岐阜現代美術館桃紅館
開館記念展
篠田桃紅 Collection

アート|2024.5.13
エディター=竹内清乃

水墨による抽象絵画という独自のジャンルを切り拓いた篠田桃紅(1913-2021)。107歳まで現役で活躍し、人生哲学を語ったエッセイでも人気を博した。その生誕111周年の記念となる日、2024年3月28日を期して「岐阜現代美術館桃紅館」がオープンし、開館記念展が開かれている。
これまでも岐阜県関市の鍋屋バイテック会社関工園内の「岐阜現代美術館」に桃紅作品の企画展示をしていたが、このたび同じ敷地に新設した「桃紅館」へと移行し、作家が暮らしていた東京・南青山のマンションにあったアトリエも同館内に移設され、公開されることとなった。
オープニングとなる本展では、これまでに収蔵された1000点を超える篠田桃紅コレクションから代表作約30点が選りすぐって展示されており、県外からも熱心なファンが数多く訪れている。

岐阜現代美術館桃紅館にて。オープニング記念展「篠田桃紅 Collection」開催中

篠田桃紅が約50年過ごした部屋の実物展示

このアトリエと客間の移設は、桃紅が住んでいた時と寸分違わず同じ条件のまま復元するために慎重に工事が進められてきた。
同館館長の宮崎香里氏のお話によると、忠実に再現するために経年劣化した床材や天井の歪みも生かして設置し、壁にできた滲みやヒビなども記録画像をもとにエイジング塗装でリアルに再現しているという。また、立てかけた板に貼りついたままだったガムテープまで同じ位置に貼られ、日光が射し込む窓の向きも元の方角の通りにしているという。宮崎氏は「唯一、再現できなかったのは部屋の匂いです。ずっと、墨の香りに満ちていましたから‥‥」と、有りし日を偲んでつぶやいた。
東京の南青山にあるマンションで約50年間にわたって一人暮らしを続けた桃紅は、時間に縛られることを嫌って部屋に時計は置かず、明かりも最小限しか入れず、障子から入る微光だけで過ごしていた。再現された静謐なアトリエや客間を眺めていると、桃紅の面影と対話しているような感覚になってくる。

東京の南青山のマンションから移設したアトリエ
マンションの客間。文房四宝が飾られている

代表作とともに創作の歩みを紹介

今回の展示内容は、戦後間もない頃に制作された前衛書作品から、「桃紅水墨」と呼ばれる独自のスタイルを確立した1970~90年代の作品、洗練された水墨表現がさらなる高みに達した2000年代の作品、さらに桃紅独特の抽象によって新しい表現がたちあらわれた晩年の作品まで長きにわたる創作の歩みが紹介されている。
会場の入り口に掲げられている作品は《桃紅大地》(2008年)。まさに美術館の建っている地名であり、桃紅の業績を讃えて命名された所以がある。
桃紅の本名は出生地である旧満州大連にちなんでつけられた満州子(ますこ)だが、書を続けていくうえで父から「桃紅」と雅号を授けられ、それを作家となってからも使い続けた。父・頼治郎(らいじろう)が生まれ育った美濃の地は桃紅のルーツにつながる土地であり、未来に向けて自身の芸術を発信していく拠点になった。

「篠田桃紅 Collection」展の最初の作品「桃紅大地」(2008年)
(公財)岐阜現代美術財団蔵

アメリカで開花した抽象表現

篠田桃紅は1956年、43歳のときに日本の書壇と決別し、単身で渡米した。それから2年間ニューヨークを拠点に、書から墨による自由な抽象造形の世界に突き進み、欧米各地で個展を開催して名声を博した。桃紅はアメリカにいるときも着物姿で通したので、たおやかな日本女性という印象と、大胆で自由奔放な墨象表現とのギャップに欧米の美術界の面々も驚いたことだろう。50年代後半、ジャクソン・ポロックや、ウィレム・デ・クーニングらの抽象表現主義が席巻する中で、桃紅は東洋的な余白の美と西洋的な空間構成の美を融合させた独自の抽象世界を確立したのだった。本展にも50年代から60年代当時の鋭い感性と熱情に満ちた作品が展示されている。

左右の壁にみえるのは、1950年後半から1960年前半までの作品。渡米中に世界の最先端の抽象絵画に触れて、文字の概念を超えた独自の墨の表現を獲得した。
無題 1960年頃 鍋屋バイテック会社蔵
アメリカから帰国後に制作された作品。画面からはみ出しそうな躍動感がある。

貴重な遺愛の作品の公開

会場の最後の方で、そっと2点並んでいる作品が目に留まる。左側の白と黒の面で構成された作品は、長年桃紅の自宅に飾られていた。どれだけ請われても生涯手放すことはなかったという。右側の金地に白く「月」のかたちと脇にひと筆の墨が置かれた作品は絶筆で、アトリエの作業台に残されていた。
この2点の作品は開館記念展のために特別出品されている。今、この場で出逢えたことはまさに一期一会であり、桃紅ファンへのありがたいはからいと感じ入った。

左:手放さなかった作品 個人蔵/右:絶筆作品 個人蔵

桃紅館の1階が作品の展示スペースで、2階が復元されたアトリエと客間のスペースとなっている。2階に上がると、めったに人に見せることはなかったという制作中の桃紅の写真が目の前に現れ、その脇に桃紅の言葉が記されていた。

一瞬にして去る風の影、
散る花、木の葉、人の生、
この世の「とどめ得ないもの」への、
私流の惜しみかた、それが私の作です

開館記念展の会期は6月15日(土)まで。

展覧会概要

「開館記念展 篠田桃紅 Collection」
岐阜現代美術館桃紅館
岐阜県関市桃紅大地1番地(鍋屋バイテック会社 関工園内)
会期:2024年3月28日(木)〜6月15日(土)
開館時間:9:30~17:00
休館日:第2・4土曜日 日祝日
観覧料:一般500円/団体(20名以上)400円/高校生以下は無料
問い合わせ: 0575-23-1210
公式ホームページ
https://gi-co-ma.or.jp

○学芸員によるギャラリートーク
日時:5月18日(土)14:00〜(1時間程度)
参加費:無料(入館には観覧券が必要です)
申し込み:不要 桃紅館受付にお集まりください。

関連書籍

「別冊太陽 篠田桃紅 自分だけのかたちを求めて」

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