錬金術師列伝

カルチャー|2022.7.29
澤井繁男

第1回 錬金術とは何か(2)

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 錬金術関連の書籍はたくさん出ており、自然魔術との関わりに触れているものもあるが、この2つの関係は容易には見出せない。第一、ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(1535?―1615年)の主著『自然魔術』では、錬金術をやや否定して曖昧な位置に置いているし(第五巻「金属を変えることについて」がそれらしいが異なる)。カンパネッラ(1568-1639年)の『事物の感覚と魔術について』でも同様だ(第三巻第13章「石と金属の感覚、両者の共感と反感について」)。

いまデッラ・ポルタ著『自然魔術』第五巻の「序文」の一部を引いてみる。
 彼は錬金術を称えているのだが、錬金術で見出したモノで一儲けしようと野心を抱くにいたって、「優れた技術(=錬金術)が、技術の乱用で信用を失い、軽視されてきた。技術それじたいは無視されるべきではなく、むしろ、哲学的精神(=祈禱)や自然探究(=自然魔術)によって大切に探究されるべきである」と説いている。道義的に真率ならば、という条件つきである。

自然魔術の書は従来「魔術」から「科学」の転換期・橋渡し役をした著作とみられてきたが、昨今は、「術」から「学」、「質的自然観」から「量的自然観」のあいだの「客観的学知」とみなされている。だいたい、16、17世紀の文献に出て来る「scienza/science」を「科学」と誤訳して、当時の「fisica/physics」を、「自然学」ではなく「物理学」と誤訳している書物も散見された時代はもう過去の代物である。科学や物理学の方が通りがよく、魔術とのコントラストも鮮やかでわかりやすかったかもしれない。しかし、事はそう安直には進まない。科学という名称など近代の用語だ。物理学もしかりである。

自然魔術とは自然をあるがままにみつめ、さらにその内奥に霊魂の存在を認める、というもので、アニミズムであり、キリスト教とはなじまない。ここでの魔術とは知識の意味で、自然に対する知識とその探究、つまり自然探究を指す。白・黒魔術のうち、白魔術の発展したのが自然魔術である。

カンパネッラは、魔術を3つに分類している(上掲書第四巻第1章)
 ・第一の魔術:神の恩寵のない人間にはその作用が理解できない神的魔術。
 ・第二の魔術:星辰、医術、自然学を魔術としてみる自然魔術。
 ・第三の魔術:悪霊の業を用いて他人にはわからない奇蹟を行なう人物の術。
そして3つのうちで自然魔術を最高として、使い手は自然を超えて天上界に仲間入りできるとある。悪霊魔術が使われると、生活態度などがわるい者は悪霊につけこまれいっぱいくわされ、破滅の道へと落ちてゆく。悪霊魔術こそ黒魔術の行きつく先である。
これらに占星術、天文学の記述はあるが、錬金術の記載はない。

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そうなると錬金術はどういう歴史、経路をたどって、西方ラテン世界に根づいたのであろうか。
その歴史を俯瞰してみよう。ここまでの整理ともなるので、一旦振り返ってみたい。

地理的には、3つの地域を経ている。
1. 技術面:エジプト・バビロニアの冶金術(前13世紀以降)
2. 哲理面:ギリシアの自然哲学(前7世紀)
3. 宗教面:ヘルメス思想(後1~2世紀)
 加えるに、最終的にこれらの地域を政治的に占領したアラブ・イスラーム世界の知。それが、「哲学の硫黄」、「哲学の水銀」の理論で、極度に抽象化され、ほぼ錬金術の理論が完成をみる。

1の冶金術ではすでに、冶金の基本作業(金・銀・銅・鉛・錫・鉄の処理)は古代ギリシア時代以前から効率よく習得されていた。金属に関しては宝石職人・金細工師に知見の豊かな職人がいた。宝石職人は、金属を「調理」するとし、その種の本として、エジプトからギリシア語で出土した『ライデンパピルス』、『ストックホルムパピルス』が著名である。

ライデンパピルス

2のギリシアの自然哲学とはプラトン以前の、主に南イタリア(当時はギリシアと比較して「Magna Grecia 大ギリシア(地味が豊かだったため)」と呼んでいた)、ターレス(水が世界を構成)、アナクサメネス(空気が世界を構成)、へラクレイトス(火、万物は流転する)、パルメニデス(世界は不変・不動)、エンペドクレス(火・空気・水・土が世界を構成)、デモクリトス(世界が空虚と無数の原子で成立)と、さまざまな自然観を抱く賢者が存在した。

そしてプラトン(前427-前347年)らギリシア本土出身の偉人たちの活躍の番である。プラトンはデモクリトスの原子論の影響下にあったが、その物質観はきわめて観念的・理念的だった。彼は知覚可能な世界も、その実態を記述しているうちに、そのモノが変化してしまうので不確実だと考え、非物質的で無変化の「イデア」の世界を想定した。そしてエンペドクレスのように、四元素も考案した。この後アリストテレス(前384-前322年)以降は、いずれまとめて論及する予定である。

3のヘルメス思想は、ヘルメス教とも言われていて、古代神学の1つとされている(他に、オルフェウス教、ゾロアスター教)。あらためて記述するが、「叡智(ヌース)」を神とする創造神話で、聖書の文体によく似ている。

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 これら3つの要素が、アラブ民族によって吸収・揚棄され、アラビア人の考えるところの「硫黄・水銀の理論」として整理される。むろん「哲学」が冠され、理念化する。どうしてこの組み合わせができたのか。よく思量してほしい。鉱物のなかで水銀だけが液状で、下(しも)の話になり心苦しいが、濡れるのは女だから水銀は女を顕し、可燃性の硫黄は射精する男となる。人間界との類似が歴然と存在した。天界では、硫黄が太陽で水銀は月である。そして「男女間」での「結婚」が行なわれる。その他さまざまな人間界との類似が続く。

ギリシア語の文献のうち、実験や実証性を重んずる気風のアラビア人は、プラトンよりもアリストテレスの文書をアラビア語に翻訳した。もちろん錬金術の本はアラビア語で書かれ、それらが術の原典となり、「12世紀ルネサンス」という、アラビア語を西方人がラテン語に翻訳した一大翻訳文化運動が起こって、南欧・西欧に流れ込んで根づいた。西方のひとたちは、一所懸命アラビア語を学んだ。時は「第1回十字軍」(1096-99年)の時代。道路が整備されていないと行軍は難しい。十字軍が成立したのは、交通に難儀しなかったからだ。
 主に、シチリア、スペイン、南フランス、ヴェネツィアなどで翻訳作業が行なわれ、アラビア語の錬金術の文献が西方でラテン語に翻訳された。次回はその原著者(アラビア人たち)と翻訳者(西方ラテンの知識人たち)のことを述べよう。

さて、この第1回の最後は錬金術というイタリア語の語源の説明で幕を閉じたいが、その前に、これまで、思念(哲学)と技術(作業)の双方から錬金術を眺めてきたのを拡大して、以下のように分けてみたい。思弁的錬金術と実際的錬金術とである。但し、この「列伝」では錬金作業(オプス)までは言及しないことをあらかじめ断っておく。

思弁的錬金術:思弁的な錬金術というものは、物質の生成を取り扱うものである。その生成は元素、あらゆる無生物、単純であったり複雑であったりする生物、一般の石や宝石、大理石、金や他の金属、硫黄や塩類、顔料やラピスラズリなどの絵具、油や燃えるアスファルトなど無限のモノから行なわれる。

実際的錬金術:この種の錬金術は、貴金属、絵具類、その他多くの物を、自然が作り出すよりはるかに良質でかつ豊富に作り出す方法を教えるものである。この種の術は従来の学知よりもはるかに大きい有用性を持っている点で偉大なものである。それは富と公共の善のための多くの物を生成するだけでなく、自然から与えられた寿命よりも、はるかに長く人生を延長できるような物質を発見する方法も教えている。それは思弁的な錬金術をその結果によって確実にするばかりでなく、また自然哲学や医学をも確固たるものにする。しかもこれに関する書は医術のテキストとしても平易である。

『賢者の石を求める錬金術師』ライト・オブ・ダービー作

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「錬金術」は、イタリア語で alchimia 、英語で alchemyである。al は、アルコール、アルカリ、アルジブラなどの「アル」と同じで、ともにアラビア語の定冠詞に該当する。chimia, chemy は、「金属を変容させること、つまり『賢者の石』」の意味であり、化学を意味する chimia、chemistryの語幹である。だが、もともとはkhem から派生したものらしい。khemはエジプトの太古の呼称で、「黒い土地」を表わす。したがってalkhem とは「黒い土地の業(わざ)」の意味である。エジプトの、太陽で焼き焦がされた土地が想起される。
 遅ればせながら「賢者の石」がやっと登場したが、「変容させる」のが役目だから「触媒」である。卑金属を貴金属に変容させるには「賢者の石」が必須で、まず錬金作業では、賢者の石を造ることから始まる。


〈第1回、了〉

参考文献
坂本賢三著『科学思想史』岩波書店,1984年
澤井繁男監修『「錬金術」がよくわかる本』PHP文庫,2008年
澤井繁男著『ルネサンス再入門』平凡社新書,2017年
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ著 澤井繁男訳『自然魔術』講談社学術文庫,2017年

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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