監督在任50周年「最後の巨匠」が育てた、菅井円加の活躍
ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が、5年ぶり9回目の来日を果たし、3月2日〜12日、東京文化会館で公演した。今シーズンはノイマイヤーの芸術監督在任50周年に当たり、来年の勇退を控え、一足早く日本で花道を飾ることになった。
公演に先立って2月28日に行われた記者会見には、菅井円加をはじめプリンシパル5名が同席。和やかな雰囲気で公演にかける意気込みが語られた。2月に84歳を迎えたノイマイヤーだが、知的でダンディーな語り口は、現代バレエ界「最後の巨匠」の風格十分。
「日本とは深く長い芸術的な関係を築いてきたので、私の最後のシーズンに、日本を訪れないわけにはいかなかった」と打ち明ける。退任後も創作活動を続けたいと意欲を見せ、取材陣を安堵させた。
Photos by Ayano Tomozawa
〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉で巨匠の足跡を辿る
最初のプログラムは、〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉Edition 2023(3月2日〜4日)。「私の世界はダンス」というノイマイヤーの一声で幕が開き、代表作全12作のメドレーで、創作の足跡を辿る。『シルヴィア』『アンナ・カレーニナ』『ゴースト・ライト』の3作を加えた新版は、まさにバレエ団の現在を映し出す鏡のよう。巨匠の現在のミューズたちへの賛歌といった趣があった。
4作品に出演した菅井の超人的な活躍
なかでも全4作に出演した菅井円加の活躍は驚異的。『シルヴィア』では、アレクサンドル・トルーシュ演じるアミンタとの出会いで、ジャンプや回転技で超人的なスケールを発揮する一方で揺れる女心を、『ゴースト・ライト』では、一転して抑圧された心象を描き出す。最後の『マーラー交響曲第3番』では、崇高な天使と化し、ラストで、ノイマイヤーの前を毅然と通過する幕切れは感銘深く忘れがたい。
スター・コジョカルから若手までノイマイヤーの哲学を体現
『アイ・ガット・リズム』では、イダ・プレトリウスとアレッサンドロ・フローラのカップルが瑞々しい。可憐な国際スター、アリーナ・コジョカルは、『くるみ割り人形』で純真さを、『椿姫』で妖精のようにはかなげなマルグリット像を造形し、舞台に花を添えた。
『アンナ・カレーニナ』では、表題役のアンナ・ラウデールとヴロンスキー役のエドウィン・レヴァツォフが道ならぬ恋の行方を赤裸々に描き、全編見たいと思わせる。『ニジンスキー』は、アレイズ・マルティネスをはじめ群舞も壮絶。『作品100―モーリスのために』は、レヴァツォフとアレクサンドル・リアブコが唯一無二のデュオで、ベジャールとノイマイヤー両巨匠の不滅の友情を今に蘇らせた。
パリ・オペラ座初演の『シルヴィア』が異次元の境地に
続く『シルヴィア』(10日〜12日)は、菅井が4公演中3回も主演したのが快挙に等しい。ノイマイヤーの言う通り、「まさに彼女のために創作されたよう」なはまり役で、異次元の境地へと誘った。初演は、1997年パリ・オペラ座バレエ団だが、同じ振付とは思えない。古典の牧歌劇を現代の神話に作り変え、月の女神ディアナのニンフ、シルヴィアと牧童アミンタの恋を成就させず、二人が年老いて再会するも、シルヴィアは人妻の身で、アミンタは後悔先に立たず。これは振付家自身の人生の断片が反映されているのだろうか。ヤニス・ココスのモダンな美術に、レオ・ドリーブの名曲が高らかに鳴り響いた。
3回主演の快挙、期待に見事に応えた菅井
ヴァイオリンの「ピッツィカート」に続く甘美な調べによる終盤のデュエットを菅井とトルーシュは実に哀感を込めて踊りあげ、この一曲だけでも、作品に新たな光を当てるに十分である。ディアナ役のラウデールは、男装の麗人ぶりも魅惑的。アムールなど3役を好演したクリストファー・エヴァンス、眠りながらディアナを魅了したエンディミオンのヤコポ・べルーシと人材が揃ったのも見応えがあった。
もう一組も新鮮。プレトリウス演じるシルヴィアは、ノイマイヤーが太鼓判を押しただけに、アマゾネスの美と強さを兼ね備え、とりわけ第2部のオリオンの宴での、真紅のドレス姿は極め付きの美しさ。前日にエンディミオンを印象深く演じたべルーシのアミンタは、極めてナイーヴで、巨匠の秘蔵っ子ぶりを窺わせた。
喝采の嵐の中、偉大な巨匠と同時代にいる喜びをかみしめずにはいられなかった。
おすすめの本
●『SWAN―白鳥―ドイツ編』
有吉京子著(平凡社)
第1巻(全4巻)
定価=726円(10%税込)
バレエ漫画の金字塔、累計2000万部突破の『SWAN―白鳥―』は45年以上愛されている超ロングセラー。その続編として描かれた『SWAN―白鳥―ドイツ編』はハンブルク・バレエ団が舞台。ノイマイヤーとハンブルク・バレエファンの有吉先生は度々ドイツに取材に出かけ、ある時、出逢ったノイマイヤー振付『オテロ』に衝撃を受け、本作を描きました。第1巻の表紙絵は『オテロ』です。ぜひご一読ください!
あらすじ:ノイマイヤーの才気あふれる振付に衝撃を受けた真澄は、彼を敬愛するレオンとともに、ハンブルク・バレエ週間で上演される『オテロ』のオーディションを受ける。真澄は合格するが、合格間違いなしと思われていたレオンは、まさかの結果に――!?
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