながす
第2章 土に還る 展示風景から
第3章 大いなる加速 展示風景から
保良 雄 《fruiting body》 2023年 作家蔵
滋賀県出身の保良は、海底の堆積物が地殻変動によって生成する大理石と、私たちが生きていく過程で排出している産業廃棄物を融解させることでできた人工的な物質を用いて、自然と人工の地層の空間を作り出す。鳥の鳴き声をデジタル信号化した金属音とともに、過去と現在、有機物と無機物、人間と人間以外を意識させ、地球という存在そのものへの意識を喚起させる
第3章 大いなる加速 展示風景から
ダニエル・ターナー 《気圧計ワニス》 2023年 作家蔵
壁の霧のような靄のような灰色の痕跡は、作家が、現在インドのアラン船体解体場で解体中の日本船籍のケミカル・タンカー「シンス号」の銅製の気圧計を素材にして美術館の壁に刷りつけたもの。天候を測る機器が、解体されるケミカル・タンカーのものだったと知った時、壁の痕は、不穏な水平線にもみえてくる
第4章 未来は私たちの中にある 展示風景から
ケイト・ニュービー 《ファイヤー!!!!!!!》 2023年 作家蔵
人造大理石であるテラゾと藍染めの布で作られた空間は入って歩くことができる。よく見ると、床のテラゾにはガラスや陶器、金属などが混ざる。これらのほとんどは、森美術館のある六本木とエルメス財団のある銀座で収集されたものだそうだ。青梅市で制作された藍染めは、屋外に放置され、紫外線や雨などの自然の痕跡を内包している。都会の人工物と自然の要素が取り込まれた作品が、美術館に置かれることの意味を考えたい
第4章 未来は私たちの中にある 展示風景から
第4章 未来は私たちの中にある 展示風景から
アサド・ラザ 《木漏れ日》 2023年
会場最後の空間は、同館で、長年故障していた天窓のロールスクリーンを修理し、その際の足場を伝統的な部材である檜で組んだそうだ。「あるべき姿への再生」を祈念して六本木にある朝日神社の宮司によって神事が行われた、その足場がそのまま展示される。これまで閉ざされていた空間に差し込自然光は、地球の生きとし生けるもののほとんどにとって必要なエネルギーを感じさせ、その光は、未来への希望をも象徴する

展覧会概要

森美術館開館20周年記念展
私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために

会場:森美術館
会期:2023年10月18日(水)~2024年3月31日(日)
時間:10:00-22:00(火曜日のみ17:00まで 入館は閉館の30分前まで)
料金:事前予約制(日時指定券)導入( )内は当日窓口料金
   平日:一般1,800円(2,000円)、高校・大学生1,300円(1,400円)、
   子供(4歳~中学生)700円(800円)、65歳以上1,500円(1,700円)
   土日祝:一般2,000円(2,200円)、高校・大学生1,400円(1,500円)、
   子供(4歳~中学生)800円(900円)、65歳以上1,700円(1,900円)
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
公式サイト: www.mori.art.museum

「オラファー・エリアソン展 相互に繋がりあう瞬間が協和する周期」 麻布台ヒルズギャラリー

パブリックアート作品とともに体感するエリアソンからの問いかけ

展示風景から
《瞬間の家》 2010年

「街全体がミュージアム」をテーマに、昨年末にオープンした麻布台ヒルズ。アート、ファッション、エンターテインメント、食など、多ジャンルの文化発信で注目されているが、その象徴のひとつが、森JPタワーのオフィスロビーに設置されたオラファー・エリアソン(1967–)による新作パブリックアートだ。振動を表すリサージュ曲線から得た着想を、初めて再生金属を使用して立体に展開された作品は、菱形、凧型、三角形で構成される複雑な十一面体のモジュールがたくさん繋ぎ合わされたオブジェ。モジュールの面や窪みはピッタリと合うが、一か所異なると想定からかけ離れた形になるという。多ジャンルを横断し、環境問題など社会的な課題への取り組みや問いかけを含む作品で知られるエリアソンならではの造形は、未来を志向する街の意義をも担って愛されていくだろう。
この作品の主題を軸にしたエリアソンの展覧会が、麻布台ヒルズギャラリーの開館記念として開催されている。本展のために制作された新作をはじめ、この空間に合わせて再構成されたインスタレーションや氷河期の氷を使った水彩画、カタールの砂漠で太陽光や風力などの自然エネルギーで制作したドローイングなど、日本初展示となる15点が紹介される。
光や風、水や鉱物などの自然とともに、つい対極的に考えがちな幾何学や物理、動きのパターンや色彩理論などが、いかに自然が内包する美から導き出されたのかを体感できるはずだ。
なお、ショップでは、パブリックアートのモジュールを模した和三盆の落雁がおすすめ。スタジオ・オラファー・エリアソン キッチンとコラボレーションしたドリンクスタンドも開設されており、彼の創作の理念を舌でも味わえる。

展示風景から
《蛍の生物圏(マグマの流星)》 2023年
展示風景から
《終わりなき研究》 2005年
振子の動きを活用して幾何学図像を生成する19世紀式のハーモノグラフは、スタジオ・オラファー・エリアソンが行った空間と音の相関関係についての研究の一部。このドローイングマシーンは体験できる(申込制、有料)。自身の身体の動きがマシーンに伝わり生まれるドローイングは、いわば唯一無二のエリアソンとの協働作品。ぜひ持ち帰って!
展示風景から
《終わりなき研究》で作られた幾何学図像たち。ひとつとして同じものはできない
展示風景から
展示風景から
《呼吸のための空気》 2023年
本作は、麻布台ヒルズ森JPタワーのパブリックアート《相互に繋がりあう瞬間が協和する周期》の公開に合わせ、本展のために制作された新作。うねる柱のような立体を構成するパブリックアートと同じモジュールは、実験的手法によって鉱山から回収された亜鉛廃棄物というリサイクル素材でできている。亜鉛は人間の身体にも含まれるもの。上部に付けられた4つのファンが起こす風の流れは、視覚とともに触覚をも刺激し、身体のなかにあるであろう亜鉛との共鳴を感じさせるかも
展示風景から
水彩画の展示。この4点は、グリーンランド沖で採取された氷河期の氷の塊の小片を使用して、2017年に制作された。絵画の表面に直接置かれたこれらの氷は、解けるとともに顔料を流動させ、抽象的ながら、有機的で動きを感じさせる膨らみやにじみを画面に残し、不思議な柔らかさと味わいを持つ作品になっている
展示風景から
《瞬間の家》 2010年
暗闇に一定の動きをするホースから水がほとばしる。そこだけ照らされて、放たれた水は、さまざまな軌跡や形となって瞬間の輝きをみせる。いま見たものは二度と現れることはない、まさに瞬間の水の彫刻だ。水、光と闇、重力、遠心、視覚、記憶……。一瞬の認識に、普段は意識していないものを改めて、あるいは新しい感覚で捉えられる。あるいは捉えられないものも。そのあわいを美しく幻影的な空間に覚醒させる、第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ出品作の再制作

展覧会概要

麻布台ヒルズギャラリー開館記念
オラファー・エリアソン展 相互に繋がりあう瞬間が協和する周期

会場:麻布台ヒルズギャラリー
会期:2023年11月24日(金)~2024年3月31日(日)
時間:日・月・水・木10:00-19:00、火10:00–17:00、
   金・土・祝前日10:00–20:00
  (入館は閉館の30分前まで)
料金:一般1,800円、学生(高校・専門・大学生1,200円、
   子ども(4歳~中学生)900円
   ※作品体験チケットはそれぞれ+1,000円
電話:03-6402-5460
特設サイト:https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/olafureliasson-ex/

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