東京都庭園美術館で開幕した「マリメッコ展 模様のちから」に姿を見せたのは、大相撲の力士、境川部屋の佐田の海関である。身にまとっているのは、「別冊太陽」『marimekko マリメッコの世界』の企画でマリメッコ 表参道を訪ね、自ら選んだ生地《シィールトラプータルハ(市民菜園)》で仕立てた一着。「この浴衣で東京のマリメッコ展に行きたいと思います」という言葉は、こうして果たされたのだった。
マリメッコの生地で仕立てた浴衣姿で、旧朝香宮邸へ
旧朝香宮邸の正面玄関には、ルネ・ラリックによるガラスレリーフの扉がある。花綱を手にした女性たちが浮かび上がるその扉をくぐって、ひときわ大きな浴衣姿が現れた。ターコイズとグリーンの大輪の花に、白と黒のストライプと葉が重なり合う。マイヤ・ロウエカリがデザインした《シィールトラプータルハ》の浴衣に合わせたのは、艶のある、えんじ色の博多織の角帯である。

佐田の海関が最初に足を踏み入れた大客室は、壁面から天井まで、華やかなアール・デコの装飾に覆われている。館内を案内してくれた学芸員の早川典子さんは、天井から下がる照明についてこう話す。
「こちらの照明などはルネ・ラリックという当時も著名なガラス工芸の作家が作られたもので、美術品として扱うようなものを普通に使っていたんです」
美術品を日用の道具として使いこなす暮らし。その空間にフィンランドのプリントをまとった佐田の海関が佇むと、フランスと日本とフィンランド、三つの国の美意識がひとつの風景に収まる。浴衣の柄である《シィールトラプータルハ》の「プータルハ(puutarha)」とは、フィンランド語で「庭」を表す。訪れた先は「庭園」美術館である。庭の模様をまとって庭園へ。粋な偶然も重なった。


厳格な大相撲の世界で、浴衣の柄に宿る「自由」
大相撲の世界には、髪型に始まり、着物や履物に至るまで、番付に基づいた細かな決まりがある。プライベートであっても着物以外での外出は許されず、土俵の外にも厳格なドレスコードが敷かれている。ところが浴衣の柄に関しては、とくに決まりがない。和風の浴衣地に限らず、近年は洋服地やアフリカのプリントで浴衣を仕立てる力士も増えているという。浴衣は、伝統を重んじる大相撲の世界に許された、ささやかな自由の領分なのである。
創業者アルミ・ラティアが、若き日のマリメッコのデザイナー、脇阪克二に贈った言葉は「be yourself(自由であれ)」。人は、誰かに決められた枠のなかではなく、自分らしくあってよい――。その領分にマリメッコの花を咲かせたのが、佐田の海関だった。

「8年ほど前に、知り合いから『絶対似合う』とマリメッコを紹介され、地元の熊本のショップに足を運んだのが始まりです。最初に選んだのは、少し地味めに《ウニッコ》の黒地のものでした」
《ウニッコ》は、マリメッコの礎を築いたデザイナー、マイヤ・イソラが1964年にデザインした図柄で、マリメッコを象徴する模様だ。もっとも、心をつかんだのは柄の魅力ばかりではなかった。通常の浴衣地では、ビリッと破けてしまうこともある。マリメッコの生地はしっかりしていて破れない。可憐な花柄は、力士の大きな体を包むにふさわしい丈夫さを備えていたのである。
色違いの《ウニッコ》と、黒い雌馬
それからというもの、熊本に帰るたびにマリメッコのショップを訪ねるようになった。白地に淡いピンク、えんじ、グリーン地、薄いブルー地と、《ウニッコ》の浴衣は一枚、また一枚と増え、いまでは6枚を数える。同じ図案でありながら、色や柄の大きさが変われば、まるで別の花のように表情を変えるのが《ウニッコ》の奥深さだろう。『別冊太陽』の撮影で両国国技館の前に立ってもらった日は、えんじの《ウニッコ》に紫の帯、雪駄はグリーンという取り合わせ。大ぶりの花を大きな体で悠然と着こなすその姿は、図案がもともと持っている伸びやかさを、あらためて教えてくれる。《ウニッコ》のほかに選んだのが、馬の柄《ムスタ タンマ》。フィンランド語で「黒い雌馬」を意味する図柄を、厚地の生地で仕立てた一着である。

「力士仲間からの反応はあまりないですが、女性ファンから『マリメッコですね』と声を掛けられることはあります」
本人はそう控えめに語るが、「マリメッコを着たお相撲さん」としての認知は着実に広がっていて、最近はマリメッコの差し入れも増えた。この日は、こんな話も飛び出した。
「前にTwitter(現X)を見てたら、マリメッコで浴衣を作ってる男の人がいて……。自分、宣伝効果あったのかなって(笑)」

マリメッコ 表参道で選んだ「市民菜園」の生地
きっと、《ウニッコ》以外の柄も似合うにちがいない。そんな思いから、『別冊太陽』の企画で佐田の海関にマリメッコ 表参道に来てもらった。色とりどりのファブリックが壁一面に並ぶ店内で、生地を広げては眺め、棚の上段へと手を伸ばす。石本藤雄がデザインした《プゥータルハクツットゥ》をはじめ、気になる柄をひとつひとつ吟味し、しばし悩んだ末に選んだのが、《シィールトラプータルハ》だった。フィンランドの市民菜園をイメージして、マイヤ・ロウエカリが2009年に発表した大胆な図柄である。

浴衣の反物は、通常13〜14メートル必要であるが、広幅のマリメッコの生地を使えば力士用でも7メートルあれば仕立てられるという。ユニセックスなデザインは、マリメッコが創業以来掲げてきたテーマのひとつである。とはいえ、男性でこれほど大胆な柄を粋に着こなせるのは、やはり体の大きな力士をおいてほかにいないだろう。国境もジェンダーも軽やかに超えていくマリメッコのデザインの懐の深さを、佐田の海関はその身をもって示している。


佐田の海関、宮家の暮らしをたどる

大客室から大食堂へ。庭園に面した開放的な部屋で、早川さんが天井の照明を示す。
「こちらのお部屋は大食堂というお部屋で、食堂なので、照明がパイナップルやザクロのモチーフで作られているんです」
家族が食卓を囲む日々の時間にまで、遊び心のある意匠が行き渡っている。続いて、花や植物を大胆に抽象化した第一階段へ。高い天井と階段を見上げて、佐田の海関が思わず声を漏らした。
「高い。かっこいいですね」

階段を上った先は、宮家の家族のための私的な空間である。「この建物は1階がもともとパブリックなスペースなんですけど、2階はご家族のプライベート空間で、この辺りはよくご家族で集まって、一緒にレコードを聴いたりされていたお部屋なんです」と早川さん。さらに進むと、殿下と妃殿下の寝室が並ぶ。夫婦別々の寝室は室内で直接つながっておらず、白と黒の市松模様の床が美しいベランダを通って行き来する造りになっている。
土俵の上では一瞬の攻防がものをいう力士が、ここではゆっくりと、90年余り前の暮らしの雰囲気を味わっていた。


右/足元は、浴衣に合わせて知人がつくって送ってくれたというウニッコ柄の雪駄。
浴室を飾る雪イチゴと、柄合わせの妙
2階の浴室には、エルヤ・ヒルヴィがデザインした《ルミマルヤ》の生地が飾られていた。じつは佐田の海関、この“雪イチゴ”の柄で浴衣を仕立てようと考えたことがあるという。ところが、この生地は模様が真ん中に配されていて、どの柄を正面に持ってくるかで仕上がりが大きく変わる。仕立てが難しいうえに、生地がどれだけ必要になるのかも見当がつかず、諦めたのだそうだ。
「柄の出方とか、真ん中に来てますもんね。うまいこと作ろうと思っても……いいところを使わないといけないから難しいです」

大柄のプリントで浴衣を仕立てるとき、要になるのは柄合わせである。どの花を前身頃に据え、どこで布を断つか。広幅のマリメッコ生地なら力士用でも7メートルほどで仕立てられるとはいえ、図柄が大きければ大きいほど、見せたい模様を見せるために余分な布が要る。和裁の職人は、反物というより一枚の絵のような布を前に、裁ち方を思案することになる。
この日まとっていた《シィールトラプータルハ》の浴衣もまた、大輪の花が体の正面で映えるよう、柄の位置を見極めて仕立てられている。模様を着るということは、模様をどう切り取るかを選ぶことでもあるのだ。

弟弟子へと受け継がれる浴衣
マリメッコの浴衣は、部屋の後輩たちのあいだでも評判だという。佐田の海関が着なくなった一着をせがまれることもあるそうだ。
「生地がしっかりしてるから、この後、人にあげてもぜんぜん着れるんです」
ビリッと破けない丈夫さは、ここでも生きている。一人の関取が着込んだマリメッコの浴衣が、やがて弟弟子へと引き継がれていく。北欧の花は大相撲の世界でも、世代を超えて咲き続けることになりそうだ。

ふだん自分で写真を撮ることは少ないという佐田の海関。名建築とマリメッコの展示空間での撮影を大いに楽しみ、「初めての展覧会でしたが、今日はかなりいいのがありそう。部屋のカレンダーとか、記念品を作るときに使ってもいいですか」と話す。アール・デコの邸宅でマリメッコをまとった一日は、佐田の海関にとって記憶に残る体験になったようだ。

模様とともに暮らすということ
会場となった東京都庭園美術館の本館は、1933年に竣工した旧朝香宮邸で、2015年に国の重要文化財に指定された。本展を担当した学芸員の森千花さんは、『別冊太陽』の取材で、この邸宅でマリメッコを見せる意味をこう語っていた。
「旧朝香宮邸もまた、皇族の日常生活が営まれた場所。そこにある模様は単なる装飾ではなく、生活に寄り添う『生きた模様』でした」


右/2階広間から階段室を望む。アール・デコの照明とマイヤ・イソラの《カイヴォ》が共鳴する。
ラリックの照明、果物をかたどった大食堂のガラス、家族がレコードに耳を傾けた2階の部屋。この日、佐田の海関とたどった邸宅の模様は、いずれも暮らしのなかで使われ、愛されてきたものだった。森さんはさらに、日本人がマリメッコを愛する理由を、模様とともに暮らしてきた文化に見出す。
「模様を身近に置いて、用の美を育てる文化が日本人の中に根付いている。だからこそマリメッコは、単なる可愛さだけでなく、暮らしに寄り添うものとして受け止められてきたのではないでしょうか」
浴衣という日本の衣服にフィンランドの花を咲かせ、丈夫な一着を後輩へと手渡していく佐田の海関も、まさにその「用の美」を体現するひとりだろう。
初期から現代までの60点を超えるドレスに、プリント・ファクトリーの映像、そして皆川 明による新作インスタレーション。会期は12月20日まで。土俵の外で好きな模様の浴衣をまとう力士の姿を思い浮かべつつ、アール・デコの邸宅でマリメッコの「模様のちから」に触れてみてはいかがだろう。

マリメッコ展 模様のちから Marimekko: Art of Printmaking ― Beauty, Dream, Love
会期/2026年10月3日(土)〜12月20日(日)
会場/東京都庭園美術館(本館+新館) 東京都港区白金台5-21-9
開館時間/10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)。11月6日・13日・20日・21日・27日・28日、12月4日・5日は20:00まで
休館日/月曜日(10月12日、11月23日は開館。10月13日、11月24日は休館)
観覧料/一般1,400円、大学生1,120円、高校生・65歳以上700円、中学生以下無料(団体料金あり)※日時指定予約制
主催/東京都庭園美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団) 特別協力/marimekko 協力/ヘルシンキ建築&デザイン・ミュージアム 後援/フィンランド大使館 企画協力/東映 制作協力/S2
巡回/京都文化博物館(2026年7〜9月)、ひろしま美術館(2027年1〜3月)ほか
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/20261003-1220_marimekko/

別冊太陽スペシャル『marimekko マリメッコの世界 be yourself――自由であれ』
平凡社/2026年7月刊/定価2,750円(本体2,500円+税)
創業者アルミ・ラティアの哲学から、1950年代から2020年代までのデザインアーカイブ、ヘルシンキ現地取材、石本藤雄・脇阪克二ら日本人デザイナーの仕事まで、約3500種類のプリントを世に送り出してきたマリメッコの歩みをたどる一冊。佐田の海関の生地選びは第2章「マリメッコと日本」の「my marimekko」に、東京都庭園美術館・森千花さんのインタビューとあわせて掲載。
https://www.heibonsha.co.jp/book/b675970.html
