「高木由利子 写真展 Threads of Beauty 1995-2025」より、Bunkamura ザ・ミュージアム、2026年
Yuriko Takagi Photo Exhibition: Threads of Beauty 1995-2025, The Bunkamura Museum of Art, 2026
Photo by Ooki JINGU

着ることの根源へ
高木由利子 写真展「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」

アート|2026.3.19
文=金丸裕子

 照明を落とした会場に足を踏み入れる。床は赤褐色の大地を思わせ、テントのような布がゆるやかに立ち上がっている。布はかすかに揺れ、その表面には竹和紙にプリントされた写真が縫いつけられていた。
 展示空間は8つの集落に分かれている。その集落は「village(ヴィレッジ)」と名付けられているそうだ。ヴィレッジは異なる気配をまといながら、ゆるやかに隣り合っている。歩を進めるうちに、自分がどこから来たのか、今どこにいるのかがわからなくなる。だが、その迷いが心地よい。気がつけば、また同じ場所へと引き返している。やがて、写真に写された人々と自分だけがそこにいて、向き合っている感覚に満たされる。それらの人々は、どこかで出会ったことがあるような、親戚や祖父母を思わせる懐かしさを宿している。

 このような体験へと観る者を導いてくれるのが、渋谷・Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている、写真家・高木由利子による写真展「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」である(3月10日〜29日)。1995年頃から2025年までの約30年間、高木が訪れたアジア、南米、中東、アフリカにまたがる12の国々で出会った、伝統的衣服を身につけて生活する人々を撮った代表作約100点が集められている。

 会場構成を手がけたのは、パリを拠点に活動する建築家・田根剛。中央には「広場」と呼ばれる一際大きなヴィレッジがあり、ロバやラクダ、羊など動物と共に生きる人々の姿を捉えた作品が集まる。照明はゆっくりと明暗を変え、朝から夜へと移り変わる時間の流れや雲の影を表現し、空間全体が“村の一日”のような気配を帯びていく。
 作品はプリントをフレームに入れて展示するのではなく、布に縫いつけられた状態で会場へ運ばれ、高木自身が撮影地と撮影年とサインを書き入れ、最後にニスを塗って仕上げたという。ニスによって黒はより深く鮮やかに発色し、作品にシャープさが宿る。そのひと手間が、写真に写された人の気配や時間を、この場にとどめているように感じられた。

 写真とともに高木の言葉も展示されている。その一つ、「世界中を旅して数々の遊牧民と出会い、Wild & Elegantは表裏一体で存在することを知る。野生的ゆえの優雅さ。これはなかなか真似ることができない。それは生きる営みの中から湧き上がってくる美しさなのだから」
こうした写真に添えられた力強い言葉に、観る者は圧倒される。

服はアイデンティティであり、誇り、喜び

 黒い帽子と、長い黒いフリンジつきのマントを羽織り、パイプをくわえてもうもうと煙を燻らせて座る男性の、その高い美意識と威厳ある存在感とに驚かされる。中国四川省の涼山に暮らす「イ族」の男性で、彼らは全身を黒い衣装で覆っている。
 イランの羊飼いは、フェルトでできた、袖や袖穴のない肩幅の広いケープに身を包んでいる。フェルトのケープを着込んだ老齢の羊飼いはレンズをまっすぐ見つめ悠然と立ち、若い羊飼いはマントを翻して風の中にいる。どちらも作業する人というより、物語の中にいるような趣を滲ませる。
 あるヴィレッジに集められた写真の女性たちは、ペルー、インド、中国、日本と、国籍も違えば、民族も伝統的衣服もそれぞれに異なる。深いシワのある額や節くれだった手の甲などに刻まれた時間は野趣を帯びながらもどこか優美。生きてきた、生活をしてきた時間をそのまま引き受け、隠そうとはしない。そして年齢に関係なく、着ること、装うことを楽しんでいる。

 彼らを観て思うのは、身体と服が一体となり、服に着せられている感じがしないことだ。いでたちに風情があり、佇まいが美しい。
 高木は、ある雑誌のインタビューにこう答えている。
「私にとっての『格好よさ』とは何かというと、顔も、表情も、服も一体となって存在していること。服とその人が“オールインワン”であること。それこそが服と人間の関係の原点だと思うのです。
 日常的に伝統的な衣服を着ている人というのは、必然性があってそれを着ています。私たち現代人のように、朝起きて今日は何を着ようかと考えたり迷ったりすることがない。彼らにとって服はアイデンティティであり、誇りであり、財産であり、喜び」
彼らの世界には、断捨離や年相応などという概念は存在しない。

 高木は武蔵野美術大学でグラフィックデザインを学び、イギリスのTrent Polytechnicでファッションデザインを修めたのち、ヨーロッパでデザイナーとして活動。その後、写真家へ転身した。作品を撮るなかで、「本来の服と人間の関係とは何か」という疑問を抱くようになる。
 やがて、伝統的衣服を日常として生きる人々の「格好良さ」に魅せられ、その関係の根源を探るためのプロジェクト<Threads of Beauty>を開始した。

装い、着飾ることは日常である

 高木がその答えを求めて旅を続けるなかで、強く印象に残った光景がある。アンデス山脈を走行中、車窓から目に飛び込んできた人々の姿に、思わず車を止めたという。赤ん坊から大人まで、色鮮やかな刺繍や装飾に満ちた衣服をまとい、その強烈な「普段着」の存在感に圧倒された。
 装うことは特別な行為ではなく、日々の営みのなかにある。その光景は、高木にとって、衣服と人間の関係をあらためて問い直す契機となったのではないだろうか。
 <Threads of Beauty>で高木が撮っているのは、民族衣装の記録ではない。日常的に伝統的衣服を身につける人々の、アイデンティティとしての衣服を身にまとう喜びであり、大地に足をつけ、手を動かして生きる人の気配、その背後にある人生までもが、尊厳をもって写し出されている。

 会場で上映されている映像作品《同時多発的服飾 Parallel Styles: Shibuya x The Other Side》では、高木がコロナ禍以前の渋谷で撮影した若者たちのストリートファッションと、世界各地で出会った伝統的衣服をまとい、着飾った人々の姿とが並置される。そこに見えてくるのは、文化や環境を超えて共通する、「着飾る」ことへの衝動である。
 衣服を着ること、着飾ることには、本来、根源的な喜びがある。
それは流行や機能を超えて、身体とともに生き、自らの存在を引き受ける行為でもある。
高木由利子の写真は、そのあたりまえでありながら見失われがちな感覚を呼び覚ましてくれる。

 人は衣服をまとうだけでなく、時間や記憶をも引き受けて生きている。
「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」というタイトルは、そのことを静かに示している。

高木由利子 写真展「Threads of Beauty 1995-2025 ― 時をまとい、風をまとう。」

会期:2026年3月10日~3月29日
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F
開館時間:13:00~20:00 ※最終入場は19:30まで 
休館日:会期中無休
料金:無料
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/26_takagi.html

RELATED ARTICLE