魔術師列伝

カルチャー|2021.10.22
澤井繫男

第4回 ジェローラモ・カルダーノ(1501-76年)(2)

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 さて『自伝』だが、カルダーノが逝去の直前まで『自伝』を書き続けた、というよりも、書き切って死去した、とみた方がよいだろう。自伝執筆におよぶにはひとそれぞれの理由があろう。ジェイムズ・オルニー著『自己のメタファー』(1972年)では、自伝を2種類に分けている。①自伝を過去の自己と現在の自己を切り離して人生の諸事を語るもの―遠心的で完結的。例えば、ダーウィンやミルの自伝。②事後の出来事の経過報告でなく、生活の一部であって表白であり、さらに生活の象徴的回想や完成という生活の全体を表現するもの――求心的で生成的。例えば、モンテーニュやユングの自伝。

カルダーノの『自伝』

カルダーノの『自伝』は①と②を合わせたものと、私なら解釈するだろう。そして、いちばんの執筆の動機と言えば、カルダーノの最大の関心事が「自分自身」であったことだ。彼は新大陸発見の素晴らしさ・意義を称えているが、何よりも、自分のことにいちばん興味があったに違いない。自己探求がモチーフである。そして彼は医師・数学者であったから、科学的に自己分析を行なって、迷わずそれを記した。以下の目次をご覧いただきたい。

             カルダーノの『自伝』目次 
 序文 1.故国と祖先 2.出生 3.両親に共通な持ち味 4.今日(1575年10月末)に至るまでの生活のあらまし 5.体つきについて 6.健康について 7.肉体的鍛錬について 8. 食生活について 9. 功名心 10. 生活の信条 11. 思慮分別について 12. 討論と教授への愛着 13. 性癖・悪徳・過ち 14. 善行とねばり強さ 15. 友人と庇護者 16. 敵と競争相手 17. 誹謗中傷・名誉棄損・奸策(かんさく) 18. わたしの愉しみ 19. 賭事 20. 着こなしについて 21. 散策と瞑想 22. 宗教と信仰心 23. 生活の規範 24. 住居 25. 貧困と遺産 26. 結婚と息子たち 27. 息子たちの不幸な運命 28. たび重なる訴訟 29. 旅行 30. 危険・事故・奸策 31. 幸運について 32. 勲功 33. 不名誉とそれが夢の中で占める位置。わたしの紋章「燕」について 34. 恩師について 35. 教え子と弟子 36. 遺言 37. 天賦の才と夢見る才 38. 5つの天性による救い 39. 博識と想像力 40. 治療の成功例 41. 奇異な出来事と息子への濡衣 42. 医学とほかの分野にみる予見能力 43. 超自然的な事柄について 44. 学問研究と功績 45. 著書―その執筆年代および動機と評判 46. 自己について 47. わたしの守護霊 48. 有名人による評価 49.世事寸評 50. 座右の銘と息子に寄せる挽歌 51. わたしの短所 52. 年齢を重ねることについて 53. 話術 54. 終章

「序文」を除いて全54章からなるが、4章に普通の自伝の編年体形式をみるものの、あとはトピックの列挙になっていて、いきなり36章に、普通の自伝なら最終章に相当するであろう「遺言」が来ている。

どうも、36章を境にして、前半と後半では言及する内容に相違があるようだ。前半は現実的で具体的な内容が多数を占める。一方、後半は精読するに、いっぷう変わった内容が散見される(37,38,41,42,43,47章)。これ以外にも、タイトルは一般的だが、読むとあれっ? という章もある。これは前半部も同様で、例えば32章「勲功」に、カルダーノ理解の上でとても大切な文面がある。「豊富な知識、数々の旅行、危機、経験した職業、多くの依頼、諸侯との友情、名声、書物、治療や他の機会で示された非凡な才、わたしのなかで確認された奇妙な、ほとんど超自然的な事柄。さらに守護霊と天啓による認識」とあり、引用文の末尾、私たちには、摩訶不思議に映る「奇妙な」という形容詞を付している「超自然的な事柄」、それに「守護霊」と「天啓」とは、いったい何であろう?

これらはカルダーノが肌身に感じた真実であって、事実として彼は『自伝』に書いた。こうした内実を実感するカルダーノ自身、自分という人間が不思議でたまらなかったのだろう。それを書き忘れることなく、記載することに戸惑いはなかった。自分自身を科学者の目で捉え、ありのままを書いたのである。

カルダーノ

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 カルダーノにとって「神」は第一義的存在だった。53章「話術」で「神」をたくさんの言葉で修飾し称賛している。「守護霊」とは「神の命によってわたしの許へ送られてきた守り手であり、それは慈悲深くしかもよき助言者であり、逆境にあってわたしを助け慰めてくれる」存在だ。そして彼は、独りきりになると、この「神と守護霊」を瞑想するという。
 「天啓」は、英語では、「イルミネーション」で、一種の「ひらめき」を指すようだ。「おびただしい新発見の大部分は、……‘天啓,の神秘的な力やもっと崇高な源泉に負っている」(53章)。

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 カルダーノの『自伝』について書き続けたらキリがないが、ここまでで、彼が科学者であるとともに、いまでいう、迷信的な、非科学的な面をも信じていたことがわかるだろう。即ち、カルダーノの『自伝』だけでなく、その他の、今後取り挙げる一群の「自然魔術師・自然哲学者」たちの脳裡には、中世的要素と近代的要素が混淆していて、それこそがまさにルネサンス文化の「実相(近世)」なのである。時代の大きな転換期であって、両義的な文化現象がルネサンス文化そのものである。

最後に、彼が『微細な事柄について』(1550年)で記した、自然魔術師を地でいった、文言を挙げておく。「人生においてこの上ない歓びと仕合わせは天の深い秘密を知ることと、自然の奥底に潜む神秘、神的精神、世界秩序を探究することである」。
 天地照応・感応の思想の下、天界の秘密や自然に潜む神的精神の探究。これこそが、「隠された秩序、生命(霊魂)」の探究と同意である。「隠された」は、イタリア語の「occultare,~を隠す」の派生語(occulta)が英語に取り入れられて「オカルト(隠微な)」となった。
1日を昼と夜に分ければ、「夜」の世界に属する考えだ。人間は昼の明るい世界だけでは生きてゆけないのは誰しもが認めるところであり、昼夜相俟って双方補完し合った世界で生活している証左である。
                                 
〈第4回(2)、了〉次回は11月5日です。

参考文献
・ジェローラモ・カルダーノ 著、清瀬卓・澤井繁男訳
『カルダーノ自伝 ルネサンス万能人の生涯』平凡社ライブラリー,1995年
・澤井繁男 著『自然魔術師たちの饗宴 ルネサンス・人文主義・宗教改革の諸相』春秋社,2018年
・村瀬篤 (数学者)personal communication,2021.8.21
・Gerolamo Cardano,The Great Art or The Rules of Algebra,translated and edited by T.Richard Witmer,with a Foreword by Oysten Ore,London,1968.p.222
  

澤井繁男
1954年、札幌市に生まれる。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。
作家・イタリアルネサンス文学・文化研究家。東京外国語大学論文博士(学術)。
元関西大学文学部教授。著者に、『ルネサンス文化と科学』(山川出版社)、『魔術と錬金術』(ちくま学芸文庫)、『自然魔術師たちの饗宴』(春秋社)、『カンパネッラの企て』(新曜社)など多数。訳書にカンパネッラ『哲学詩集』(水声社、日本翻訳家協会・特別賞受賞)などがある。

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