仕切りの構えから、相手を見据える佐田の海関。境川部屋の朝稽古で。

華のある浴衣姿と、土の匂いの稽古場

佐田の海関、境川部屋の朝稽古

カルチャー|2026.11.5|
文=宮﨑謙士(みるきくよむ) 撮影=高橋マナミ 取材協力=境川部屋

 東京都庭園美術館に、マリメッコの浴衣で姿を見せた佐田の海関。アール・デコの邸宅で大輪の花をまとったその姿は華やかで、肩の力が抜けた粋をたたえていた。その華を支えているのは、力士として日々鍛え上げられた体である。11月の九州場所を前に、東京・足立区舎人(とねり)の境川部屋で朝稽古を撮影させてもらった。荒い息づかいと、体がぶつかり合う激しい音に満ちた稽古場には、浴衣姿とはまた別の、もうひとつの顔があった。
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朝7時半、稽古場の土が鳴る

格天井の稽古場。上がり座敷を背に立つ佐田の海関の向こうで、若い力士たちが体をほぐし、土俵に下りていく。

 東京の北端、足立区舎人。住宅街の一角に境川部屋はある。師匠の境川親方は元小結・両国で、1998年に部屋を興し、元大関・豪栄道(現・武隈親方)や妙義龍(現・振分親方)、平戸海らの関取を育ててきた。稽古の厳しさで知られる部屋である。
 格天井の下に土俵が切られ、正面には神棚と日の丸。壁には、力士の名を記した木札が番付の順に掛け並べられている。幕内の札には平戸海、十両の札には佐田の海。その先に、幕下、三段目と若い力士たちの名が続く。札の並びがそのまま、この部屋の秩序を物語っている。
 稽古は朝7時30分ごろに始まり、10時を過ぎるまで続く。最初に土俵に上がるのは、幕下以下の力士たちだ。ぶつかり稽古が始まり、砂を蹴る音、体と体がぶつかる鈍い音、荒い息づかいが、稽古場に満ちていく。
 その傍らで、佐田の海関は黙々と体を温めていた。入念なストレッチ、すり足、そして四股(しこ)。片足を高く掲げ、ゆっくりと下ろして土を踏みしめる。四股もすり足も、力士たちが代々受け継いできた稽古のもっとも基本的な型である。若い力士たちが土俵でぶつかり合うあいだ、39歳の関取は、基本の型を自分の体と対話するように積み重ねていく。

四股とすり足で体を温める佐田の海関。壁際では、若い力士たちが出番を待つ。

上がり座敷から飛ぶ声

稽古場の壁に並ぶ木札。師匠、幕内、十両、幕下と、番付の順に力士の名が掲げられる。

 8時ごろ、親方が稽古場に下りてくる。土俵を見下ろす上がり座敷に腰を据えると、稽古場の空気がひとつ締まる。「足が出ていない!」、「何やってんだ!」と容赦のない声が飛ぶ。部屋付きの親方も、技術の細かな点について声をかける。
 壁には、部屋の心得を箇条書きにした「境川部屋綱領」と、「信念 誇り 行動」と大書した額。その下には、豪栄道、妙義龍、豊響ら、この稽古場から番付を駆け上がった関取の名を記した札が掛かる。厳しい声の背後には、先人たちが積み重ねてきた時間がある。
 一方で親方は、弟子一人ひとりの体の具合や暮らしぶりにまで、細かく目を配っていた。怪我の具合を尋ね、家族のことを気にかける。厳しさと面倒見のよさは、この稽古場ではひとつのものなのだろう。稽古を終えた親方は、立ち会った編集部にこう語った。
「口が悪くて、ごめんね。普段はこんなじゃないよ(笑)。でも稽古は真剣にやらないと大怪我するからね」

型を終え、荒い息を整える佐田の海関。背後の額には「信念 誇り 行動」の文字。

39歳、幕下の力士と胸を合わせる

幕下の力士と向き合う佐田の海関。神棚と日の丸を背に、番付の上下を問わない稽古が続く。

 体が温まると、佐田の海関も申し合いに加わる。勝ち残った力士が次の相手を指名していく申し合いでは、番付の上下は関係ない。黒い稽古まわしの若い力士たちが、白いまわしの関取の胸を目がけて、全力でぶつかってくる。押し込まれて土俵を割ることもあれば、頭から転がることもある。それでも佐田の海関は、また仕切り線へと戻っていく。
 一番終えるごとに、若い力士が駆け寄って柄杓(ひしゃく)で水を差し出し、背中についた砂をタオルで払う。関取にだけ向けられるその所作に、番付社会の厳しさと、そこに積み重ねられてきた長い時間がにじむ。
 熊本出身、同じ四股名を名乗った元小結の父の背中を追って、15歳で角界に入った。2003年の初土俵から23年。最高位は西前頭筆頭。土俵に立ち続けたその歳月の重みは、稽古場の一番一番にも表れている。九州場所は、西十両十一枚目で迎える。
 稽古場の隅では、怪我で相撲を取れない力士が、四股と鉄砲を延々と繰り返していた。まだ体ができあがっていない若い力士の姿もある。土俵の中央で胸を合わせる関取から、壁際でひとり柱を突く若者まで、この稽古場には力士の時間のすべてがある。

一番を終えた佐田の海関に、若い力士が柄杓で水を差し出す。関取にだけ向けられる所作だ。
白い稽古まわしは関取の証(あかし)。土をつかむように踏ん張る脚に、日々の鍛錬が宿る。

ムカデ、そして瞑想

稽古の仕上げは、前の力士の腰に手を添えて連なる「ムカデ」。掛け声を合わせ、土俵のまわりをすり足でめぐる。

 稽古の締めくくりは、ふたたびぶつかり稽古とすり足だ。力士たちは前の者の腰に手を添えて一列に連なり、掛け声を合わせながら土俵のまわりをすり足でめぐる。その姿から「ムカデ」と呼ばれる稽古である。関取も若い力士も、同じ列のなかでひとつの生き物のように動く。
 柔軟体操で体をほぐしたあと、力士たちは目を閉じ、瞑想に入る。さっきまで怒声と荒い息に満ちていた稽古場が嘘だったように静まりかえる。やがて稽古が終わると、若い力士たちはちゃんこの支度に取りかかる。部屋の一日は、こうして次の時間へと受け渡されていく。

稽古の最後に、目を閉じて瞑想する力士たち。奥に佐田の海関の姿も。熱気に満ちていた稽古場が、静けさに包まれる。

浴衣姿に華がある理由

申し合いを終えた佐田の海関。窓から差し込む朝の光が、鍛えられた肩から背中の線を浮かび上がらせる。

 庭園美術館で佐田の海関を取材したとき、その浴衣姿には不思議な軽やかさがあった。大胆なプリントを少しも気負わず、さらりとまとう。ふだんは酒も口にせず、体が資本なのだと話していた。
 稽古場の姿を見て、その軽やかさの理由がわかった気がする。毎朝、土を踏み、胸を合わせ、倒されてはまた立ち上がる。鍛え抜かれた体という揺るぎない土台があるからこそ、浴衣姿は力を抜いても崩れず、粋に映るのだろう。前回、佐田の海関を「用の美」を体現するひとりと書いた。使い込まれ、鍛えられたものだけがもつ美しさが、39歳の関取の体に宿っている。

東京都庭園美術館の第一階段に立つ佐田の海関。マイヤ・ロウエカリがデザインした《シィールトラプータルハ》の浴衣で(前回記事より)。

九州場所へ

浴衣姿で両国国技館へと続く道を歩く佐田の海関(2026年4月、『別冊太陽』の撮影時)。11月は、九州場所の土俵へ。

 11月、大相撲九州場所が福岡で幕を開ける。熊本出身の佐田の海関にとって、九州場所は故郷に近い土俵である。西十両十一枚目で臨む今場所は、秋場所からの巻き返しを期す場所となる。
 稽古場で積み重ねた朝の時間が、15日間の土俵でどう結実するのか。マリメッコの浴衣で美術館を歩いた力士の、本来の晴れ舞台を見届けたい。

大相撲 九州場所

会期/2026年11月8日(日)〜22日(日)
会場/福岡国際センター 福岡県福岡市博多区築港本町2-2

別冊太陽スペシャル『marimekko マリメッコの世界 be yourself――自由であれ』

平凡社/2026年7月刊/定価2,750円(本体2,500円+税)
創業者アルミ・ラティアの哲学から、1950年代から2020年代までのデザインアーカイブ、ヘルシンキ現地取材、石本藤雄・脇阪克二ら日本人デザイナーの仕事まで、約3500種類のプリントを世に送り出してきたマリメッコの歩みをたどる一冊。佐田の海関の生地選びは第2章「マリメッコと日本」の「my marimekko」に、東京都庭園美術館・森千花さんのインタビューとあわせて掲載。
https://www.heibonsha.co.jp/book/b675970.html

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