渋谷の一大文化拠点である、Bunkamuraのはじまりからいま現在、そして未来への取り組みを辿っていく本特集。各施設のプロデューサーに今後の取り組みについて語っていただく「Bunkamuraをつくる人」第2回はザ・ミュージアム上席学芸員の宮澤政男氏にインタビュー。ご自身の遍歴やザ・ミュージアムに25年ほど前に加わって以来こだわってきた展示方法、今後の取り組みに関して語っていただいた。
Bunkamuraらしさ、ザ・ミュージアムらしさを
考えた企画展示を心がけて
Bunkamura内の美術館、ザ・ミュージアムは、渋谷という多様なカルチャーが錯綜する街で、“ほんもの”の美術品に出会うことができる貴重な場所。
現在開催中の『マリー・クワント展』などファッションから、印象派などのヨーロッパ絵画、ソール・ライターやマン・レイなどの写真、イッタラやマリメッコなどの北欧デザイン、くまのプーさんやピーターラビットなどの絵本、河鍋暁斎や猪熊弦一郎など日本を代表する画家、現代美術、エジプトやポンペイと、その企画展のテーマは幅広い。しかし、その展示はいずれも親しみやすく、ここに来れば必ず真のカルチャーを体験できるという安心と信頼感がある。
1989年の開館以来、都会的、高感度、上質という路線を築いてきたBunkamuraザ・ミュージアムは、30年以上の時を経て東京の美術館の中でも独自の個性を放つ存在となってきた。
上席学芸員の宮澤政男に、改めて「ザ・ミュージアムらしさ」について聞くと、
「ザ・ミュージアムならではのカラーを意識することで、徐々に美術館の個性が醸成されてきたのだと思います。Bunkamura内にはザ・ミュージアムの企画を決める小委員会があり、開館以来その構成員は随時、入れ替わっていますが、私も含めて各メンバーが、この美術館の個性を共有してきたということだと思います」
宮澤が Bunkamuraザ・ミュージアムの学芸員となったのは1996 年。大学院では西洋美術史を専攻し、ベルギー政府給費留学生としてブリュッセル自由大学に留学した。大学院修了後、再びベルギーに渡り、美術品の運送や通訳、美術コーディネーターなど、ベルギーの美術を日本に紹介する仕事に携わってきた。当時、ザ・ミュージアムのプロデューサーを務めていた美術史家の木島俊介氏にベルギーで声をかけられ、帰国後はザ・ミュージアムの学芸員の職に就いた。担当してきた企画展には、専門としてきたベルギーの画家関連のものも数多くある。
「ベルギー出身で、フランスの宮廷でバラを描いて名声を得たピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの展覧会は大変好評で、2003年、08年、11年と3回、開催しました。女性のお客さまが多いBunkamuraでは、美しいバラの絵画はとても人気がありますね。
最近ですと、21年の『古代エジプト展 美しき棺のメッセージ』も来場者が多く、こちらは男性のお客さまがたくさんいらっしゃいました。エジプトやポンペイなど、やはり実物を見てみたいと思われる方が多いようです」
「『薔薇空間』宮廷画家ルドゥーテとバラに魅せられた人々」(2008年)より
斬新だった壁面での世界観作り
ザ・ミュージアムの個性は、作品の展示方法にも現れている。
「展示室の壁は可動式なので、企画展ごとに壁の位置を変え、作品の背景となる壁の色を変えたり、壁紙や布を貼ったりしています。そのように展示空間に時間と費用をかけるのはザ・ミュージアムの特徴です。これは、日本の公立の美術館などではなかなかできないことかもしれません。
1998年に担当した『パリ・オランジュリー美術館展』では、セザンヌやマティスの作品を青緑色の壁に展示してみたところ、とてもよく映えて、来日していたオランジュリー美術館の館長に「うちの美術館に展示してあるよりもよく見える」と褒めていただき、うれしかったですね」
企画や作品の世界観とともに展示空間が楽しめるのもザ・ミュージアムの魅力といえるだろう。
①「パリ・オランジュリー美術館展 ジャン・ヴァルテル&ポール・ギョーム コレクション」(1998年) より
②、③「ロートレック・コネクション 愛すべき画家をめぐる物語」(2009年)より
積み上げてきた経験を活かしつつ、
新たな取り組みを
隣接する東急百貨店跡地の再開発に伴い、Bunkamuraは来年4月10日以降、2027年度中まで休館となる。ザ・ミュージアムも、現在開催中の『マリー・クワント展』、それに続く『マリー・ローランサンとモード』が休館前の最後の企画展だ。
「『マリー・クワント展』では、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵されている約100点の衣服が会場にずらりと並ぶ構成になります。マリー・クワントと言えば“ミニスカートの女王”ですが、それに加え1960年代ロンドンのカルチャーやファッションビジネスを牽引したという面も紹介しています。
『マリー・ローランサンとモード』は、1920年代のパリで活躍した画家ローランサンと、ココ・シャネルやマドレーヌ・ヴィオネといった女性ファッションデザイナーたちについて、パリのオランジュリー美術館とポンピドゥーセンターの収蔵品他で構成します。ローランサンが描いたシャネルの肖像画のほか、その時代の洋服の展示もあります」
来年2023年4月から約5年の間続くBunkamuraの休館。しかし、その間もザ・ミュージアムの活動が止まることはない。
「来年7月には渋谷のヒカリエホールで、ソール・ライターの写真展を企画しています。ザ・ミュージアムでは2017年にソール・ライターの日本初の大回顧展を、20年に『永遠のソール・ライター』を開催して大きな反響をいただきました。
次回はソール・ライターの“原点”を追求する展示になります。1950〜60年代はカラー写真は傍流扱いで、モノクロ写真が主流でした。当時、カラー写真は、プリント(紙焼き)ではなく、スライドにして壁に映して見るものでした。そこで、この展覧会は複数のプロジェクションを駆使して、未発表作品を含めたカラー写真をご覧いただく予定です。再評価とともに、人気も高まったソール・ライターの世界をさらに深く味わっていただける企画展になるはずです」
ソール・ライター《無題》撮影年不詳
©Saul Leiter Foundation
そしてBunkamuraを離れる約5年間、宮澤はこのほかにも新たな取り組みに挑戦してみたいと語る。
「例えば、美術館の施設でなくても展示できる彫刻や現代美術、映像などの企画も実現できればと思っています。美術館は“ほんもの”を見せる場所。
長年築き上げてきたBunkamuraらしさ、ザ・ミュージアムらしさを大切にしつつも新しいことにチャレンジしていくことを常に心がけていきたいと思います」
宮澤政男(みやざわ・まさお)
東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業。学習院大学大学院博士前期課程人文科学専攻 (西洋美術史) 在籍中、1984年より1年間ベルギー政府給費留学生としてブリュッセル自由大学に留学。大学院修了後再び渡欧し、美術作品の輸送を扱うベルギーの会社に勤務後、フリーランスの美術コーディネーター・通訳・翻訳業などを経て、Bunkamura ザ・ミュージアムの学芸員に。現在は同上席学芸員。