ハンブルク・バレエ団、 ノイマイヤー芸術監督と最後の来日公演

カルチャー|2023.4.6
文=渡辺真弓(オン・ステージ新聞編集長、舞踊評論家、共立女子大学非常勤講師)|写真=〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉【Shoko Matsuhashi】/『シルヴィア』【Kiyonori Hasegawa|

監督在任50周年「最後の巨匠」が育てた、菅井円加の活躍

 ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団が、5年ぶり9回目の来日を果たし、3月2日〜12日、東京文化会館で公演した。今シーズンはノイマイヤーの芸術監督在任50周年に当たり、来年の勇退を控え、一足早く日本で花道を飾ることになった。
 公演に先立って2月28日に行われた記者会見には、菅井円加をはじめプリンシパル5名が同席。和やかな雰囲気で公演にかける意気込みが語られた。2月に84歳を迎えたノイマイヤーだが、知的でダンディーな語り口は、現代バレエ界「最後の巨匠」の風格十分。
 「日本とは深く長い芸術的な関係を築いてきたので、私の最後のシーズンに、日本を訪れないわけにはいかなかった」と打ち明ける。退任後も創作活動を続けたいと意欲を見せ、取材陣を安堵させた。

ハンブルク・バレエ団記者会見より
Photos by Ayano Tomozawa

〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉で巨匠の足跡を辿る

 最初のプログラムは、〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉Edition 2023(3月2日〜4日)。「私の世界はダンス」というノイマイヤーの一声で幕が開き、代表作全12作のメドレーで、創作の足跡を辿る。『シルヴィア』『アンナ・カレーニナ』『ゴースト・ライト』の3作を加えた新版は、まさにバレエ団の現在を映し出す鏡のよう。巨匠の現在のミューズたちへの賛歌といった趣があった。

『ゴースト・ライト』やラストの『マーラー交響曲第3番』にノイマイヤー自ら登場、忘れがたい印象を残した

4作品に出演した菅井の超人的な活躍

 なかでも全4作に出演した菅井円加の活躍は驚異的。『シルヴィア』では、アレクサンドル・トルーシュ演じるアミンタとの出会いで、ジャンプや回転技で超人的なスケールを発揮する一方で揺れる女心を、『ゴースト・ライト』では、一転して抑圧された心象を描き出す。最後の『マーラー交響曲第3番』では、崇高な天使と化し、ラストで、ノイマイヤーの前を毅然と通過する幕切れは感銘深く忘れがたい。

〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉より 『シルヴィア』『ゴースト・ライト』『マーラー交響曲第3番』に出演した菅井のパワーに圧倒される

スター・コジョカルから若手までノイマイヤーの哲学を体現

 『アイ・ガット・リズム』では、イダ・プレトリウスとアレッサンドロ・フローラのカップルが瑞々しい。可憐な国際スター、アリーナ・コジョカルは、『くるみ割り人形』で純真さを、『椿姫』で妖精のようにはかなげなマルグリット像を造形し、舞台に花を添えた。
 『アンナ・カレーニナ』では、表題役のアンナ・ラウデールとヴロンスキー役のエドウィン・レヴァツォフが道ならぬ恋の行方を赤裸々に描き、全編見たいと思わせる。『ニジンスキー』は、アレイズ・マルティネスをはじめ群舞も壮絶。『作品100―モーリスのために』は、レヴァツォフとアレクサンドル・リアブコが唯一無二のデュオで、ベジャールとノイマイヤー両巨匠の不滅の友情を今に蘇らせた。

〈ジョン・ノイマイヤーの世界〉より 『アイ・ガット・リズム』『椿姫』
『アンナ・カレーニナ』『ニジンスキー』『作品100―モーリスのために』

パリ・オペラ座初演の『シルヴィア』が異次元の境地に

 続く『シルヴィア』(10日〜12日)は、菅井が4公演中3回も主演したのが快挙に等しい。ノイマイヤーの言う通り、「まさに彼女のために創作されたよう」なはまり役で、異次元の境地へと誘った。初演は、1997年パリ・オペラ座バレエ団だが、同じ振付とは思えない。古典の牧歌劇を現代の神話に作り変え、月の女神ディアナのニンフ、シルヴィアと牧童アミンタの恋を成就させず、二人が年老いて再会するも、シルヴィアは人妻の身で、アミンタは後悔先に立たず。これは振付家自身の人生の断片が反映されているのだろうか。ヤニス・ココスのモダンな美術に、レオ・ドリーブの名曲が高らかに鳴り響いた。

『シルヴィア』より ディアナ(アンナ・ラウデール)のお気に入りシルヴィア(菅井円加)。アムール(クリストファー・エヴァンス)と森の群舞

3回主演の快挙、期待に見事に応えた菅井

 ヴァイオリンの「ピッツィカート」に続く甘美な調べによる終盤のデュエットを菅井とトルーシュは実に哀感を込めて踊りあげ、この一曲だけでも、作品に新たな光を当てるに十分である。ディアナ役のラウデールは、男装の麗人ぶりも魅惑的。アムールなど3役を好演したクリストファー・エヴァンス、眠りながらディアナを魅了したエンディミオンのヤコポ・べルーシと人材が揃ったのも見応えがあった。
 もう一組も新鮮。プレトリウス演じるシルヴィアは、ノイマイヤーが太鼓判を押しただけに、アマゾネスの美と強さを兼ね備え、とりわけ第2部のオリオンの宴での、真紅のドレス姿は極め付きの美しさ。前日にエンディミオンを印象深く演じたべルーシのアミンタは、極めてナイーヴで、巨匠の秘蔵っ子ぶりを窺わせた。
 喝采の嵐の中、偉大な巨匠と同時代にいる喜びをかみしめずにはいられなかった。

『シルヴィア』より シルヴィア(菅井)とアミンタ(アレクサンドル・トルーシュ)の名場面デュエット。オリオンの宴での真紅の衣裳とモダンな美術の斬新さに圧倒される

おすすめの本

●『SWAN―白鳥―ドイツ編』
有吉京子著(平凡社)
第1巻(全4巻)
定価=726円(10%税込)

バレエ漫画の金字塔、累計2000万部突破の『SWAN―白鳥―』は45年以上愛されている超ロングセラー。その続編として描かれた『SWAN―白鳥―ドイツ編』はハンブルク・バレエ団が舞台。ノイマイヤーとハンブルク・バレエファンの有吉先生は度々ドイツに取材に出かけ、ある時、出逢ったノイマイヤー振付『オテロ』に衝撃を受け、本作を描きました。第1巻の表紙絵は『オテロ』です。ぜひご一読ください!

あらすじ:ノイマイヤーの才気あふれる振付に衝撃を受けた真澄は、彼を敬愛するレオンとともに、ハンブルク・バレエ週間で上演される『オテロ』のオーディションを受ける。真澄は合格するが、合格間違いなしと思われていたレオンは、まさかの結果に――!?

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